【05-10】
「はしたないことをしてごめんなさい」
「いいや、構わない。それにずっとそばにいると言ったしな」
「それはそうだけど……」
「……俺は殴られるのか?」
視線だけでビンタしようと構える手を指され、シェリルは構えていた手をサッと下ろす。自分がすべきはビンタではなく詫びと礼だ。
シェリルはばつの悪さを抱えながらエリオンに目を向けた。
「ごめんなさい……」
「そうか。わかってくれてよかった」
「それと……昨夜は助けに来てくれて……手を握ってくれて、温めてくれて……そばにいてくれて嬉しかった」
「そ、そうか」
「だから……エル、ありがとう」
少し照れつつも感謝の気持ちを素直に伝えると、エリオンは目を伏せて黙り込む。
「……エル?」
「ん?」
呼べば返事はきたものの、全然目が合わない。
「あの……ありがとう、って……言ったの聞こえた?」
「う、うん、聞こえた。別に俺は大したことはしてない。じゃあな、今日もゆっくり休んでろ」
エリオンは大根役者みたいにそう言うと、せっかちな足取りで部屋を出ていった。
(……エル、耳が真っ赤だったわ)
照れていたのだろうか。どこに照れポイントがあったのかいまいちわからない。
「変な人」
シェリルはフフッと笑いつつ、胸がトクトクと普段より高鳴った音を奏でているのを感じた。
それにしても、寝ぼけて幻の金髪の男性を見てしまうなんてどうしたことだろう。少し色は違うけれど、金髪の男性と言えばユリウス。そんなに自分はユリウスに会いたいのだろうか。
「……あれ?」
何だろう、この長年突っ掛かってた痞えが取れたような、ずっしりとした肩の荷がストンと下りたような気分は……。
するとアニーがエリオンと入れ替わるように部屋に入ってきた。
「シェリー様、今朝は顔色がいいですね」
「本当?」
「ええ。食欲はございますか?」
シェリルは腹部に触れつつ自分のお腹と相談。昨日とは打って変わって食べたいと思える。
「うん」
「それなら何か体に優しいものを用意いたしますね」
「ありがとう」
するとアニーが優しく微笑みながらシェリルを見つめる。
「昨夜、わたくしがシェリー様の様子を見に伺おうと思ったら、主様が『少し様子がおかしいから俺が行く』とおっしゃられて向かわれたのですよ」
そういえばエリオンがアーモンドミルクをアニーから奪ったと言っていた。
「そうだったんだ……」
「ええ。お元気になられたのは主様のご看病のおかげですね」
ふふふ、と微笑むアニーにそう言われると、顔が熱を帯びた。
そうだ……看病してくれたんだ。しかも朝まで一緒に……寝て――
「私ったら……本当に何てことを……」
思い出すとまた羞恥が込み上げて手で顔を覆う。
寝ぼけて母と間違えたとはいえ、出会って間もない男性に抱きつきながら一緒に朝を迎えてしまうだなんて、なんてはしたないのだろう。
そうは言っても不快な気持ちはどこにも湧かず、下心なんてどこにもなかった。それだけに、やっぱり気になる。
シェリルは動揺を声に乗せつつ、念のためアニーにも確認してみることにした。
「ね、ねぇ、アニー……アニーがここに来た時、ブロンドヘアの知らない男の人が……いたりしなかった?」
仮にいたなら大問題。淑女剥奪の危機なのだが……。
ビクビクしながら問うと、アニーはニッコリと微笑む。
「いいえ、そのような方はおりませんでしたよ」
そう聞いて大いにホッとする。やはり気のせいだったようだ。
「そ、そうよね、変なことを聞いてごめんなさい。……すごく綺麗なブロンドヘアを夢で見たのよ。羨ましいなって思って」
……とごまかす。
「シェリー様のマロンベージュの髪色、優しい色で、わたくしは好きですよ」
「アニーの髪も、落ち着いた赤銅色が大人っぽくて私は大好きよ」
「まぁ! シェリー様にそんなふうに言っていただけるなんて涙が吹き出そうなくらい嬉しいぃぃぃ……」
「もう、アニーったら大袈裟ね」
それにしても、朝日を浴びた金色の髪は羨ましいほどにキラキラした美しい色だったな……って幻だったわ。
その後、アニーにこの国のことをもう少し聞くことができた。
アニーも魔術が使えるのか聞くと、アニーは「主様と比べたら、あってないようなもの」程度だが使えるらしい。
どうやらエーデルアルヴィア王国民みんながみんな魔術を使えるものではなく、力があるのはごく一部。
その中でもエリオンは魔力が桁外れに強いらしい。
「まだ2年前はこの地に海の向こうの国による脅威があって荒れた土地でしたが、主様が自らこの地を変えたいと志願なさいました。そしてこの城塞を任されてからは、その脅威が去ったのです。街も主様の指示で整えられ、住む者たちも豊かな暮らしができるようになりました。ですから主様はこの地の守護神のような方でいらっしゃるのです」
エリオンという人はどうやら軍事面でも地域整備の面でも相当力のある人物らしい。
「そうなのね……」
「でも今朝は驚きました。主様がお休みになられている姿を拝見するのは初めてでしたので」
「……え?」
「わたくしたちが近づく頃にはいつもすでにお目覚めですから。ですからまさか主様がご一緒なさってるとは思わなかったんですよ」
「へーえー、そうなのね……」
「それにしても珍しい。どうなさったのでしょう。……相っっ当、お気持ちが穏やかだったのでしょうね」
うふふふ、と意味深に笑うアニーの『相当』という言葉に力が入ってるのはどういうことなのだろう。
そういえば――
「母も兄も、私と眠ると寝過ごす、とよく言うのよ。私のせいにしないでっていつも怒るんだけど……」
「まぁっ! それは素晴らしい!」
素晴らしいって……寝てるだけで何もしてないのだけれど?
それなのにアニーは「さすがシェリー様」「ぜひあやかりたいですわ」「素晴らしいお力です」と次々と賛辞を並べる。
「……アニーが淑女教育の先生だったらよかったのに」
「まぁぁぁっ! そ、そのように言っていただけるなんて、ふ、震えが止まらないほど嬉しいぃぃぃ」
ガタガタガタガタガクガクガクガク。
まるで痙攣しているかのようだが大丈夫だろうか。
いずれにせよ、褒め上手なアニーのそばにいればスクスク成長できそうな予感がするシェリルだった。
「うううう嬉しいぃぃぃぁぁあぁわわわ」
……大丈夫かしら?