【07-10】
なんて簡単な陽動作戦に引っかかってしまったのだろう。心の余裕のなさと自分の単純さが恨めしい。そしてエリオンからも「まさか引っかかってくれるとは思わなかったな」とニヤリと笑みが零れる。
不覚……。
「エルの意地悪」
「悪かった。なぁ、これ食べてみてもいいか?」
「えっ!? ダメ!」
「どうして?」
不思議そうに見つめるエリオンに、嘘を言ったところでバレそうだが本当のことも言いたくない。
シェリルが言葉に詰まってまごついていると、ガスパルが代わりに言ってやろうとばかりに堂々と告げる。
「それはエリオン様が苦手な、マーマレードを挟んだものでございます」
あぁぁぁ、ショック。言わないでほしかったのに……。
するとぼんやりした様子で「ふぅん」と呟いたエリオンは、シェリルを見つめてフッと微笑む。苦手なものを作ってしまったのに、世にも美しく優しい笑顔を向けられてドキドキ。
何よ、その笑みは。まるで「心配するな」と言われてるみたいで、なんかちょっと素敵とか思ってしまぅ――じゃなくて!
どうしよう、どうしよう、どうしよう……。
たくさん種類があるジャムの中でどうしてよりにもよってマーマレードを選択してしまったのだろう。ほかにもフルーツはたくさんあったのに……。
大いに後悔して顔を顰めていると、エリオンがクッキーに手を伸ばす。それをガスパルが慌てて制した。
「おっ、お召し上がりになるのですか!?」
「悪いか?」
「いいえ、そのようなことは決して……。ただ、まだ毒味をしておりません」
「不要だ」
エリオンはそう言って、あっさりとクッキーを口に運んだ。そしてサクサクと咀嚼して数秒後、エリオンが口元を手で覆って俯く。
「エリオン様!? ご無事でございますか!?」
ガスパルが心配そうにエリオンを見つめていると、エリオンは「案ずるな」と静かに一言だけ告げて顔をのっそりと上げる。その顔は眉間に皺が寄った苦しげな表情だった。
「エル……?」
不安が募って名前を呼ぶと、エリオンはシェリルの手を取って甲にトンッと触れる。すると描かれた魔法陣が鈍く金に光り、砂が風で吹き飛ぶかのようにサッと消えていった。
「それ全部、俺の執務室に運んでくれ」
「……へ?」
シェリルが素っ頓狂な声を上げると、エリオンは小さな笑みを浮かべる。
「城内どこへでも行けるように行動制限は解除した」
「……」
「聞いてる? 俺のために焼いてくれたものなのだろう?」
「……え? あ……うん……」
「全部食べるから、俺の執務室まで持ってきてくれ」
幾分ぼんやりしたように見えるエリオンが背を向けて去っていくのを、シェリルは唇を真一文字に引き結んで見つめる。
「シェリー様……? えっと……主様の執務室へご案内いたします」
アニーも明らかに狼狽した様子だ。
「え、ええ……」
これってもしかして……。
するとガスパルがニヤリと笑う。
「ほら見ろ、あのぐったりしたご様子。だから言っただろう。あのお方はマーマレードがお嫌いなんだ」
本当にそうなのかもしれない。
だって、さっき魔法陣を解除する時に触れた手が震えてた。
もしかして、無理して食べようとしてるんじゃないのかな……。