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【02-02】

「シェリー、ご迷惑にならないようにするんだよ。それから――」


「わかってるわ、お父様。レディらしく慎ましく淑やかに、でしょ?」


「……あぁ、わかってるならいいんだ」



耳に胼胝(たこ)ができるほど聞かされた父のその言葉を遮ったところで、王城に到着して馬車を降りた。


シェリルの父・ブラッドはルミナリア王国のレドモンド伯爵家当主。厳しい人柄で、いつも仕事で忙しい。


そんな父と政略結婚した心優しい母・セイラ、そして体が弱く病気がちな2歳年上の兄・デヴィットとシェリルの4人家族だ。


ブラッドは国の内務大臣を務めており、仕事のために王城へやってきた。どうやら急な仕事が入ったらしく、ブラッドは忙しなく門をくぐって王城に入っていった。



「シェリル嬢、おはようございます」



シェリルを門の前まで迎えに来たのはユリウスの側近のリュウだ。いざとなると剣で護衛もするらしく、一緒に歩けば安心できる頼もしい存在。


そしてここからはお転婆を封印。姿勢も表情も言葉も正してスイッチオン。淑女らしく凛と振る舞う時間。


にっこりと笑みを浮かべ、落ち着いた声で話すことを意識すれば完成だ。



「ごきげんよう、リュウ。殿下はもういらっしゃるの?」


「ええ。いつもの場所でお待ちですので参りましょう」



向かったのは王城のすぐそばの丘。そこにある大きな木の下でユリウスと待ち合わせをしている。


この場所はシェリルが4歳の時に初めてユリウスと会った場所だ。



『将来は僕のお姫様になってくれる?』


『うん、いいよ』



そう約束を交わした思い出深い場所でもある。


木が見えてくると、その根本に姿勢よく座って本を読むユリウスの姿が見えた。今日も光り輝くように神々しい。



「ユリウス殿下にご挨拶申し上げます」


「シェリー、おはよう。……大丈夫だから名前で呼んで?」



周りにはどうやら目くじらを立てるような人はいないらしい。シェリルはキュッと口角を上げてにっこりと笑みを浮かべた。



「わかったわ、ユリウス。お待たせしてごめんなさい」


「平気。そんなに待ってないよ」



そう言って優しい笑顔を向けるユリウスの服もブルーでお揃い。モジモジしながら照れつつ、今日も上品な佇まいのユリウスをうっとりと見つめ……ない。いやいや、緩めちゃダメよとキュッと表情を引き締める。


彼はユリウス・ロラン・ルミナリア。


シェリルより2歳年上の彼は、この国の国王の孫で、王太子の長男。ゆくゆくは王位を継ぐ人物だ。


イエローゴールドの美しく煌めくストレートヘアに、澄んだアクアブルーの真ん丸な瞳。まだあどけなさの残る少年らしい顔立ち。


上流階級(アビ・ア・ラ・)の服(フランセーズ)を見事に着こなし、かわいらしい中に品の感じられる彼は、まさに王子と呼ぶにふさわしい。


ユリウスの第一王子妃候補としてシェリルの名が挙がったのは、シェリルが10歳の頃。それから上位貴族としての淑女教育が本格的に始まり、1年前ユリウスに再会。


そしてその時に幼い頃に交わした約束を覚えているかを確認すると、「もちろん覚えてるよ」と嬉しい返事をしてくれた。


さらに「将来結婚するのは君がいい。ずっと君のことが気になってたんだ」と熱烈な愛の言葉ももらった。


つまりは政略結婚なのに、愛のある結婚。なんて運命的で幸せなことだろう。


この国の成人年齢は男子が18歳、女子が16歳。あと2年ほどでお互い結婚できる年になるという今、徐々に結婚が現実味を帯びてきた感覚だ。


そんな運命の人・ユリウスは、頬を少しだけピンクに染めてシェリルを見つめ、ふわりと微笑んだ。



「シェリー、今日のドレスはいつもとイメージが違うね」



さすがユリウス、よく気が付くわ、とシェリルは内心小躍りしながら、必死に張りつけた淑女の微笑みを向ける。



「ええ、少し変えてみたのだけれど……その……」



どうかしら? と聞く勇気が出ずにモゴモゴと言葉を濁して俯くと、ユリウスはフッと微笑んだ。



「とてもよく似合っているよ。いつもはかわいいって思ってたけど、今日は大人っぽく見えて……綺麗だね」


(やぁぁだぁぁ、ユリウスったら褒め上手! そんなに褒めないで~)



シェリルは両手で顔を覆ってモジモジ、照れ照れ。


しまった、特にモジモジは禁止だ、と気を取り直してシュッと姿勢と顔を正しつつも、運命の人に微笑みながらそんなことを言われれば恥ずかしさは途端に限界値を超え、湯気が上がりそうなほど顔に熱を持った。



「あ、ありがとう。嬉しいわ」


「うん……」



さすが一国の王子。乙女のハートをガッチリと鷲掴みね、なんて密かにホクホク顔をしていると、不意にユリウスの手がシェリルの頬に向かって伸びてくる。


ユリウスが僅かに目を細めて見つめている先は――



(何……? 私の口元を見ているわ。これはまさか……!)



シェリルはハッとして慌てて口元をゴシゴシと拭った。



「やだぁ、口に何か付いてた!?」


「……えっ?」


「恥ずかしいからそんなに見ないで。……取れた?」


「……う、うん、大丈夫だよ」


「そう? みっともなくてごめんなさい。恥ずかしい……」



うわーん、穴があったら入りたい。身だしなみにはもっと気を付けなくちゃ。


心の中でそう反省したシェリルだったが、なぜかユリウスがガックリと項垂れているのが見える。



「ユリウス、どうかしたの?」


「ううん、何でもないよ」



ニッコリと笑顔を浮かべるユリウスだが、少々引きつってるように見える。



(どうしよう、口に何かくっ付けてるなんて……幻滅された!? こうなったら失った信頼をすぐにでも取り戻さなくては……。そうよ、何かで挽回すればいいのよ!)


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