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【08-02】

翌日、部屋のドアがノックされる。



「少しいいか?」



エリオンの声にドキッと鳴る心臓。今はあまり会いたくなかったと思う自分に戸惑いつつ、ドアを開けてエリオンと目が合うと、真っ直ぐ見られずに目を背けた。



「う、うん……何?」


「その……元気か?」


「えっ?」


「元気なのかと聞いている」


「元気……だけど?」


「それならどうしたんだ? 昨夜からあまり食が進んでいないだろう? また体調が優れないのかと思ったんだ」



お腹のあたりがムカムカして食欲がなく、確かにあまり食べていなかった。


案外よく見てくれていることを知って咄嗟に湧いたのは喜びの気持ちだが、今はそれを素直に喜べる心境ではない。



「別に……平気よ」


「あなたの平気は、平気ではないことがあるからな。無理をしてはいないか?」



心配そうに見つめる目も、今は嬉しいような嬉しくないような複雑な気分だ。



「無理なんてしてないわ」


「そうか……。それなら夕食はなるべく食が進むよう、あなたの好きなものを用意させるように――」


「もう……いいから放っておいて!」



信じられないくらいツンとした自分の態度に自分でもびっくり。なんて失礼な言い方をしてしまったのだろう。


ハッとしてエリオンを見ると、驚いたのだろう。目を見開いて固まっている。


急にエリオンとうまく話せなくなった自分は一体どうしてしまったのかよくわからない。


ここで「酷い言い方をしてごめんなさい」と弁解できればいいのに、それすらも声にならずに喉の奥に引っ込む。



「俺に何か怒ってる?」


「別に……怒ってないわ」



と言ったその言葉は不自然なくらいに震え、『平気』と言うには程遠い。平気なふりをしようとすればするほどおかしな態度になって、エリオンとの間に僅かに築こうとした壁を意図せず高くしている気がする。


不穏な空気を醸し出しているのは自分だとわかっているのに、上手く後戻りできない制御不能な自分。


わけもわからず小さな子供みたいに不貞腐れているのが恥ずかしくて、とにかくもう話を終わりにしたくなってきた。



「もう、何でもいいじゃない……」



投げやりにそう言うと、エリオンにクイッと顎を持ち上げられた。



「こんなふうに泣いてるのによくはないだろう。どうした?」



気が付けば頬を涙が伝っていた。なぜ涙が出るのか、自分でもわけがわからない。『どうした』と聞かれても、混沌としていて自分の気持ちなんて答えようがないのだ。


するとエリオンが困ったような表情で見つめる。



「何が嫌なことでもあったのか? 俺は何をしたらいい?」



何かしてくれるの? それなら……と頭に浮かんだ希望は、エリオンに結婚の約束をした人がいると知った今は許されないことだ。



「何も……」



短くそう答えて顎を持ち上げるエリオンの手をやんわりと払った。


お願いだからこれ以上構わないでほしい。優しくしないでほしい。


俯いて黙っていると、やがてエリオンの手がシェリルの頭に向かってそっと近づき、何か迷うようにピタッと止まってまた離れていく。



「そうか。うまく気付いてやれなくてすまない」



ハッとして顔を上げると、瞳に悲しみの色を滲ませて微笑んだエリオンが背中を向けて部屋から去っていく。



「あ……」



怒るわけでもなく失礼な態度に文句を言うわけでもなく、優しさと憂いを残して立ち去ったエリオン。恐らく彼を傷つけてしまった。


優しさを拒絶したのは自分なのに、エリオンの手が触れずに離れていってしまったのが寂しいと思う身勝手さ。一体自分が何をしたいのかよくわからない。


後悔していることだけは確かで、込み上げる涙を必死に我慢しても唇がワナワナと震えるのは止まらない。


すると入れ替わるように入ってきたアニーが、心配そうにシェリルの元へ近づいた。



「シェリー様? あまりお加減がよろしくないと主様から伺いましたが……」



アニーの顔を見た瞬間ポロッと零れた涙は、それを皮切りにとばかりに(せき)を切ったように溢れ出した。



「アニー、どうしよう……っ……私、最低だわ」



次々と涙を溢れさせるシェリルを見て、アニーは「まぁ、どうしましょう……」とオロオロしながらシェリルのそばにずっと付いていてくれた。


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