【08-05】
城内にある一番大きな食堂。シェリルが城内を自由に動けるようになってからは、そこでエリオンと食事を共にすることが増えた。
しばらく座って待っていると、食堂に繋がる通路から「おかえりなさいませ」と侍従の男性の声が聞こえてきた。エリオンが仕事から戻ったらしい。
「本日の食前酒はいかがいたしましょう」
「そうだな……蜂蜜酒にしてくれ」
「かしこまりました。ご体調がすぐれないようでしたらメニューの変更を――」
「いや、いい。少し疲れてるだけだ。……シェリー嬢は?」
「中でお待ちです」
「そうか……来てくれたのか」
そんな会話が聞こえてすぐ、エリオンが食堂に姿を見せた。マントは外しているものの着替えてはおらず、黒の軍服姿のままだ。
エリオンは食堂内に足を進めながら軍服の襟元を緩めてハァッと息を吐き出す。
「シェリー嬢、遅れてすまない。少し仕事が……立て込ん……で――……」
シェリルは席を立つと、エリオンにおずおずと目を合わせる。
「エル、おかえりなさい。あの……疲れてるみたいだけど……」
大丈夫なのかと心配しつつチラリとエリオンを見ると、エリオンが目を点にして石像のように固まっていた。
「エル?」
「ど……どうしたんだ……その格好」
どうしたと言われると答えに困る上に、じっと見られるとだんだん恥ずかしくなってきた。普段着にしてはどう考えても華やかすぎる格好だ。
「あのね、その……気分転換で……そ、それに、戦闘服で……」
羞恥でしどろもどろになって答えると、エリオンが首を傾げる。
「戦闘服?」
「エルに謝りたくて……」
「それでフル装備?」
「……本当のことを言うと、アニーに気分転換にって着せられて、それでそのまま」
素直に答えるとエリオンはシェリルの後ろに立つアニーをギロリと睨む。
「お前な……」
「忠誠心を形にしてみました!」
堂々とそう告げてニヤリと笑うアニーに、エリオンは睨んだまま冷ややかに告げる。
「何が忠誠心だ。クビになりたいのか?」
「おやおや、おかしいですね。お気に召しませんでしたか?」
そう言われてグッと何かを堪えるエリオンは何を思うのだろう。シェリルは黙ってエリオンとアニーのやり取りを見つめる。
「そ……そんなことはないが……」
「ですよねー。ふふっ、崩れた」
「もういい、下がれ」
「ちなみに髪に結んだリボンもホワイトブロン――」
「わかったから早く下がれと言っている!」
「はーい。お気に召していただけて光栄でーす」
「黙れ。早く出てけ」
アニーはフフフッと楽しげに笑って食堂を出ていった。
「あいつ、本当に何やってるんだ……」
頭を抱えるエリオンは、どう見ても喜んではいない気がする。
アニー! エルはこれを見ただけで喜んでくれるんじゃなかったのー!? 全然喜んでないわよー! と心の叫びを上げつつ、シェリルはしょんぼりと項垂れた。
「あの、エル……おかしなことをして困らせてしまってごめんなさい」
「いや、あなたが謝るようなことは何もない。あなたも俺も、アニーに遊ばれたな」
「遊ばれ……た?」
「あれは昔から俺に容赦がないんだ」
エリオンとアニーは昔からの知り合いのようだ。
「へーえー……」
「まぁいい。とにかく食事にしよう。それでそのあとゆっくり話そう」
少し困ったように微笑みを浮かべるエリオンに手を差し伸べられ、流れるようにエスコートされて再び席に着く。
まるで自分がお姫様になったかのようだ……と考えて疑問が湧く。
エリオンは貴族ではないはずなのに随分エスコートに慣れているらしい。
騎士になってからたくさん練習して、それで誰かをエスコートした経験でもあるのだろうか。
それに、アニーとの関係は?