【06-08】
自然と緩む頬。
……いやいや、場違いすぎる、と間もなく自分の中の後ろめたさが勝利して、慌てて頭をブンブン横に振って邪念を振り払う。
(喜んでニヤついてる場合じゃないのよ。とにかく止めないと!)
シェリルは慌てて声を上げる。
「ちょ、ちょっと待って、エル!」
するとエリオンがテッドを引きずったまま振り返った。
「……何だ?」
その顔に、思わずシェリルも「ヒィッ!」と悲鳴が漏れそうなほどの衝撃を受ける。狂気を滲ませたエリオンの、瞳孔の開ききった目が怖いのだ。
(もしかして相当怒っていらっしゃる? 目が血走ってるわ……。なるほど、これが冷酷無慈悲と言われるゆえんかしら?)
結構怖いが、このままでは話を聞き出せない上にさらに残虐な光景を目にすることになりそうな予感。私が踏ん張らねば……と、エリオンの恐ろしい一面を垣間見つつ、恐怖を抑え込んで震える声を押し出す。
「あ、あの……」
「あなたのことは守っているから安心していい。そこを動くな」
そう言われて足元を見れば、シェリルは金色の魔法陣の中にいた。
「あっ……ありがと……」
いつの間に? 嬉しい……じゃなくて!
「あ、あのね、エル……その人のことは見覚えがあるわ。だから何か知ってると思うの」
するとエリオンは「あぁ……」と小さく呟いて、テッドの胸倉を掴んだままグイッと自分の目線の高さまで持ち上げる。
「よーし、お前……彼女は優しい人なんだ。だから俺も見習って選ばせてやる」
エリオンより背の大分低いテッドは足が付かずにぶらぶら。抵抗しても、吊り上げられた魚のように虚しく体が揺れるだけだ。
「……な、何だ!」
「今から素直に話すのがいいか……一度崖から突き落とした後で素直に話すのがいいか、どっちがいい?」
「どこが優しいんだ! どのみち話すんじゃねーか!」
「3秒以内に答えろ。1、2――」
「うわぁあぁぁわわわかった話す! すぐ話す!」
するとテッドは足のつく高さまで下ろされる。
「よし、それなら話を聞かせろ」
「いいいい言っとくけど、俺は何も知らねぇ。ははは話すことなんて、なななないからな!」
精一杯の虚勢を張っている様子だが、見ている方がかわいそうになるほどテッドは体中が痙攣するかのように震えていた。まるで肉食獣に怯える小動物のようだ。
「話すことならあるだろう? 少し前にここから落ちた女性を覚えてるな?」
「は、はぁ? ししし知らねぇよ!」
「そうか、知ってるか。その人を殺すようにお前らを雇ったのは誰だ?」
「ちょっ、ききき聞け! だからッ、しし、知らねぇって言ってんだろ!」
「男か女か?」
「おい聞けって! くそぉぉっ、コイツ、マジでイカれてやがるぅぅ……ッ」
「早く話した方が得策だと思うぞ、と助言してやる俺は優しいだろう?」
そう言ってニヤリと笑うエリオンの手元ではチリチリとしきりに火花が散る。
「な、何なんだこれ! と、とととにかく……知らねぇ!」
「そうか。じゃあとりあえず……一旦ちょっとした火遊びでもしてみるか?」
すると胸倉を掴むエリオンの手からバチバチと小さな稲妻のような煌めきを伴う音が鳴り、テッドの胸元の服から煙が上がった。
「うわっ、何だ! 熱っ……熱ッ!」
「どうしても話す気になれないなら崖から落としてやろう。もしも本当に何も知らないなら……崖から落としてやろう」
「何だよそれ、結局崖から落とすつもりじゃねーか! このイカれ野郎!」
「そうか、わかった」
「放せこのクソ野郎! おい、聞け! 放せーーッ!」
何だかこの絵面って……
(巨大魚を釣り上げた漁師のようだわ……)
生きのいい魚のように暴れるテッドをお構いなしに摘まみ上げて、エリオンはそそくさと崖際へ足を進め始めた。