【09-09】
「シェリー、大丈夫なの?」
外にいるユリウスの不安げな声が聞こえてくる。
「うん、大丈夫よ」
エリオンと一緒に扉に近づいてもう一度扉に触れてみるものの、今度は開かない。なぜだろう。
するとエリオンが小声で告げる。
「彼は中に入らない方がいい」
「え、どうして?」
「来ても無駄だ。たぶん……気を失う」
ゾゾゾッ。背筋が寒い。
「なっ、何それ。ここってそんな危険なところなの?」
「違う。うーん、体質の問題みたいなものかな」
……体質? 何だそれは。
大いに疑問という顔を浮かべていると、フッと笑ったエリオンが「さぁ、中に進もう?」とシェリルの手を引く。
よくわからないが、「そこでちょっと待ってて」ユリウスに向かって叫び、エリオンと共に手を繋いで神殿内にさらに足を進めることにした。
「シェリー嬢、魔法陣が見えたのはどの辺りだ」
「あ、うん、えっと……この辺り全体。すごく大きかったの」
「ふぅん」
エリオンがしゃがみ込んで床に触れると、鈍く光るのが見える。
「あっ、見える」
「うん……魔力を通すと見えるな。異常にデカいが、これは……何かを封印するための魔法陣なんかじゃないぞ」
「そうなの!? えっ、じゃあ何の魔法陣なの?」
「これは――」
『ほぉ、揃って来るとは奇妙なものだな』
ゾクゾクと背筋に寒気のするようなおぞましい声が神殿内に響き渡る。
「キャッ……魔物!?」
封印の際にシェリルが聞いたのと同じ声で、フッフッフ、と笑うのすらも不気味だ。
「シェリー嬢、大丈夫だ。落ち着け」
亀が甲羅に首を引っ込めるみたいに肩を竦めて震えているシェリルとは違って、すぐそばに見えるエリオンの顔は至極落ち着いた様子。こんな状況でも動じることのないエリオンの鋼並みの心が羨ましい。
「で、でも……声を聞いてるだけで……」
ただただ怖くて体が震えてしまうのだ。
「魔物ではないから安心しろ。ただ恐ろしい声に聞こえるだけだ。……人間界にいるには威厳があり過ぎるからな」
そう呟くエリオンの言葉の意味がいまいちわからない。
「人間……界? 威厳?」
「……」
「ねぇ、魔物ではないってどうしてそんなことがわかるの?」
「……何となく」
「何となくって。じゃあ、ここにいるのって何?」
「あー……うん。何だと思う?」
「えぇっ!?」
クイズ形式にして何か誤魔化された気がする。
「かくれんぼしてるから、ヤツを探しに行くか?」
エリオンはそういって笑っているが……いや、そんな呑気な遊びではないと思うの。
シェリルは肩に止まったキュイが怖がっていないか心配になってヨシヨシと撫でる。震えている様子はないが、あまり自分が怖がればキュイも怖がるかもしれない。
「エルは怖くないの?」
「あぁ。声は確かに怖そうだが悪いやつではないからな。むしろこの魔法陣のほうが嫌な予感がする」
そう言ってエリオンは靴で地面をタンタンッとタップする。
「嫌な予感って……この魔法陣って何なの?」
『自分で発動させたのにわかってないとは、バカなやつだなお前』
フッフッフ、とどこかから聞こえる魔物……いや、魔物ではない者の声は、エリオンが『悪いやつではない』と言ってくれたおかげで怖さが少々和らぎ、その代わりバカにされたことに苛立ちが募る。
「ちょっ、ちょっと……バカって何よ。仕方がないじゃない。魔術のことなんてわからないもの」
『お前あの時、体から力が抜けただろう』
「えっ……あの時って、封印の時? うん、そうだけど……」
『ぶっ倒れたのは、お前の体の中の魔力が一気に枯渇状態まで持っていかれたためだ』
「えっ!? 私って魔力があるの?」
すると即座に二つの声が返ってきた。
「あるだろうな」
『あるだろうが』
魔物ではない者と声が揃ったことに、エリオンが不愉快そうに眉を顰めるから思わず笑ってしまった。
「そうなんだ、知らなかったわ」
するとエリオンが咳払いをして話を続ける。
「この魔法陣は恐らく、魔力石に魔力を込める際に使う陣だ。通常は手のひらサイズくらいで充分だが、こんなに大きくしてあるということは……相当な数の魔力石を一気に作るためのものか……?」
『おおよそ正解だが不十分だな。正しくは、この魔法陣は魔力だけではなく生命をも奪うためのものだからこんなにも巨大に描かれている』
すると繋がれたエリオンの手にグッと力がこもる。
「まさか……魔血石が絡んでいるのか?」
『そのとおりだ』
……生命をも奪う? 魔血石?
二人の会話にゾクリと体を震わせたシェリルがエリオンに目を向けると、エリオンのいつも見せるより険しい表情が目に映る。
その表情は事態の深刻さを予感させた。