【09-03】
道中の宿に到着すると、ようやく荷物に紛れる状態を脱する。ここからはアニーら使用人に紛れて王都に向かうのだ。
「シェリー様、お疲れさまでございました。……道中お辛かったですか?」
どうやらアニーには元気なく見えるらしい。
「ううん、そうではなくて……ねぇアニー、私ってエルを掻き乱したり振り回したりしてる?」
「はい、いい感じで!」
アニーの即答にシェリルはギョッとして言葉をなくす。自分なりに考えた結果、むしろ一喜一憂してる自分の方が掻き乱されて振り回されてるとしか思えなかったのに。
それにしても『いい感じ』とはどういうことだろう。
「そうなのね……。それなら申し訳ないからあまり近づかないようにしなくちゃ」
「いやいや、ご冗談を。そんなことをしたら馬車も吹き飛ぶほどの大嵐になりますよ」
ふふふ、ニコニコニコ、と笑うアニー。
アニーこそ変わった冗談を言うわね、とシェリルもフフッと笑うと、アニーが首を傾げた。
「どうかなさったのですか?」
「ううん。私なりにいろいろ考えてはいるんだけど、難しいなって思って。恋って苦しいのね。何も考えずに、ただ思いのままに進めたらいいのに」
「シェリー様……」
グラグラと心許なくて一喜一憂してばかりの自分は、嘆かわしく滑稽だ。でも、辛く苦しい気持ちをはらむ恋心を、自分からなくしてしまいたいとは思わない。
恋をしたから感じられる心浮きたつようなドキドキする気持ち。頬に熱が集まり、視界はチカチカと乱反射するかのようで、ぼんやりとした夢心地。
そんな新しい扉を開いたかのような気持ちは、宝物のように心の奥に仕舞い込んで、ずっとずっと持ち続けていたいと願うほどに愛おしい。
「そんなにすぐには消せそうもないわ……」
「何がですか?」
「うーん……大切な思い出。アニーとも婚礼の儀が終わった頃にはお別れよね。エーデルアルヴィアに帰るんだもの」
「シェリー様、そんな寂しいことをおっしゃらないでください」
ウルウルウル、と今にも泣きだしそうな目をするアニーがとてもかわいらしい。
エリオンもアニーも他国の人。いつまでも頼るわけにはいかないことはわかっている。
翌日にはルミナリア王国の王都・クラティアスに到着。周囲の山々から採れる特産の鉱物がこの国の豊かさの象徴だ。
「わぁ……ルミナリアの王都ってかわいらしいですね。何だかホッとする街という感じ」
アニーの言葉にちょっと苦笑い。エーデルアルヴィアと比べると、ルミナリアの王都ですらも小振りな街なのだと思う。
「そういえば、主様からの伝言です。『今日は自由に動ける時間がないから、明日朝早くから動こう』とのことです」
出発前からエリオンの姿を全然見ていないが、一応ルミナリアに来ているらしい。
「そう、わかったわ」
明日会えるんだ……と緩む頬を隠す。
ソワソワドキドキするのは心臓の故障でも何でもなく、恋心だということをもう知っている。
翌朝――
「シェリー様、主様がいらっしゃいました」
ドキドキしつつアニーと共に外に出ると、馬車の中にエリオンがいた。
「ご、ごきげんよう……」
「あぁ……」
たった数日だが、久しぶりにエリオンの顔を見た気がする。
少々の照れと気まずさを抱えながら馬車に乗り込むと、向かい側から相変わらずじっと、じーっと見つめるエリオンに、堪らず目を逸らした。
「何よ……そんなに見ないで」
「あぁ、悪い。数日見ないうちにちょっと印象が変わったなと」
そちらは数日見なくても相変わらずお美しい……いや、より一層美しい? とまじまじとエリオンを見つめる。いつにも増してお肌も髪もツヤツヤなのは気のせいだろうか。
「そ、そう? 一応、私は忍ばないといけない立場でしょ? だから地味にしてるのよ」
「地味……?」
さすがに王都内を素の顔のままで歩くのはどうかと思ってアニーにお願いしてメイクや髪型を変えてもらった。動きやすい服にメイクは薄く控えめ。後ろ髪はシンプルに低い位置で一つ結び。前髪を真っ直ぐ下ろしてなるべく顔が隠れるようにしてもらった。
「仕方がないんだから変とか言わないでね」
「い、いや……そんなことは……全然なくて……」
すると隣に座るアニーがぐふふと企んだように笑う。
「どんなに地味にしても、隠し切れない気品と愛らしさと可憐さは罪なほど。特にホワイトゴールドのリボンが……あぁかわいらしい。ねぇ、主様?」
クッと息を漏らすだけの声を上げたエリオンの答えは同意だったのかそうでなかったのか、よくわからないが顔が赤い。
「と、とにかく……シェリー嬢、神殿へ向かうぞ」
「あ、うん……」
アニーにドレスを着せてもらった日以来、気に入ってそのまま使っているホワイトゴールド色のリボンだが……はたして使い続けてよかったのだろうか。
とにもかくにも馬車は東の森に向かって動き出した。
馬車の中ではエリオンから『設定』が説明された。
「あまり大手を振って他国を歩き回るのもどうかと思うから……俺は、ここではあなたの護衛として雇われている者ということにしておこう。万が一知り合いに会っても、そう紹介してくれればいい」
命を狙われているから護衛を付けているということにするらしい。
「わかったわ」
「アニーは……友人でも遍歴学生でも大道芸人でも何でもいいだろう」
ちょっと、適当な扱いしないでくださいよ! とエリオンに文句を言うアニー。この二人は本当に仲が良くて、ちょっと羨ましくもある。
「アニーは、私を助けてくれた恩人で友人ということにするわね」
「まぁぁぁっ、シェリー様の友人だなんて、『護衛』よりずっと、ずーーっと仲良しの関係ですわね」
うっとりとシェリルを見つめるアニーは、ぐりんとエリオンに顔を向けると、途端にニヤリと勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。
アニーのエリオンへの当たりがどんどんきつくなっている気がするのは気のせいだろうか。
『主様』のエリオンが押されているという不思議な光景を、シェリルは首を傾げて見つめるのだった。
……仲が良いというよりライバル同士かしら?