【07-06】
生地の材料を混ぜ終えると生地を寝かせる。
あとは薄く小さく成形して焼けばクッキーはでき上がるのだが、もう一工夫したいところだ。
「ガスパルさん、何かジャムはありますか?」
食事の際にパンに添えられていたリンゴのジャムはとても美味だった。効率的に作業を進めるためにも、リンゴジャムでなくてもいいから何かあるものを使いたいところだが……ガスパルに問うと訝しげな顔をして首を横に振った。
「あるけどない」
「どういう意味ですか?」
「あの御方はパンにはジャムを好まれる。明日お出しする分しかないから、使われると困る」
「なるほど……」
するとベルナが口を挟んだ。
「そんなの今からあんたが明日の分を作りゃいい話だろう」
「そんな時間はない」
「黙って見てるその無駄な時間を使えば、ジャムの一つや二つくらい作れると思うけどね」
「黙れ! 気が済むまで見てればいいと言ったのはお前だろう!」
「まぁだ疑ってるなんてね~、ほんと呆れた頑固者だよ!」
「何だと!?」
あらら、この二人は犬猿の仲かしら、と思いつつ頭を巡らせる。
それならどうしようかと食材を再び見て、シェリルはハッと思いついた。
「ガスパルさん、それではもう少しだけ厨房をお借りしてもいいですか?」
シェリルのその言葉に、いがみ合っていたベルナとガスパルは揃ってシェリルに目を向ける。ガスパルはムッとした表情で黙ったままだったが、代わりにベルナがニッコリと微笑んだ。
「おや、まだ何か作るのかい?」
シェリルは幾種類かある果物の中からオレンジを手に取ってベルナに微笑みを向ける。
「はい、マーマレードを作ろうと思います」
そう言うとガスパルはフンッと鼻で笑い、離れたところでシェリルの作業を監視し始めた。
ダメだと言われないということは、引き続き厨房の使用許可をいただいたということなのだろう。
「よーし……」
少し時間はかかるものの、どうせならジャムも自分で作ったほうが心を込められる。そう思ってシェリルは張り切って作業に取り掛かる。引き続き『効率的に』は忘れない。
オレンジの白い部分は苦みが強いため丁寧に取り除き、皮と身を刻んで種と一緒に蜂蜜で煮詰めていく。
「ウールー・デリザン・アミュシウズ……うーん、いい香り」
ついつい癖で呟いて柑橘の香りを楽しむと、ガスパルの刺さるような睨みが向けられる。
「余計なことを言ってすみません」と謝ると、フンッと鼻で笑ったガスパルは、シェリルを横目で観察しながら夕食の準備を始めた様子だ。そのおかげでガスパルの監視が半分くらいになり、ちょっと肩の力が抜ける。
少しは不信感を減らしてもらえたということなのだろうか。嬉しい上に、鍋から漂うオレンジの爽やかな香りが堪らなくて頬が緩む。
丁寧にあくを取りながら煮詰め、しばらくして浮いてきた種を取り出す。パンに塗るものよりもさらに煮詰めて硬めに仕上げると、香り付けにブランデーを加えてひと煮立ち。しばらく冷まして粗熱を取る。
そして寝かせておいた生地を成形して焼き始めると、ようやくひと段落だ。
「お疲れさまでした、シェリー様」
パチパチと小さく拍手するかわいらしいアニーの笑顔にホッと癒される。
ガスパルの邪魔をしないようにと、待ち時間は、アニーとベルナと共に厨房の隅でティータイムをとることになった。
「あんた随分手際がいいじゃないか。日頃から作ってる証拠だろうね」
ベルナにそう言われて、シェリルは苦笑いを浮かべる。
『ガスパルさんに睨まれていたおかげで、いつもより随分効率的でした。普段はもっとのんびりなんですよ』とは言わない方がいいのだろうと思う。再びガスパルの鋭い睨みが戻ってきそうだ。
「ありがとうございます。本当によく作るので」
「そうかい。エリオン様もきっと喜ぶよ」
「そうだといいのですが」
「ところで、あんたはルミナリアに帰っちまうのかい?」
ベルナが少し寂しげに問う。
「ええ」
「そう。お国に待ってる恋人でもいるの?」
「恋人ではなくて、婚約者が……いて……」
正しくは『婚約者がいた』という過去形なのだろうが、自分の手に戻るかもしれないユリウスの婚約者の座。そしてそれを喜んでいない、よくわからない自分の気持ち。
そう思うと過去だか現在だか未来だか何形で答えたらいいのかわからなかった。
「そうなんだね。どんな人? 出会いは?」
こういう話は大好物とばかりに目を輝かせるベルナを前に、さすがにルミナリアの王子との婚約が現在取り消しになった状態です、とは言えない。
「あー……えっと――」
シェリルはユリウスが王子であることは隠した上で、ユリウスとの出会いの話をすることにした。