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【07-13】

視界が白んで卒倒しそうだ。


だが――



「……ふふっ……ふふふ、やだぁ」



食い千切られるかと思いきや、手にはもにょもにょと柔らかでくすぐったい触感。次にペッと吐き出された時には、空になったプレートと共に手も返却され……返却と言ってもちゃんと手首とくっ付いてて無事だ。ただ、ヨダレでびちゃびちゃだけど。


ラウルがポリポリとクッキーを咀嚼する中、シェリルは自分の手を呆然と見つめる。



「ラウル、悪ふざけはよせ」



ヨダレ(まみ)れの手はエリオンが魔術で清めてくれた。



『だってうまそうな匂いだったんだ。がっつくだろ』


「どこでそんな言葉を覚えたんだ。まったく……手まで口に入れるな。シェリー嬢が驚いてるだろうが」


『ごめーん』



てへ、と言わんばかりに舌を出すラウル。そして次にはラウルがシェリルに体を擦りつける。



『シェリー、この清いパリパリ、味ないけどいいにおいだったから許してやる。また食べてやるから持ってこい』



人懐っこいわんちゃんみたいに体をスリスリと寄せるラウルに、シェリルは目をぱちくり。呆然としたまま反射的にヨシヨシと背中を撫でる。



「は、はい……」


『お前、清くて好き。お腹撫でるのも許してやる』


「は、はぁ……」



何だかさっきから俺様暴君みたいな話し方なんだけど……? 


っていうか待って! この狼、人語話すの!? 


でもここは魔術の国・エーデルアルヴィア。動物に魔術をかけて話せるようにできるものなのかもしれない。


するとエリオンが呆れ顔でラウルを見やる。



「お前そんな人懐っこかったのか? 知らなかったな。俺にももっと懐けよ」


『やーだねー』


「生意気……」


『エル、怒ってる』


「……」


『オレわかる。エルは餅を焼いてる』


「うるさい。黙らないと追い出すぞ」


『はーい、ごめんなさーい』



でへへ、と笑ったラウルは呆然とするシェリルをソファーへグイグイと押しやり、ソファーに座ったシェリルの膝枕でのんびり寛ぐ。



『ふかふか~』


「そ、それなら……よかった……です」


『シェリーの膝枕サイコー。エルもやってもらったか?』



ラウルの言葉に、エリオンは咽ながら「んなわけねーだろ!」と顔を真っ赤にしているのが見える。


はて、自分の膝で頭をスリスリ擦りつけながら寛ぐ狼。これは一体どういう状況なのだろうか。



『撫でていいぞ』


「は、はい……喜んで」



呆けたままヨシヨシ、ヨシヨシ。何だこの状況は、と困惑しつつ、毛並みがフワフワしてて気持ちいい。


ふとエリオンに目を向けてハッとする。エリオンの眉根がキュッと寄っていて、怒りに満ちているように見えるのは気のせいだろうか……。




ラウルを撫でながらエリオンの執務室で黙って座っていたシェリルは、ただただエリオンがクッキーをサクサクと食べながら仕事をする様子を見つめる。


でも……私、ここで何してたらいいのかしら? モフモフを愛でるだけなんて、仕事の邪魔じゃない? 



「あの、エル……私、邪魔なら戻るけど……」


「邪魔じゃない」


「でも……」


「話がある。ルミナリアのことだ」



急に気持ちが引き締まるような感覚だ。



「話って?」


「あぁ。少しだが、ルミナリアの情報が入ってきた。新たな聖女が選ばれたらしいぞ」


「えっ……」



エリオンの言葉にシェリルは大いに困惑した。それだとカルロの言っていたことは辻褄が合わないことになるからだ。



「どうかしたか?」


「……おかしいわ。だってカルロが……神官長のカルロっていう人が言ってたの。『神の導きにより定められる聖女は、ただ一人しか存在しない』って。私が死なないと次の聖女は出てこないって言ってたもの」



するとエリオンはフッと笑みを見せた。



「確かにそれはおかしいな。シェリー嬢は生きているのに」


「私がエーデルアルヴィアに来たから聖女じゃなくなったのかしら……」


「国境を越えようと同じ空の下だろう。ましてやベリタス(ここ)はルミナリアとの国境と近い場所だ。そんなことで聖女の資格を失うなんて話、本当に『神の導き』というなら余計におかしなことだ。……まぁ本当にそうならばの話だけどな」



エリオンにそう言われてシェリルは目をぱちくりさせた。



「どういう意味?」


「胡散臭いってことだ」


「胡散臭い?」


「あぁ。例えば……聖女伝説は、実は人為的に作られた話だとしたら?」


「……それってつまり、聖女伝説は嘘のお話かもってこと?」


「そういうことだな」



もしもそうなら、こんなにも苦しめられた聖女の役目とは一体何だったのだろう。聖女に選ばれてから家族は嘆き悲しみ、封印の儀で恐怖におびえ、3年も眠り続けたことで自分の人生に空白ができ、その間に周囲を取り巻く環境は大きく変わり……。


そう思い返すと困惑の中に怒りが沸々と湧き上がる。



「一体誰が、何のために聖女伝説を作ったっていうの……? 私の胸の印だって、『聖女の印』って言われたものなのに……」



エリオンが呪いだと言う、触れようとする人を罰するかのような業火を宿す片翼の印。思い出すだけでも恐ろしいが、これを『聖女の印』と言っていたカルロ。そしてルミナリアの民は皆、聖女を崇め、救いを求め、神殿にいるという魔物の封印の儀が行われている。


一体何がどうなっていて、ルミナリアで何が起きているのだろう。


見通せない恐ろしさにブルッと寒気がして自らの腕を摩っていると、突如ラウルがシェリルの服の上から胸の谷間に鼻を突っ込んでクンクンとにおいを嗅いだ。



『変なにおいがする』



そんなラウルの言葉に、シェリルは爆発的に赤面。


……うわぁぁん待ってぇぇぇっ! 二丘の谷が変なにおいって何!?


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