【07-04】
昼食の済んだ午後、アニーに案内してもらって向かっているのは厨房だ。
この別館内でできるお礼。思い付いたのはお菓子作り。クッキーを焼こうと考えた。
一緒に食事をした際、ベルナと呼ばれる女性が言いかけたことを思い出したのだ。たぶんジャムが添えてあったくらいだし、エリオンは甘いものが好きなのだろうと思った。そしてそれはすでにアニーにも確認済みだ。
「それにしてもシェリー様は伯爵家のご令嬢と伺っておりますが、お菓子作りをなさるんですね。ルミナリアの風習ですか?」
先導するアニーが振り向いて問うと、シェリルは首を横に振る。
「ううん、上位貴族の子たちは誰も作らないわ。母の趣味で、私も一緒に作るようになっただけよ」
あまり裕福でなかった子爵家出身のセイラは幼い頃から家事をこなしていたらしく、料理やお菓子作りが得意なのだ。
結婚前、貴族主催のチャリティーバザーで出品するものに困ったセイラがお菓子を焼いて出したところ、その美味しさに噂が噂を呼んで大盛況。
当時王太子だった現王と共にブラッドがお忍びで視察に来ていて、そこでセイラと出会った。そしてセイラの作ったお菓子に虜になった現王の希望で、今ではセイラの作るお菓子は王家御用達の認定付きとなっている。
そしてブラッドと結婚後も子供を出産後も楽しげにお菓子作りを続けていたセイラ。その様子を幼い頃から見て、シェリルも真似て一緒に作るようになったのだ。
「そうでしたか。シェリー様のお母様直伝のクッキー。出来上がりが楽しみです。きっと主様もお喜びになりますよ。さぁ、こちらでございます」
「ありがとう」
案内されて厨房に入ると、胸の前で腕を組んでシェリルを訝しげに見つめる初老の男性が仁王立ちで待ち構えていた。
「シェリー様、あちらが料理長のガスパルさんです」
アニーにそう紹介されて、シェリルは貴族令嬢らしく優雅に挨拶をする。
「ガスパルさん、シェリーと申します。昨日のお食事、大変美味しゅうございました」
「……」
……あら、ご機嫌斜めかしら? 気を取り直して続けて告げる。
「本日は厨房を使わせていただきます」
ニッコリと笑顔を向けると、ガスパルが訝しげにシェリルを睨んだ。
「何をするつもりだ?」
ギョロリと大きな目のド迫力に気圧されそうだが、ここは淑女教育で培った笑顔と度胸の見せ所。シェリルは慄きそうな足を負けじと踏ん張って告げる。
「クッキーを焼きます」
「自分の分かね?」
「いいえ、エル……エリオン様に贈るものです」
そう言うとガスパルはフンッと鼻を鳴らす。
「バカなことを言うな。どこの女かも知れないやつの作ったものなんて、あの御方のお口に入れるわけにはいかない」
「どこの女かも知れない……? えっと、シェリーです。ルミナリアからまいりました」
「んなことは知ってるよ。それを聞いたからって『はいどうぞ』と言うわけがないだろう」
おぉ、なかなか手厳しい。シェリルはやっぱりダメか、と苦笑いする。
それにしても、どうやらガスパルという人はエリオンを随分と敬愛しているらしい。
「えっと……それならどうすれば……?」
「材料と作り方を教えなさい。私が作る」
「そんな! それだとお礼の意味が――」
「ダメといったらダメだ!」
「何をそんな大声を出してるんだい」
不意に背後から女性の声が聞こえてシェリルは振り返る。
食堂で会ったふくよかな女性・ベルナが立っていた。