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【06-01】偵察

「調子はどうだ?」



翌々日、シェリルが滞在する客室をエリオンが訪れた。



「もう大丈夫よ」


「それならよかった。じゃあ少し話を聞かせてもらえるか?」



ベリタス城に来てから体調を崩してすっかり忘れそうだったが、あくまでも特別な配慮で保護されているだけだということを思い出した。



「わかったわ」



するとエリオンの瞳にロックオンされるかのように捕らえられ、グッと息が詰まる。途端にビクッと肩が震えるのは……どうしてなのだろう。



「話すのはまだ怖いか? 思い出すのが辛いようなら聞かない」


「う、ううん、もう平気よ」



思い出すのが辛いのではなく、あなたに見つめられるのが……緊張……する……?



「そうか。無理なら無理だと遠慮せずに言え」


「うん……ありがとう」



エリオンが助けに来てくれて、話を聞いてそばにいてくれて――


『嫌なことは嫌だと言っていいんだ。助けてほしければ叫べばいい。手を伸ばせばいい。俺が気付く』


そう言ってくれたことはシェリルの心をずいぶん軽くした。


最初はエリオンという人のことをもっと冷たくて怖い人かと思っていたけれど、今はそうではない。


ただ、その代わりと言ってはなんだが、エリオンに見つめられると目を逸らしたくなる。泣きながら情けないことを吐露した自分を思い出すと気恥ずかしくて仕方がないせいもあるが……。


ドキドキ? いや、ソワソワ? 


とにかく落ち着かない心地がするのだ。


ポカポカと顔が熱くなってきて手でパタパタと扇いでいると、エリオンが不意に距離を詰めた。



「シェリー嬢、まだ熱があるんじゃないのか? 顔が赤い」



顔を覗き込んで額に触れようとするエリオンの手を避けるように、シェリルは顔を(しか)めて素早く後退(あとずさ)りして距離を取る。



「平気よ! ちょっと熱いだけ」



無意識に護身の姿勢をとると、エリオンがガックリ項垂れる。何だか数日前にも見た光景だが、あの時とは気持ちが大分違う気がする。


あの時は恐怖心が気持ちの大半を占めていたが、今は――



「あからさまに逃げないでもらえると……精神的に救われる」


「ご、ごめんなさい……つい……」



露骨に逃げるのは失礼だとわかっているのだが、エリオンに見つめられると恥ずかしくて仕方がなくなって逃げたくなる。そもそも、エリオンがじっと見つめるのがいけないのだ。



「ねぇ、気になってるんだけど……どうしてそんなに私をじっと見るの? 私、何か変?」



率直にそう聞くと、エリオンはきょとんとした顔で目を瞬かせた。



「いいや、変だと思って見てるわけではない」


「それならどうして?」


「瞳が宝石のように輝きを宿して見えるから、ついつい見入ってしまうんだ。そう言われないか?」


「い、言われない……けど……」


「そうか。俺にはそう見えるんだ。アメジストのように美しい」



そう言ってふわりと微笑んだエリオンにドッキーン。



(急に激しい動悸が……。社交辞令よ落ち着くのよ。淑女教育を思い出すの。淑女らしく)



大いに動揺する自分を隠し、家庭教師からの厳しい指導を思い出して背筋をピンと伸ばすと、咳払いをして仕切り直した。



「そ、そう? ありがとう。あなたの瞳も宝石みたいで綺麗だから、ずっと見てい……たい……くらい……?」



そう話しているうちにふと思い出す。こんなことを幼い頃にも言った記憶が(かす)かにある。恐らくユリウスに言ったのだろう。あまり思い出したくなくて頭の中からすぐに追いやった。



「どうかしたか?」


「えっ? あ、ううん、何でもないわ」


「とにかく、無理は禁物だぞ。あなたはもう少し自分を大事にした方がいい」


「うん……。えっと……それで何を話せばいいかしら?」


「あぁ……あなたを攫うように仕向けた依頼者に心当たりはあるのか?」



エリオンのその問いは、ソワソワと落ち着かない気持ちに急にシャキッとスイッチが入って襟を正す感覚だった。


そうだ、確実に自分を恨んでいる人物が存在する。


そして心当たりと言えば――



「そうね、ありすぎるわ」



キッパリそう答えると、エリオンはクスッと笑う。



「あなたはそんなにも人に恨まれてたのか?」


「会ってはいけない人に会ってたからっていう意味よ。だからきっと神様のお仕置きなの」



エリオンは首を傾げつつ、思い出したように問う。



「そういえば密会してたと……結婚の約束をしていた男と会っていたのだったな。その男には別の婚約者がいるとも言っていた」


「うん。私が3年眠ってる間に別の人と結婚することになってて……それなのに彼に何度か会ったの」



案外スラスラと話せる自分に感心してしまうほどだ。



「それなら、その男の婚約者に恨まれたのかもしれないな。もしくはその親族」


「でも誰もいないところで会ってたのに……」


「あなたは、人の気配を察知する能力にでも長けているのか?」


「……いいえ、全く」


「それなら誰かに付けられてこっそり覗かれていたとしても気付かないだろう」



なるほど、確かにそうかもしれない。でもそれって――



(会った回数はそう多くないのに……。私とユリウスが会うことを予想していて、予め見張られていたとしか思えないんだけど……)



そう思ってシェリルの頭に浮かんだのはカミラの顔だ。


ユリウスの新しい婚約者・カミラ。


ユリウスにべったりとくっ付きながら向けられた『彼は私のものになったのよ』と言いたげな彼女の誇らしげな笑み。あれが脳裏に焼き付いて離れないままだ。


その上、玉座では儚げで淑やかな女性を演じ、かつ絶妙に屈辱的な言葉を織り交ぜて遠慮なくぶつける。


彼女なら『奪われてなるものか』とユリウスに見張りを付けてもおかしくはないと思える。


なるほど、怨みを向けられるというならやはり彼女自身からかもしれない……と思うのは失礼だろうか?


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