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【09-07】

よくわからないけれど、キスというのは集チュー……いや、集中する必要があるらしい。



「だから目を閉じていてほしい」


「はっ、はい!」



シェリルはすぐさまキュッと目を閉じた。


……いやいや、『はい』って、まるで『はいどうぞ、キスしていいですよ』と許可したようなものじゃない? でもね、本音を言えば、好きな人とキスできるなんて嬉しい。だから許可を……いやいや、ダメよ、婚約者でもないのに。でもこの機会を逃したらエルとキスする日なんて来ない……いや、そもそもエルには思いを寄せる人がいるのに、ってじゃあどうして私にキスするの!? 


と、シェリルの頭の中は許可不許可で混迷を極める。ただ、迷いがあるまま進めば後悔に繋がる可能性が高い。


「あの、やっぱりそういうのは良くないわ」と伝えたい気持ちが強くなって、目を開いて「あの!」と声を上げる。


するとその瞬間、シェリルとエリオンの足元が淡い金の光に包まれた。



「……ん? 何か声がしましたかな?」


「声というより、僕には動物の鳴き声に聞こえたけど。神官長もそろそろ耳が悪くなってくる年だからね。大丈夫?」


「おやおや、年寄り扱いしないでくだされ。まだまだ元気ですぞ」


「年寄り扱いなんてしてないさ。神官長にはその耳でまだまだ神の声や悪しき者の声を聞いて、僕の代になっても支えてもらわなくてはいけないからね。頼むよ」


「もちろんでございます。いやはや、殿下には敵いませんな」



はっはっは、とカルロが笑い、ユリウスと共にすぐ真横を通り過ぎて行くのを、シェリルは石像になったように微動だにせず見送る。



「あれが神官長のカルロか……」



真剣な顔のエリオンが、横目でカルロの顔を確認してそう呟いた。


……ちょっ、ちょっと待って、私ったら物凄く恥ずかしい。



「集中って……魔術を使ったのね?」


「あぁ、二人がこっちに向かってきたからな。姿を見えなくした方がいいと思って。でもあなたに見つめられると集中するのが難しいんだ。力をコントロールできなくて失敗したら困ると思ってな」



そう言ってちょっと顔を赤くしてエリオンは首を掻く。


ははーん、なるほど。



「だから目を閉じろ、と?」


「あぁ。……ん? 何かいけなかったか?」


「いっ、いいえ。何も、一つも、少しも、全く、悪くないわ」



人にじっと見られれば、誰だって緊張して集中するのは難しいだろう。それをキスだなんて勘違いするとは、赤っ恥中の赤っ恥。


……そんなことを私にするわけがないのに。はっずかしぃぃぃっ!


なるほどなるほど、恋とは勘違いスキルを格段にアップさせるらしい。気をつけよう。


恋心の恐ろしさを思い知ったシェリルは、パタパタと手で顔を仰いで熱を冷ましながらエリオンに告げる。



「そう、あれがカルロよ。神事全般を取り仕切る人なの。婚礼の儀も彼が中心になって進められると思うわ」


「ふぅん」


「3年前、私を聖女だと言って神殿に連れてきたのも彼。カルロは、たぶん聖女に誰よりも関わってて詳しい人だと思う」


「そうか……」



するとエリオンがじーっとシェリルを見つめる。



「なっ……何?」


「いや、ただ……元婚約者殿とずいぶん仲が良いんだなと思い出してな」


「えっ!? そ、それは……まぁ、一応婚約者だったし、何度も会って話したし……。でも、あんなふうに抱きしめられたのなんて初めて……じゃなくて2回目よ? 普段からとかじゃなくて、2回とも再会した時だけ。きっとユリウスは今回も相当再会が嬉しかったのね」



あはは、なんて笑ってごまかしながら、それはもう必死に理由付けをする自分は何なのだろう。


どこか気まずい空気が流れる中で待っていると、しばらくしてユリウスが戻ってきた。



「シェリー、神官長は王城に向かったからもう大丈夫だよ」


「ありがとう、ユリウス。じゃあ私は神殿に行ってくるわ」



そう言うと、ユリウスはブルリと体を震わせる。



「へーえー、シェリーはあんな恐ろしい神殿の中に平気で入れるんだね。さすが聖女だ。すごいや」



……いやぁ、実は全然平気ではないわよ? 


チラリとエリオンを見るとフイッと目を逸らされた。でも肩が小さく揺れてるからわかる。笑ってる……。



「そ、そうね、案外平気なものよ?」



よく言うわ、と自分に感心していると、ユリウスがクテンと首を傾げる。



「……ん? 聖女っていうか元聖女? あれ? そういえば、シェリーが生きてるのにどうして新しい聖女が――」


「そうだ、私たち急がなくちゃ時間がないの。もう行くわね」



ユリウスが感付き始めた様子だが、まだ聖女伝説の真偽は不明。話せる段階ではない。


だがさすが王子。聖女の事情にもある程度詳しいようだ。


するとユリウスがふわりと微笑む。



「シェリーは、聖女じゃなくなってもあの神殿に入れるんだ。どうやって入るの? 聖女の力を使うの? ん? 元聖女の力? ……ってそんなのあるの?」



あぁ大変。疑問が募っていく前に早くユリウスから離れなくちゃ、と思いつつも、ユリウスの言葉に首を傾げる。



「どうやって入るって……普通に入ればいいのでは?」


「普通にって?」


「普通には普通に……扉から」


「へーえー。扉みたいなのはあっても開かない扉だって神官長が言ってたけど……シェリーは開けられるの?」



そう聞いた瞬間の面食らって全身の血が逆流するかのような感覚を、顔に出さなかった自分を大いに褒めたい。


……えっ、そうなの!? 開かない扉って何? 最早それは扉であって扉ではない……ってダメよ、引きつっちゃダメ。耐えるの。今こそ保て、淑女の笑み。


ニッコリ。


シェリルはただ笑って誤魔化すことに徹した。


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