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【08-09】

おかしい。『かわいい』よりも『綺麗』と言われたかったはずなのに……。それにどうしてこんなにもエリオンの言葉は胸を打つのだろう。ほかの人に言われても、こんなふうに苦しくはならなかったのに……。


ただ、そんな恥ずかしさも困惑も、エリオンの次の言葉で彼方に吹き飛ぶ。



「なぁ、結局あなたは国に帰って諸々解決したらどうするのかは決めたのか? ルミナリア王太子妃の座を再び望むのか?」


「へっ!?」


「もう帰る日は迫っているんだ」


「そ……そうよね……」


「さすがに婚礼の儀を止めることは難しいだろうが、後々カミラを引きずり落とすことは可能だと思うぞ」


「うん……」



帰って、国で起きていることを調べて、家族の元に戻って……その後どうする? 王太子妃の座? 未だ考えが纏まっていないままだ。



『元は恋心なり情なりで慕ってたのかもしれないけど、その相手への気持ちが冷めたんじゃないのかい?』



眠っていた3年を経て、目覚めてからの目まぐるしい状況の変化。そして冷めてしまった情熱。結婚相手の王子としか思ってなかったことに気づいたユリウスという人。


自分はユリウスとどうなりたいのだろう。いや、そもそも政略結婚。自分がどうこうできる問題なのだろうか。


それでもシェリルを未だユリウスの元に縛るものが、たった一つだけある。



「たぶん私は……ただユリウスとの約束を守りたいだけなんだと思う。約束したから……」



聖女になるまでは、そこに向かって走ってきた。ただひたすらに、まっすぐに。そしてその約束があったから頑張れた。ユリウスとの仲も深められた。


だから、きちんとキリを付けずに無視して別の道に進むことはできないのだ。



「そうか……」



そう言って少しだけ眉尻を下げて笑ったエリオンの表情を見てハッと息を詰めた。


……どうしてエルがそんな顔をするの? 


どこか寂しげで苦しげで、笑ってるのに泣いてるみたいな表情。


それ以上何も言わないエリオンは、一体何を思っていたのだろう。





バルコニーから室内に戻ってエリオンが去っていくと、アニーがウキウキした様子で待ち構えていた。



「シェリー様、いかがでしたか?」


「……婚約者はアニーではないのね」



そう確認すると、アニーはあからさまにギョッとした顔をして、そしてとても嫌そうな顔をした。



「なっ、なんですかそれ!? 冗談じゃありませんですよ! あり得なぁぁぁいでございますっ!」



えっ、あり得ないの? そこまで言われるとそうなのかと思えてくる。



「そ、そう……ごめんなさい」


「いいえいいえ、誤解が解ければそれでわたくしは満足です。そんなことより、きちんと主様にお気持ちをお伝えできましたか?」



そんなことって、と苦笑いしつつ、アニーには礼を伝えたかった。



「ええ、きちんと謝罪できたわ。あなたのおかげでスッキリした。ありがとう」



最後の方はエリオンとの間に少し気まずい空気が流れたものの、それ以外は色々話せた。


するとアニーが首を傾げる。



「主様に伝えたのは謝罪だけですか?」


「……だけって、ほかに何を伝えることがあるっていうの?」


「それはもちろん、恋心ですよ!」


「こ……恋心!?」



何よそれ!? と言わんばかりの驚嘆顔をアニーに向けると、アニーは同情するかのように気の毒そうな表情を浮かべた。



「まさかシェリー様……ご自分のお気持ちにお気づきではないのですか?」



シェリルが目をぱちくりさせながら首を傾げると、アニーがガックリと項垂れる。



「わたくしのことまで疑うくらいですのに……。いいですかシェリー様、私が思うに、シェリー様は主様に恋をしているのだと思いますよ?」


「こっ……恋!?」


「はい」



恋……? いや、そんなはずはない!



「アニー、それは違うわ! 恋はもっとキラキラと輝くような美しい気持ちのはずでしょう? 私のは……言うならばギトギトに汚れている感じだもの」



腹が立ったり羨ましく思ったり、黒ずんで濁った気持ちが心を覆ったり……そんなふうに随分汚れてる。


するとアニーがうんうん、と頷く。



「それは嫉妬という恋心ゆえのものです。あぁやっぱり確信。恋ですね。まぁ素晴らしいぃぃぃ」



うっとりした様子のアニーをよそに、シェリルは青天の霹靂のごとく口をあんぐりと開けた。



「……アニー、私知らなかったわ……恋をすると相手に腹が立って心が汚れるものなのね」


「そうですそうです。恋心にもドゥルンドゥルンのギットギトのネッチョネチョな側面があるのですよ」


「……意味がわからないわ。でも……そう、恋。恋ってこういう気持ちを言うのね。わかったところで失恋決定なのだけど」


「なぜです?」


「なぜって……エルは婚約者のことが好きなのでしょう? 幼い頃からの想いになんて太刀打ちできないし壊したくもないわ。きっと素敵な思い出だもの」



するとアニーはプルプル震えながら「あんっっのヘタレ!」と怒り心頭に発する。何に怒っているのか不思議に思いつつシェリルは続けて告げる。



「それにね、私も国に帰ればやるべきことがあるのよ」



婚約者のことがなくても、どのみちエリオンに好きだなんて伝えられない。


国に帰れば自分は伯爵家に生まれた娘。ユリウスとの結婚が叶わないとしても、国内の有力貴族との政略結婚が待ってるだけだ。


他国の、しかも隊長職とはいえ貴族ではない騎士の元に自らの意思で嫁ぐことなど許されるわけがないのだ。



「だからいいのよ。恋なんてできた私は、それだけで幸せだわ」


「シェリー様……」



初めて知った恋する気持ちは、大切に大切に包んで胸の奥にそっと仕舞っておけば、このまま儚く消えていくのだろう。


……そうよ、きっと消えていくわ。


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