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【07-05】

ベルナがムッとした顔で腰に手を当てて厨房の入口に立っていて、ガスパルが舌打ちして不機嫌そうに答える。



「この女があの御方にクッキーを焼くだなんて言うもんだから、注意してやってたんだよ」


「おや、いいじゃないか」


「何を言う! いいわけがあるか! 何を入れるかわかったもんじゃない……まったく」


「相変わらず過保護だね……。何を入れるって言うんだい?」


「薬でも毒でも何でもあるだろう」



ガスパルがそう言うと、ベルナはハンッと嘲笑う。



「あんたはもう少し人を見る目を養えってんだよ」


「何だと?」


「だいたい、エリオン様が自由を許しているんだからね。怪しい子なわけがないだろう?」


「……ッ……この女が純真無垢なあの方を(たぶら)かしたのかもしれないだろう!」



誑かしてはいないわよ、という苛立ちより、『純真無垢』という言葉がシェリルは気になって仕方がない。


彼が純真無垢。ちょっと笑ってしまいそうなのは失礼だろうか、と思ってアニーを見ると、アニーは笑いを噛み殺して肩を震わせている。


……気持ち、わかるわ。だって純真無垢な人は、目を血走らせて崖から蹴落とそうとしたりしないと思うの。


それでもシェリルはニヤけそうな顔をグッと堪えてベルナとガスパルのやり取りを続けて聞いた。



「そんなに心配なら、作ってる間中、あんたがそばに付いて見てればいいじゃないか」


「何!?」


「その無駄にでっかい目でもかっぴらいて気が済むまで見てればいいさ」


「……ッ……何て言い草だ!」


「さぁシェリー様、どうぞご自由に厨房をお使いくださいませ」



ベルナはそう言って微笑んでいるが……いいのだろうか? 



「は、はい……」



結局ガスパルが間近で目を光らせる中で作ることになった。ちょっと緊張するが、確かに全幅の信頼を得られるような関係ではないのだから致し方ないと思える。何はともあれ、いつも通り作るだけだ。



「頑張って、シェリー様」



アニーに励まされ、シェリルはウンと頷いて腕を捲った。


ベルナも見守っていてくれるらしく、心強い味方に支えられ、そして怪しい行動を一つも逃すまいと食い入るように監視するガスパルに睨まれて作業に取り掛かった。




シェリルは厨房にある材料を確認してその場にあるものでレシピを組み立て、必要なものをいくつか取り出す。そして早速作業スタート。バターと蜂蜜をよく混ぜ、そこに小麦粉とアーモンドを砕いたものを投入する。



「ウールー・デリザン・アミュシウズ」



シェリルがそう(つぶや)きながら生地を混ぜ始めると、ガスパルが身を乗り出して睨みを効かせた。



「何だね、今のは」



そう言ってギロリと覗き込まれ、シェリルは苦笑いを向ける。



「何って……うーん、気持ち? おまじないです」



母のセイラはいつも料理やお菓子作りをする時に、『ウールー・デリザン・アミュシウズ』と唱えながら作業する。異国からの移民であったセイラの祖母が「これを唱えながら作ると、あら不思議、とっても美味しくなるのよ」と教えてくれたらしい。それがシェリルにも受け継がれ、お菓子を作る時に真似るようにしているのだ。



「そんなもので美味くなったら苦労しないんだよ」



ガスパルは不満そうだが、効果がどうとかよりも、何となく唱えてないと落ち着かないのでそうするようにしているだけだ。最早、お菓子を作り始めると自然と口を突いて出る。



「そうですよね。ごめんなさい、単なるルーティンなのでお気になさらず」


「無駄なことをしてないでさっさと作れ」


「は、はい……」



ギョロリと睨むガスパルにシェリルは身を縮めながら精一杯の淑女の笑みを向けると、ベルナが溜息をついた。



「好きに作らせてやればいいのに、肝の小さい男だね」


「うるさい! あの御方の命がかかってるんだから当然だ」


「そんなもんはかかってないよ。まったく大袈裟なんだから。シェリー様、気にしなくていいんだよ」


「はぁ……」



そうは言われても、ガスパルの強烈なほどの視線が刺さるように降り注ぐ。


……なんだか淑女教育の先生から教えを受けてる時の気分だわ。


こうして、シェリルは無駄な動きを極力抑えた効率的なクッキー作りを進めるのだった。


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