【06-11】
「それでシェリー嬢……あなたは『カミラ様』とやらの『婚約者に手を出す泥棒猫』で『売るなり殺すなり好きに』されるくらい酷いことをしていたのか?」
テッド達を拘束し終えたエリオンにそう問われて、シェリルは眉を顰める。
「してない! ……と思う……けど……」
ちょっと答えに自信がなくなるのは、『手を出す』の線引きがいまいちわからないためだ。
「『と思う』って、結局会って何をしてたんだ?」
「何って別に……ただ向こうが何度か夜に会いに来てくれて、ほんの少しの時間二人で話して……私のことを諦めたくないって言われて……」
「ふぅん」
「でも、その……キ……キス……とか……まっ、まっ……」
「ん?」
「ま、まじ……交わっ……たりはしてな……い……」
ギャァァァァ……我ながらなんて恥ずかしいことを口走ってるんだと急速に顔面が火照っていく。しかし、あらぬ誤解をされるのだけは淑女として御免被りたいのだ。
するとエリオンはクスッと笑う。
「精神年齢14歳でもそういうことはわかるのだな」
それにははいともいいえとも答えにくい。そもそも大してわかってもいない気がする。そして貞淑を示したかった結果、むしろ奔放な言葉を口にするなんて本末転倒ではなかろうか。
自分の発した言葉に後悔が募って項垂れていると、エリオンが再びクスッと笑うのが聞こえる。
「そのカミラ様とやらは二人の関係に相当な危機感を感じていたのかもしれないが……何度か会って話してただけで、『泥棒猫』とまで言われて命を狙われるのは、さすがになかなか酷だな」
「うん……でもカミラ様は――……」
売るなり殺すなり好きにしろと大金を積んで悪党に依頼するくらい嫌だったわけだ。
正直言って、そこに至る前にもう少し段階的な嫌がらせがあってもいいような気がするのだが……。
それに関してはエリオンも同じような考えだったようで、首を傾げて顎に手を当てる。
「それにしてはずいぶん大袈裟なんだよな……」
エリオンの言葉も尤もだと思える。コソコソ会ってたことは悪いことだとはわかっているものの、だからといってそこまでするものだろうか。
(愛が彼女を狂わせたということ?)
もしかすると、カミラはとてつもなく情熱的にユリウスを愛しているということなのだろうか。そんな強い感情を抱いたことのないシェリルには到底理解しがたい。
「エルは……誰かの命を奪いたいって思うくらい、人を情熱的に愛したことはある?」
「……」
何も答えずに固まってしまったエリオンはどうしたことだろう。
「エル?」
「……ん?」
「だから、エルは誰かをすごくすごく好きになったことはある?」
「……あ…………るのかないのかどうなのかどうなんだろうな俺」
「え?」
結局どっちなのか微妙な答えだが、アハハとごまかすように笑ってるくらいだから、はっきりわからない程度ということなのだろう。
「私には、そういう気持ちを理解するのは難しいことだわ」
伯爵令嬢として、政略結婚するのが当たり前という環境で育ったシェリル。
恋というものを例えるなら、政略結婚というプレーンのクッキー生地に、スパイス的に恋がちょっとだけ練り込まれていたら、より美味しくなって特別な気がする……無くても問題ないけど、という感覚。
そもそも王子妃という高い目標の前では恋にうつつを抜かしている場合ではなかったとも言える。
するとエリオンが目を逸らしたまま呟いた。
「実際にそうするかは別として、叶わない苦しみは――……わかる……かもしれない」
つまりは、エリオンも叶わない恋に苦しんだことがあるという意味なのだろうか。
「そう……。辛いことを聞いてしまった? ごめんなさい」
「いいや、構わない」
そうは言うものの、エリオンの表情からは物寂しさが滲み出ているように見えるのは気のせいだろうか。