【09-06】
するとシェリルに目を移したユリウスが一転して柔らかな笑みを浮かべる。
「ところでシェリーは、ここに何をしに来たの?」
国の中で起きている不審なことを調べるために、とりあえず神殿にある怪しげな魔法陣をそこの彼が見たがってるから見に来ました、とは言えない。
「ちょっと神殿に用があって……そう、少し前に封印の状態を確認しに行った時、忘れ物をしちゃったみたいなの。それを取りに来たのよ」
と、聖女ならではと言える誤魔化しは通じるのか否か。
するとユリウスは「そっか」と疑いもしない様子で微笑む。3年経っても相変わらず子供の頃のようなかわいらしさが残っているようだ。
「そういえばユリウスこそ、どうしてここに?」
近づいてはならないと言われている神殿近くにユリウスがいるのは……まぁこの国の王子だからどこにいても構わないのだけれど、ちょっと不思議だ。
「あぁ、この森を抜けたところに神官長が使ってる小さな建物があるんだけど、ちょっと彼に用があって……でももう用はなくなったから、そう伝えなくちゃいけないみたいだ」
そう言ってユリウスはにっこりと笑みを向ける。
ユリウスの言葉は抽象的でいまいち意味がわからないが……それよりもこのまま神殿に行けば、すぐ近くにいるカルロと鉢合わせる可能性があることになる。カルロという人物は何となく怪しくて、シェリルにとってはいまいち信用できない人物。だから自分がこの世にいないことになってる今、遭遇するのは避けたいところだ。
するとそれを何となく察した様子のユリウスが告げる。
「シェリー、少しここで待っててよ。カルロはこの後王城の講堂で仕事をするから、僕との用が済んだらすぐに向かうはずだ。カルロが帰ったのを確認したら戻ってくるから、それまでここにいて? 誰にも見つからないように隠れてるんだよ?」
「うん、わかったわ」
ユリウスは一人でカルロの元へ向かった。
ユリウスの姿が見えなくなるとようやく肩の力を抜く。いろいろ誤魔化すのが大変だった、とシェリルがフゥッと汗を拭うと、エリオンからはクスッと笑いが漏れた。
「へーえ、封印の状態を確認しに行ったんだな。あんなに神殿を怖がってたのに」
「……行ってないわよ」
「神殿に忘れ物をしてきたのか」
「……してないわ」
「あーあ、元婚約者殿に嘘をつくなんて。知ったら泣くんじゃないのか?」
クスクス笑ってそう言うエリオンがちょっと憎らしい。
「もうっ、黙って! だって仕方がないじゃない」
嘘を言ったことは後ろめたく心苦しい。だがユリウスには本当の目的なんて伝えられない。図らずもユリウスには弱いところなんて見せなかったおかげで嘘が通じてしまったのだと言えよう。
そしてこうなって気付く。
……ルミナリアにいる時の私って、随分肩に力が入ってたのね。
「シェリー嬢、神殿には俺一人で行こうか?」
「えっ、どうして?」
「あまり近づきたくないんだろう? ここに防壁を施していけば、あなたは安全に過ごせる」
確かに、あんな恐ろしいところへは二度と行きたくない! というのが本音だが、だからこそエリオンを一人で行かせるわけにはいかない。
「わ、私も行くわ」
ちょっと声が震えたのが情けない。するとエリオンが憂いを滲ませた微笑みを向ける。
「相変わらず、あなたは凛々しいね」
「褒めてる?」
「もちろん。凛々しくて潔くて義理難くて……美しい」
うっ……うっ……うぅぅぅっつくすぃい!?
ブワッと一気に顔の温度が上がるのを感じる。
……ま、待って。そうよ、別に見た目とかじゃなくて、心が、ってことよ。心が美し――……やだぁぁぁ、結局嬉しいぃぃぃ……。
制御不能になった顔の温度を手のひらで覆って冷やしていると、突如エリオンにグイッと腕を引かれて木の幹とエリオンの間に挟まれた。
……なっ、なっ、何これっ! ドッキドキのシチュエーション!
「シェリー嬢……黙って?」
「へっ!? はいっ……」
シェリルの右耳の横にはエリオンの左手、左耳の横にはエリオンの右手がトンッと付けられて、腕の中に囲われる。ドキドキを通り越してバックンバックン鳴る心臓。体温も甘い匂いも感じられるほどエリオンが近い。
そして背の高いエリオンをそばから見上げると、エリオンもじっと見つめていた。エリオンの漆黒の瞳に自分の顔が映るのが見える。
そしてハッと気づく。
ま、まさかこれは……キス!? これはあれかしら……めっ、目を……もしかして閉じたほうがいい? いいい今!? それともももももう少し後!?
ひっきりなしに瞬きしながら見つめていると、エリオンがフッと笑う。
「悪い……目を閉じてもらえるか?」
うわぁぁあぁっ、やっぱり閉じたほうがよかったんだ! したことがないから手順も標準動作もわからないのよっ!
「ごごご、ごめんなさいっ」
「いや、いい。そんなに見られると……集中できないんだ」
しゅっ……集チュー!?