【07-09】
シェリルが絶句していると、ベルナが信じられないという様相でガスパルに詰め寄る。
「あんたね……それを知っててここまで黙ってたわけ? ほんっとどうしようもない性悪だよ!」
「好きに作らせてやればいいと言ったのはお前だろうが。それに聞かれてないことをわざわざ教える義理はない」
「あーっ! あんたは心底腹の立つ男だね! それで……エリオン様がマーマレードを好まないっていうのは本当なのかい?」
「あぁ。もう随分と前のことだが、『エリオン様がマーマレードをご所望のようだ』と給仕に聞いて私が作ったんだ。けれど一口お召し上がりになっただけで、首を傾げて『悪いがもういらない』とおっしゃったらしい。独特な苦みがあるからな、それが苦手だったんだろう。そのあと別の機会にメニューの一部として入っていたことがあるが、お召し上がりにならなかったようだ。だからエリオン様の苦手な食材として私のリストに入っている」
それを聞いたベルナが苛立ちと嫌味を込めて鼻で笑う。
「あんたの作ったものが不味かったんだろうよ」
「何だと! 私の作ったマーマレードは王族や貴族の方々にも好評だったものだ。ふざけたことをぬかすな!」
「だったらどうして『いらない』と言われたんだろうね」
「知るか。だからお好みではなかったんだろうよ」
「失敗作を出したんじゃないのかい?」
「何だと!? 失敗作なんぞをお出しするものか!」
一触即発という雰囲気でベルナとガスパルが睨み合いする中、シェリルはしょんぼりと項垂れていた。
よりにもよってエリオンが好きじゃないマーマレードを挟んでしまうなんて大失敗だ。
……でもそうよ、今からもう一度作り直しをすればいいんだわ、と気持ちを奮い立たせていると――
「シェリー嬢、ここにいたのか。探したぞ」
心地よく耳に響く低く深いバリトンボイスを、今は聞きたくなかったと心底思う。
……あぁぁ、最悪のタイミング。
「……エル」
エリオンが仕事を終えて戻ってきたらしい。
シェリルは咄嗟に出来上がったクッキーを体で隠した。
「ずいぶんにぎやかだな。何をしているんだ?」
ガスパル・アニー・ベルナが「おかえりなさいませ」と恭しく挨拶するのを横目に、シェリルはおどおどと視線を彷徨わせる。
「あ、えっと……おかえりなさい。もうお仕事終わったの?」
苦笑いを浮かべながら、都合の悪さを隠すために質問に答えず質問で返した。
「いいや、まだこちらでの雑務が残ってる。……何を隠した?」
ドキッ! 隠したのがバレてる……。苦手なものを作ったなんて知られたくないのに。
なんとか誤魔化そうとシェリルは頭を巡らせた。
「あ、あのね……クッキーを焼いてたの」
「ほぉ」
「でも……失敗……しちゃって。焼きなおすところなの」
「へーえー」
するとエリオンがすぐそばまで近づく。
じーっと見つめる漆黒の瞳が不意に細められると、シェリルの顔はオーブンにでも頭を突っ込んだんじゃないかくらいに熱を持ち始めた。
ドキドキ、ドキドキ。緊張緊張緊張、の中に、ほんのわずかに混じるキュッと胸を締め付けられる感覚。
目を合わせているのが気まずくて思わず俯くものの、クッキーは体で死守。こんなの見せられない。
するとエリオンがフッと笑う。
「失敗っていうのは……嘘だな」
「へっ!?」
「あなたはわかりやすい」
「……ッ……」
「自分で食べるために焼いたのか? それとも誰かのために?」
これは何だか嘘を言ってもどんどん深みにはまりそうな気がしてきた。素直に言うのが正解かもしれない。
「その……エルに……お礼をしたくて……焼いてみたんだけど……」
「……へーえー」
「……」
「……」
「で、でもね、失敗しちゃったのは本当だから見せられな――」
「あ、シェリー嬢、テーブルの下にクッキーが一つ落ちてるぞ」
「えぇぇっ、嘘!?」
ギャァァッ、見られてなるものかぁぁ!
とすぐさま腰を折ってテーブルの下を覗き込んだが……あれ、見当たらない。
そこでハッとしてエリオンを見ると、エリオンは顎に手を当ててテーブルの上に置かれたクッキーをじっくりと観察していた。
「うーん、全然失敗してるようには見えないんだけど。むしろ美味そうだ」
……やられた。