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【09-01】聖域

ついに迎えた極秘帰国の日。


シェリルがいるのはガタゴトと揺れる荷台の中だ。



「レディーが乗るには相応しくありませんが、どうぞご辛抱を」



出発前、アランはそう言って申し訳なさそうにしていたが、連れて行ってもらえるだけで充分にありがたい。


それにしても……エーデルアルヴィアに来て最初に会った時と、アランの印象が随分違っていた。妙に優しくなっていた気がするのはなぜ……と少々気になりつつも、シェリルの頭の中の多くを占めるのはエリオンのことだ。


お互いルミナリアへの出発準備に追われていて、エリオンとはあれ以来ほとんど話をしないままこの日を迎えた。


ただ、それだけが理由ではない気がする。



「……何となく、避けられてた気がする」



『ただユリウスとの約束を守りたいだけ』――最後にそう伝えてから、エリオンの様子は変わったように思う。少しだけよそよそしくなり、あまり目も合わせなくなった。あんなにじっと見つめられていたのが嘘のようだ。何がいけなかったのだろう。


ハァッと溜息をついて周囲を見ると、薄暗い中でも、煌びやかな贈呈品の数々に囲まれているのがわかる。



「すごい数……」



ユリウスの結婚を祝って贈られるものにプラスして、シェリルが隠れるために少し多めに用意されたらしいが、エーデルアルヴィアの豊かさと財力を象徴しているかのようだ。


恐らく高級品だらけなのだろうが、そんなものに囲まれていると思うとソワソワして仕方がない。


しばらくすると不意に馬車が止まり、そばで声が聞こえてシェリルに緊張が走った。



「ここには何が入ってる?」



どうやら荷物が検査されているらしい。ルミナリアの国境検問所と思われる。



「ご結婚を祝う贈呈品だ」


「少し中を(あらた)めるぞ」



そう聞こえてすぐ、荷台に外の光が射しこんで明るさが増す。シェリルが身を縮めて潜むと、検問官の男性が荷台に乗り込んできた。



「すごい数だ。これなら一つくらいくすねてもわかりゃしねーな……」



外には聞こえない声でよからぬことをブツブツ呟く検問官は、ここにシェリルが潜んでいるとは思いもしないのだろう。なんとけしからん役人だろうか。


シェリルは苛立ちと正義感がメラメラと燃え上がるのを、唇を引き結んでグッと堪える。ここに潜んでいることはバレてはならないのだから。


すると忍び笑いを零しながら荷台の奥へと足を進める検問官。物色しているらしく、じっくりと品定めしているようだ。シェリルは体をできうる限り縮こまらせる。だがいくら身を潜めていても、そばに来ればさすがにバレるだろう。


徐々に、徐々に、徐々に、検問官の足音が間近に迫ってきて、シェリルはゴクリと唾を飲み込む。


来るな! 止まって! 止まれ! 


ギュッと目を瞑り、緊張で背筋にツーッと冷たい汗が伝ったその時――



「おい、何をしている」



誰の声だろう。聞き覚えのない男性の声が検問官の足を止める。柔らかさのある独特なハスキーボイスだ。



「い、いや……中を検めてただけだ」


「すぐに出ろ」


「何だと? 見られて困るものでもあるのか?」



ドキッ! シェリルがバクバクと心臓を鳴らしながら息を殺していると、聞き覚えのない声の主がフンッと笑う。



「いいや。ただ、そんなふうに安易に踏み込んで、まさかとは思うが少しでも贈呈品に触れて傷が付いたりしたら……君の給金では一生かかっても返せないものばかりだがいいのか、という配慮なのだが余分だったか?」


「――ッ!」



すると検問官が慌てて荷台から降りる音が聞こえた。


シェリルがホッと胸を撫で下ろしていると、数十秒後には誰かがまた荷台に乗り込んでくる。ホッとした途端にまたピンチ。


再び身を潜めると、すぐそばでガサッと何かが置かれる音がしてビクッと肩を竦める。



「まもなくルミナリアに入ります。しばらくは誰も入って来ませんので、どうぞご安心を。こちら、エリオン様よりシェリー嬢に届けるよう申し付けられました。では」



えっ、待って! と声をかけようとした時にはもう、その人は荷台から去っていた。素早い。


そしてそばに置かれた物に目を向けると、刺繍の入った上質そうな巾着が一つ。


……エルが私に? 


ドキドキしながら開けてみると果物のほかに紙包みが出てきて、それを開くとバターのいい香りが広がった。



「あっ、クッキーだわ」



口元を緩めながらちょっとドキドキしつつ口に運んでみると、食感がとてもザクザクとしていて、僅かに塩味が効いていて甘さとのバランスが絶妙だ。


クッキーに似ているが、ちょっと違う何か。とにかく美味しい。



「エル……ふふふ、美味しい」



恋とは何と素晴らしいスパイスなのだろう。エルに忘れられない想い人がいても、私のことを考えてくれた時間があったということ。彼が私のために用意してくれたものだということ。――そう思うだけで避けられてた気がするなんていう不安は吹き飛び、美味しさは何倍にも跳ね上がる。


エル、ありがとう! そして誰だかわからないけど、これを持ってきてくれた男の人ありがとう! と感謝しつつ、シェリルは荷台に揺られながら、よくわからない美味しいものをウキウキと頬張る。


「ふふふ、幸せ」と頬をニマニマ緩めながらという、非常に呑気な国境越えをしたのだった。



「エル、王族の護衛頑張ってるかしら……ふふふ」



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