【06-10】
「ねぇ、それともう一つ教えて?」
そしてシェリルには気がかりだったことがほかにもある。聞くのが怖くて避けてしまいたいほどだが、はっきりさせずにいればどのみち後悔なり恐怖なりが募っていくのだろう。
「なっ、何だ」
だから勇気を振り絞って問うのだ。
「あの人……腕が燃えた人……どうなったの?」
恐る恐るテッドに問うと、テッドは不思議そうに眉を顰めた。
「どうって……お前も見ただろう! 腕がなくなったじゃねーか!」
「うん、それで……生きてる?」
「あ? ……生きてはいるぜ」
相手は恐怖の対象。自分を殴り、襲おうとした男。
それでもシェリルの心に真っ先に湧き上がったのは安堵の気持ちだった。
恐らくあれが片翼の印の呪いの力なのだろうと思う。ただ、たとえ呪いの力だとしても、自分が人を殺めたのだとしたら……
そう思うと怖くて苦しくてたまらなかった。
そして『痛み分け』というには大きすぎる罰を受けた男に、シェリルは同情する気持ちすら抱いていたのだ。
「そう、それなら少し安心したわ。もしも彼に会えたら伝えて? 『これに懲りて悪いことはしちゃダメよ』って。あなたもね」
「……ッ……」
「懲りないって言うなら燃やすわよ?」
「わわわっ、わかった! 懲りた!」
ちょっと嘘臭いけど、まぁいいか。今後、きっと彼らを正しく導くことも必要なはずだ。帰ったらお父様に相談してみようかしら……。
「なぁ、コイツもういいか?」
エリオンに問われて頷くと、途端にテッドがぐったりと倒れ込む。
「ねぇ、さっきから何したらそうなるのよ」
「ん? ご令嬢の前だからな。あまり血まみれになるようなことはしない方がいいと思って……見た目ができるだけ美しく仕上がる魔術を使ってるだけだ。ちょっと窒息しかかっただけで生きてるぞ」
見た目が美しく仕上がる、ね……。みんな白目向いて泡吹いてますけど? あまり凝視はしたくなくてテッド達から目を逸らす。
するとエリオンがシェリルの胸元の服をキュッと寄せてすぐに目を背けた。
そうされて初めてシェリルは胸元のボタンが開いたままだったことに気づいた。
「あっ……はしたなくてごめんなさい」
「そういうことではなくて……あのな、無茶をするな。おかげで頭が冷えた」
無茶って何が? と聞く前に自分で気づく。ボタンを留めようとする手がカタカタ震えているのだ。今さら恐怖が襲ってきたらしく、情けないことにボタンを留めたくても上手く留められない。
「あ、あれ……?」とごまかしていると、エリオンが両手を取ってギュッと包み込んでくれる。
「落ち着いてからでいい」
「う、うん……」
エリオンの手に包まれていると、温かくてホッとする。
ゆっくり、ゆっくりと気持ちが落ち着いていくと、ハァッと深く息を吐き出してシェリルはエリオンを見上げた。
「ありがとう。もう平気よ」
「そうか。……まったく、あなたは大概無茶をするタイプらしい」
本当に大丈夫か確かめるようにゆっくりと離れていくエリオンの手が優しくて、その気遣いにもホッとして……そんなことで泣きたくなる自分が恥ずかしくて、隠すように微笑みを向けた。
「無茶をしたつもりはなかったのよ。必死だっただけで……」
「そうだとしても……印をあまり人に見せるな」
「そうね、人に害のあるものかもしれないから仕舞っておかなくちゃ」
「そういう意味ではなくて――……」
何かを堪えた様子で、エリオンは深い溜息をつく。
「……何?」
「いいや……ただ無鉄砲なあなたを心配してるだけだ。とにかく無茶をするな」
ポツリと呟かれた言葉のあとには、エリオンの顔にいくつもの感情が入り混じったような複雑な表情が滲む。
「うん……」
一瞬、漆黒の瞳の色がやや薄くなって、日の入り前の群青の空を映したように見えた。