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【06-13】


••┈┈┈┈••


あの日……


シェリルが崖から転落したというあの夜、地面に横たわる痛ましい彼女を見つけた時の不思議な光景を忘れられない。


空は悲しみの涙を溢し、風は嘆くように哀音を響かせ、土は力なく身を崩し、草花は首を垂れて憔悴する。


大地に根を張る大木だけは、これ以上苦しませまいと歯を食いしばりながら、ようやく帰還した主を必死に守っているかのようだった。



(この人は何者だ?)



問うても皆、ただ混沌とした深い嘆きを示すだけだった。


それでも魂が惹かれるかのように、彼女に自らの震える手を伸ばしたのを覚えている。



「あなたは……何者なんだ?」



瞳が開いてもなお、あなただと確信が持てなかった不甲斐ない俺を許してほしい。


まさかあなたがこんなところにいるだなんて考えもしなかったんだ。





••┈┈┈┈••





「こちらで本日の業務は終了でございます。お疲れさまでした」


「あぁ」



執務室でアランの持ってきた書類に目を通していたエリオンは、仕事を終えて椅子の背もたれに寄り掛かると、目を瞑って指で眉間をグッと押した。



(やってしまった……彼女を怖がらせたよな……)



口からは後悔の溜息が漏れ、頭には自らを戒める気持ちばかりが湧き上がる。


崖の上り下りは仕方がないとしても、シェリルを攫った男たちへの狂気じみた感情は止まらなかった。あまりにも腹が立ちすぎてどうしようもなかったのだ。


……いや、あれでも必死に抑えていた方だといえる。



先日シェリルが(うな)されていた際、熱があるのではないかと額に触れたエリオンは、図らずもシェリルの悪夢を覗き見てしまった。どうやらシェリルとは同調しやすいらしい。すぐに手を離したものの、頭に飛び込んできた一場面が忘れられない。


その時に見えた光景に、あのテッドという男がいた。あの男の振り下ろした剣がシェリルの胸元を切り裂き、痛々しい傷を負わせたのが見えたのだ。


だからどうにも許し難く我慢ならない相手だった。



『エルは……誰かの命を奪いたいって思うくらい、人を情熱的に愛したことはある?』



ある……とは言えなかった。言えば軽蔑されそうなものだからだ。


カミラのような嫉妬の気持ちではなく、無残にシェリルを傷つけたテッドへの憎しみの気持ちではあるが。


そしてそんなテッドを前にしても、シェリルは「怖くない」といって自分で立ち向かった。さらには命への責任感が強く、自分に危害を加えた相手にまで慈悲を見せる。


本音では恐怖に打ち震えていても、強く潔くあろうとするシェリルの姿は凛々しく美しかった。


それでももっと頼られるようにならなければな……。彼女が無理をしなくて済むように、甘えられるように、毅然とする美しい彼女を支えられるように……。


するとアランが首を傾げる。



「どうかなさいましたか? あなたにしては珍しく笑みを浮かべていらっしゃいましたが?」



シェリルのことを考えて口元が緩んでいたらしい。



「いや、何でもない。ただ……感情的になるとは、まだまだ未熟だなと思ったまでだ」



ごまかしついでに別の本音を告げると、アランは目を見開いて一歩後ずさりした。



「感情的!? 誰が?」


「俺が」


「……はい!? あなたが、ですか!? えっ……なぜ?」


「ちょっと許せないことがあって」



するとアランは信じられないようなものを見るような目で見つめる。


そんなに驚かなくてもいいじゃないか、と思いつつ、まぁ確かにあまり感情を露わにすることはない自分を知っている。


幼い頃からそうしてきたから、そういうものだから、そうしなければならなかったから……。


でも今回は止まらなかった。止められなかった。


その理由を『そういう宿命だから』なんていう色気のないもので片づけたくはないのだが……実際どうなのかは自分でもよくわからない。



「それは……いろいろと大丈夫でしたか?」



アランが不安そうに言う『いろいろ』には、本当にいろいろな意味が込められているということはわかっている。



「問題ない……と思う。一応自分を見失うほどまでにはなってなかったし、誰も命を落としてはいないし、環境破壊もしていないし……災害も起きてないだろう?」


「……まぁ確かにそうですね」



あぁ、でもちょっと地面が陥没したな。あとで補強しとくか……と考えていると、アランが確信を込めて問う。



「もしかして……シェリー嬢ですか?」


「……」


「彼女は一体何者なんです?」


「……もうすぐリアムが戻るから、そうしたら話す」


「リアムさんが動いているのですか?」


「あぁ」


「そうですか……」



アランは彼なりに何か理解したらしく、それ以上何も聞いてこなかった。


アランに伝えたとおり、シェリルのことを調べさせている者がそろそろ戻る頃だ。


ただ、調べさせている間にもエリオン自身が確信に至り、最早報告書を見なくとも疑いようもない感覚でいる。


そしてとある見知った気配が彼女から漂っていることから、剣で切られても崖から落ちても無事だった理由は何となく予想がついていた。



(何がどうなってるのか整理するためにも、一度ルカに話を聞きに行く必要があるな)



そう決めてアランに目を向ける。



「アラン、悪いが少し俺の予定を調整してほしい」


「かしこまりました。いつの予定でしょうか?」


「そうだな……――――、――……」


••┈┈┈┈••


別の作品の執筆作業のため、数日更新をお休みいたします。

申し訳ありません( *ノ_ _)ノノ ╮*_ _)╮

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