【06-09】
巨大魚を手にするイケメン漁師を唖然として見つめてしまった次にはハッとして――
(ちょっと待って漁師様……じゃなくてエルーー! その人隠してるだけで知ってるはずなのよーー!)
シェリルは離れた位置から呼び止める。
「エル、待って!」
「……ん?」
うわぁ……もはや鬼神?
さらに血走ったエリオンの目が怖い。
「お願いだからちょっと待って。私が話を聞くわ」
「ダメだ。あなたを酷い目に合わせたやつだからな。近づくのは怖いだろう?」
目は血走ってるわりに案外冷静かつ的確なことを言われて呆気にとられると同時に、エリオンの優しさに触れて再び場違いに湧き上がる喜び。
……いや、だから喜んでる場合じゃないのよ。
「こ、怖くなんてないわ。それに真実を知る方が大事よ」
「あなたという人は……その心持ちと冷静さには頭が下がる」
……違うわよ? あなたの血走った目を見てると妙に冷静になっちゃうだけよ?
プスンと煙の上がったテッドの服の胸倉はまだエリオンに掴まれたまま。額に冷や汗を滲ませるテッドにシェリルは少し離れたところから目を合わせた。
「ねぇ、あなた……確か名前はテッドだったかしら? 知らないっていうのは嘘よね?」
一度は酷いことをされそうになった相手。あの時の恐怖がよみがえりそうなのを、グッとお腹に力を入れて抑え込む。
「ううう嘘じゃねぇ! 誰のことだかわかんねぇ!」
必死に目を背けるテッド。忠誠心ゆえか、攫った人数が多すぎて誰のことか本当にわからないのか。
いずれにせよテッドに近づくのは怖いが、そんなことを言っていては核心に迫ることはできない。今はエリオンがいる。だから大丈夫……大丈夫……。
ゴクリと唾を飲み込んで手を固く握り締めながら、シェリルはさらにテッドに近づいた。
「じゃあ……これならどう?」
そう言って服の胸元のボタンをいくつか外すと、テッドに片翼の印を見せる。
するとテッドはにわかに慌て始めた。
「うわぁぁぁっ! お、お前まさか、あの時の……! なんで生きてんだよ! 近寄るな化け物!」
「私のこと覚えてるみたいね。だったらわかるはずだわ。私を攫うように言ったのは誰なの?」
「知るか! おい、化け物! マジでヤベェから近寄るな!」
何よ、さっきから化け物だのマジでヤベェだの失礼しちゃうわね……とあまりの言われようにちょっと拗ねた気持ちになってきた。
エリオンに胸倉を掴まれたまま宙ぶらりんでガタガタ震えるテッドを、シェリルはギロリと睨む。
「あなたもあんなふうに燃えたくなかったら言いなさい?」
正直言って腕が燃えた仕組みはよくわからない。だからほぼハッタリなのだが、そのハッタリは思いのほか効果的なようで――
「ヒィッ! やややっ、やめろ! ちちちち近づくな!」
顔を引きつらせて玉のような汗を滴らせるテッドが目に映り、想定以上の反応にシェリルは勢いづく。
エリオンが目を点にして見つめる中、シェリルはグイグイと胸元をテッドに近づけた。
「ほーら、この印に近づくとあっという間に体が燃えて無くなっちゃうわよ? 嫌だったら言いなさい!」
「ギャァァァァ! わ、わかった、言う! 女だ!」
「女? 誰のこと?」
「名前までは知らねえ! 最初は違う女が来たけど、兄貴が『そんなはした金じゃ足りねー』って文句言ったら別の女が大金持って来たんだ!」
早口で告げられるテッドの言葉に、シェリルは不満顔を浮かべてさらに問う。
「ふぅん。別の女ってどんな人?」
「顔隠してたから人相まではわかんねぇよ! だけどあんたのことを『私の婚約者に手を出す泥棒猫だから売るなり殺すなり好きにして』って言ってたぜ! それ以上はほんとに知らねぇ!」
……『私の婚約者に手を出す』って、ユリウスのことを『私の婚約者』という人物は一人しかいないだろう。
「やっぱりカミラ様……」
親しい間柄ではなくてよくわからないが、カミラという女性はそこまでする人物ということなのだろう。
美しく華やかな見た目とは裏腹に、その内面は真っ暗闇。
ゾワッと背筋に寒気が走った。