【06-07】
剣を手にした物騒な4人の男たちが間近に迫っており、訝しげにシェリルとエリオンを睨む。
「何だ、お前ら。一体どこから来やがったんだ」
「見張りのやつら寝てんだろ」
「使えねー。あとでヤキ入れようぜ」
崖の上を溜まり場としている一味に気づかれたらしい。
叫び声も上げたし、派手な爆発音も鳴ったくらいだから当然と言えば当然だが、果たして素直に『崖の下から来ました』と言って信じてもらえるものなのか。
そして4人いる男のうち少し離れた後方に立っているちょっと偉そうな態度の男にシェリルは見覚えがあった。テッドと呼ばれていた男だ。
シェリルが男装しているおかげかテッドはシェリルに気づいていない様子で、腕組みして後方で黙って様子を窺っている。
「兄ちゃんたちよぉ、いい身なりしてんじゃねーか。黙って有り金も服も全部置いてけよ。そうしたら命だけは助けてやる……かもしんねーな」
ガハハハ、と小汚く笑う目の前の男の声に、シェリルは身の毛のよだつ思いがする。襲われそうになった時のことが思い出されてならないのだ。そしてゴクリと唾を飲み込むだけでも喉に剣先が触れそうで、シェリルは身動き一つとれずに氷のように固まっていた。
それに対して、すぐ隣に立つエリオンは怖がる様子も身を縮める様子も微塵も見せず、斜め向かいに視線を向けて堂々と告げる。
「おい貴様、誰に剣を向けてるのかわかってるのか? すぐに下ろせ」
……とエリオンは自らに対して剣を向ける男を無視して、シェリルの喉に剣を突きつける男に向かってそう言う。
「はぁ? さぁな、どなた様に向けてるんだろうな。てめぇなんか知るかよ」
「俺のことではない。彼女にそんなものを向けるなと言っているんだ。怖がって震えている。さっさと下ろせ」
自分より人の心配ができる図太いエリオンにシェリルが困惑していると、エリオンは斜め前を見据えたままシェリルの手をキュッと握り、「特に問題ないから心配しなくていいぞ」と囁くように言うが……いやいや、問題大ありではなかろうか。ちょっと風が吹いただけで剣先が喉に触れそうなこの状況で、どこからそんな余裕が出てくるのかがわからない。
だが、もしかしたら私を落ち着かせるために言ってくれてるだけかも、と思えば納得がいく。
なるほど、動揺を見せれば見せるほど喜ぶような輩だ。
そうだとしたら一刻も早く冷静に、冷静に……状況的にすっごく無理があるけど頑張れ、私……落ち着け……ゴクリ。
無ぅぅぅ理ぃぃぃ……。
人知れずなかなか上手くいかないカームダウンを必死に続けていると、シェリルの喉元に剣を突き付ける男が困惑を滲ませた様子でエリオンに問う。
「お前、今『彼女』って言ったか? コイツ男の格好してるけど女なの? そりゃいい話を聞いた。お前を殺したら、この女を――ッ……」
すると突然シェリルの目の前の男の声が途切れ、ガシャンと地面に剣が落ちる。そして顔を真っ赤にして苦しみ始めたかと思うと、膝から頽れるように地面にパタリと倒れ込んだ。
「汚い言葉を吐くな。彼女が気分を害したらどうする。……あぁ、もう聞こえてないな」
いつもよりさらにずっと低いエリオンの声が隣から静かに響く。
喉元に向けられていた刃がなくなって僅かにホッとするものの、何が起きたのかさっぱりわからない。
「くそっ、お前、何しやがった! くたばれ!」
エリオンの喉元に剣を突き付けている男が、顔を顰めて剣を持つ手に力をこめる。
キャッ、やめて! シェリルが肩を竦めて目を瞑り、心の中でそう叫んでいると――
「……お? なんでだ……剣が刺さらねー。何だこれ、動かねー!」
そんな間抜けな声が聞こえて目を開ける。
するとなぜだろう……エリオンの喉元を突き刺すはずの剣先は、赤い顔をしてぐぬぬと力をこめる男の意に反して喉の手前でピタッと止まったままだ。
「くそっ!」と声を上げた男が剣を諦め、腰に差しているナイフでエリオンに襲いかかろうと腰に手を伸ばす。すると――
「聞いてるか? だから彼女が怖がるようなことをするなと言ってるんだ」
気が付けば剣先は逆に男の喉元へ。
男がナイフを手にするよりも素早く、剣を即座に手にしたエリオンが反対に男の喉元に剣先を突き付けたのだ。
「ヒッ……!」
悲鳴じみた声を上げる男の額には玉のような汗が滲む。
ムッとした表情ながらも何でも無さそうに往なしていくエリオンを見ていると、シェリルは『特に問題ないから心配しなくていいぞ』というエリオンの言葉の意味を少し理解し始めていた。
(これは……『特に問題ない』っていうか、『全然問題ない』っていう方が正しいと思うの)
最初の男たちの威勢はどこへやら。まるで相手にならない男たちを目の前に、シェリルの肩からは自然と力が抜ける。
赤子の手をひねるかのようなエリオンの様子を唖然として見つめるのだった。
エリオンの突き付ける剣先が僅かに男の喉元を掠めると、男は尻もちをつき、恐怖に震えながら情けない声を上げてモタモタと後退りする。それを見下ろすエリオンが男の脇腹あたりに勢いよく剣を突き刺す様子を、シェリルはさすがに見ていられず目を覆って息を呑んだ。
男からは「ヒッ……」と小さく悲鳴が上がったのちは声がしなくなったが――
「なんだ、情けない。服を刺しただけなのに」
エリオンのそんな呟き声が聞こえて恐る恐る薄目を開けると、確かに出血はしていない様子。ぐったりと横たわる男は、どうやら恐怖で気を失ったらしい。シェリルは一人胸を撫で下ろす。
「なっ、何だ……お前、何なんだよ!」
残る二人の男もエリオンの得体の知れない恐ろしさにじりじりと後退りし、じきに背を向けて勢いよく逃げ始める。
もしもこれで仲間を呼ばれたら大事になること必須だが……逃げ出した男二人は、突然陥没した地面に足を取られてすってんころりん。なおも這うように逃げようとしている一人の男の元にエリオンが近づくと、その場で男はパタリ。
たぶんエリオンは魔術を使っているのだろうが、その自在で不明な使用法にシェリルは呆気にとられるばかりだ。
そして残ったのはテッドただ一人。
「やめろ来んじゃねークソッ!」とありったけの語彙力で罵声を浴びせながらも腰を抜かすテッドの胸倉を、エリオンは容赦なく掴んでグイッと引っ張る。
「彼女を突き落としたのはお前だな?」
「なっ、何の話をしてんだよ!」
「そうか、お前か。よぉし、それならお前も同じようにしてやろう」
「だから何の話だって聞いてんだろ!」
「喜べ。崖から蹴落とした後、地面に落ちるスレスレのところで拾ってやるから死にはしない」
「なっ、何だそれ……!」
「それを何度も何度も繰り返して……あぁ、途中で間違えて手を滑らせたら悪いな」
シェリルから見て後ろ姿のエリオンからは、フフッ、フフフフッと怪しげな笑い声が聞こえる。
不穏だ。
「ななっ……何言ってんだ……ッ、コイツ……」
テッドの声は震え、エリオンの顔を見て表情を歪めているのがわかる。
「お前と空中散歩なんて全く望まないが、彼女の恐怖を存分に教えてやりたいからな。我慢してやる」
「な、何なんだよコイツ! イカれてやがる」
「よぉし行こうか」
「行かねーよ! くそっ、離せ!」
崖へ向かってテッドをズルズル引きずるエリオンを見てシェリルは思う。
(えぇぇぇ!? 天騎士様、怖っ! いやいや、ちょっと待って。いたぶる気満々じゃない? 苦しさなんて感じないうちに天に召されるから天騎士様なんじゃないの?)
突如ダークサイドに傾き始めた天騎士様を前に唖然としつつ、これは止めないとマズい、と本能が叫んでいる声が聞こえる。
ただ……エルがさっきから言ってる『彼女』って私のことよね? とついつい考える。
もしかして自分のためにこんなにも怒ってくれているのだろうか、と思うと、不謹慎にも湧き上がるのは密かな喜び。
シェリルの心の奥にある小さな燻ぶりが、後ろめたさと同時にジワリジワリと熱を増していくのを感じる。
(私のことで、どうしてそこまで……)
ただ単にエリオンの正義感の強さゆえなのだろうか。