【08-08】
「ドレス姿、最初に見た時は驚いたよ」
胸に耳をくっつけていると声が上からも胸からも響いてきて、エリオンの声で包まれてるような感覚。それが距離の近さを物語ってるみたいで余計にドキドキしつつ、でも罪悪感もあって……とても複雑な気分だ。
「う、うん……場違いでごめんなさい」
「いいや、そういう意味ではなくて……一瞬、本当に女神が舞い降りたのかと思ったくらいだ」
言ってることがアニーと似ているのが、笑ってしまうよな、でもその仲の良さにちょっと寂しいような悲しいような……これまた複雑な気分だ。エリオンといると心が忙しい。
「もう、大袈裟ね」
「そんなことはない。最初に見た時、本当に驚きすぎて目玉が転がり落ちるかと……思ったが転がり落ちるとあなたの姿が見えなくなるから落ちてなるものかと必死で食い止めて――……あぁダメだ、なんて下手くそなんだ」
……この人、何をブツブツ言ってるの?
抱きしめられながら目をぱちくりさせて固まっていると、エリオンの言葉が続く。
「とにかく、本当に……とても綺麗だ」
エリオンの声が頭の中いっぱいに広がり、シェリルの胸はキュンと込み上げるような苦しみを覚える。
ウッと漏れそうだった声は寸前のところで堪えたのだが、瞬く間に体温が上がり、拍動の激しさで視界まで揺れるかのよう。
内心動揺しつつ、何でもないふうを装って返事をする。
「あ、ありがとう。あのね、エルの好みの色だって聞いたの」
「……好みの色、ね」
「えっ、違うの?」
「うーん……まぁ、そういうことでいいか」
何やら違う様子。そこでシェリルはハッとした。
「も、もしかして、婚約者の好きな色……だった……とか?」
と自分で口にしておいてズキンと胸が痛み、心の中に羞恥と黒ずんで濁った気持ちが広がっていく。
婚約者の好きな色を自分が身につけているとしたら、なんて痛々しくて滑稽なのだろう。それにまたエリオンを苦しい気持ちにさせてしまっているのかもしれない。
するとエリオンが腕を少し緩めて間近でじっと見つめる。
「さぁどうだろうな」
シェリルの心配をよそに、エリオンはきょとんと疑問顔だった。
「どうだろうなって……」
「好きな色なんて知らないんだ。……ところであなたはどんな色が好きなんだ?」
「えっ、私? 私は、自分の好きな色って今まで特になくて、相手や雰囲気に合わせるっていう感覚が強くて……でも、このドレスの色はとても好きよ。サファイアブルーってアニーが言ってたかしら? すごく綺麗な色ね。ホワイトゴールド色の糸を使った刺繍やリボンとの組み合わせもとても気に入ってるの。だからサファイアブルーもホワイトゴールドも大好き」
そう答えると、ピタリと固まった後に「……へーえー」と短く返事をしたエリオン。顔を背け、自らの手の甲を口に当てて眉根を寄せる様は、まるで照れているかのようだ。
どこにそんな照れ要素があったのかよくわからないが、照れというものは伝染するらしい。
「ど、どうしてそんなふうに照れるのよ……。私、何か恥ずかしいことを言った?」
「そんなことはないが……」
「じゃあ何?」
「……」
「もうっ、変な人!」
恥ずかしさをごまかすように顔をプイッと背けると、エリオンはホワイトゴールドのリボンで纏められたシェリルの髪の一端を手にする。
「変にもなるよ。あなたが……こんな色を身につけるからだ」
じっと見つめながらそう言って髪にそっとキスをするエリオンは、まるでおとぎ話に出てくる王子様のよう。キュンと胸が苦しくなって壊れんばかりに鼓動が早まり、今にもめまいがしそうだ。
……なっ、なんてことをするのよぉぉぉ!
「ダ、ダメ? 似合わないならはっきりそう言って?」
照れと、そしてなぜだか泣きたい気持ちになりながら悪態をつくと、エリオンはフッと笑みをこぼした。
「いいや、すごく似合ってる」
腰に回されているエリオンの腕にギュッと力がこもり、称賛の言葉が胸を締め付けて切なく頭の中に響く。
……な、なるほど。これも冷酷無慈悲と言われるゆえんかしら? 確かにとても残虐だわ。逃がすものかと私の胸をさらに締め上げるつもりなのね。負けないわよぉぉ!
「なっ、何よそれ……『こんな色』って言ったくせに!」
「うん……かわいい」
「……ッ……!?」
ものの数秒で惨敗。微笑みを浮かべるエリオンから目を逸らしても、シェリルの頭の中は何度も何度もエリオンの言葉がリピートしていた。
かわいい、かわいい、かわいい、かわいい、かわいい……。
ぷしゅぅぅぅ……。
誰か私にピシャッと冷水を浴びせかけてくれないかしら?
そうしてもらわないと蒸発して消えてしまいそうだわ。