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【05-09】

はしたないわ……。


そう思いつつも、堪え切れずに再び欠伸(あくび)が漏れ出る。体が温まって緊張が緩むと、途端に眠気が襲ってきたのだ。


(まぶた)が重くなってこっくりこっくりとし始めると、エリオンに「シェリー嬢? 眠れそうか?」と声をかけられて瞼を(こす)った。



「う……ん……でも寝るのは怖いわ。だって……眠ると夢に見るんだもの。何度も崖から落ちるのが……怖い……」


「そうだな、怖いものは怖い。そういうものだ」


「うん……」


「もしもまた夢に見たら……諦めずに手を伸ばせ」


「え?」


「俺が必ず掴む」



眠い目を必死にこじ開けてパチクリさせて戸惑っていると、エリオンはフッと笑う。



「嫌なことは嫌だと言っていいんだ。助けてほしければ叫べばいい。手を伸ばせばいい。俺が気付く」


「……本当?」


「あぁ、約束だ」



『約束だ』……そのたった一言が、シェリルの胸に深く刺さる。


思い浮かんだのは、4歳の時にユリウスと交わした約束の時の光景。チクリと胸が痛んで頭からその光景を追いやった。



「うん……。あのね……エルだけが助けに来てくれたの……。だから……すごく嬉しくて……ありがとう」


「うん」


「眠るのは……怖いわ……」


「そばにいる」


「……本当? ずっと?」



怖い夢を見て起きた時に一人なのは嫌だ。そう思って聞くと、エリオンの手にグッと力が込められた。



「うん……ずっとそばにいる」



エリオンの力強い返事は眠気を後押しした。



「ねぇエル……あなたが『盾』になるばかりなら……私は『あなたを守る盾』に……なれたらいいって……思うの……」


「何、シェリー嬢が俺を守ってくれるのか?」


「うん……だってあなたは……私を助けてくれたわ。……だから……お返しに……私だって……あな……たを――……」



きっと守るから。


――心の中でそう呟くと、シェリルはようやく悪夢から解き放たれたように眠りの世界へ身を(ゆだ)ねた。



『シェリルはもうずっと――』



すぐそばで何か聞こえた気がしたのは気のせいだろうか。


そして眠りにつくたびに見ていた怖い夢は、その後、見ることはなかった。



―――――



「――ェリー様、お加減はいかがで――キャッ! しっ、失礼いたしましたっ!」



ぬくぬくとした程よい温かさに包まれて微睡(まどろ)む中、そんなアニーの声と慌てて去っていく足音が耳に入って、シェリルは薄っすらと目を開ける。


チュンチュンと鳥のさえずりが聞こえ、部屋にはカーテンの隙間から光が射しこんでいた。朝になったらしい。


よく眠れたのはいつぶり? なんて思いながら目を擦ると、視界に入ったのは白い壁……いや、白い服だろう。そしてすぐ近くから「んっ」と小さく声が聞こえ、そろりと視線を移してシェリルは目玉が零れ落ちんばかりに目を見開いた。



「キャッ!」



その人から慌てて距離をとった結果、ベッドから足を踏み外してドタッと鈍い音が鳴る。



「いっ……たたた……」



眠気なんてあっという間に吹き飛び、頭は強制的にスイッチを入れられたような状態。


なぜなら――



(待って……誰!?)



朝日を浴びて白っぽいゴールドにキラキラと輝く毛先、そして白磁(はくじ)のような肌の喉元が見えたのだ。あろうことか知らない人が同じベッドで寝ていたのだから、驚くのは当然と言えよう。


女性だったらセーフ? いやいや、喉仏が浮き出ていたから男性だろう。知らぬ間に行きずりの男性と……? いやいや、ここは城内。見知らぬ兵士の男性と一夜を共にしてしまったのだろうか。今度こそ本物の地獄行きのはしたなさだ。


聞いたことがないほど心臓がバクバクと重い音を鳴らしているのを感じたシェリルは、ベッドの下から恐る恐るベッドの上に目をやる。


するとそこに見えた人物に首を傾げた。



「……あれ? エル?」



黒髪に黒い瞳、やや褐色がかった肌色の、眠そうに目を細めているエリオンがいた。



「朝から騒がしいな。眠れたか?」


「……う、うん」


「そうか。それならよかった」



シェリルの頭の中は収拾がつかないまま、糸がこちゃこちゃに絡まるように混乱していた。



(あ、あれ……? おかしいな。白っぽいブロンドヘアが見えた気がしたのに……)



気のせいだったのだろうか。もしかしたら光の加減かもしれない。


何にせよ、自分の貞操のためにも一応確認することにした。



「ねぇエル……そこに今、誰かほかの人が……いた?」



するとエリオンは首を横に振った。



「いいや」


「そう……」



はぁ~よかった、と胸を撫で下ろす。



「寝ぼけてるみたいだな」


「そ、そんなことは……」



ないと言い切れない自分が悲しい。


するとベッドから起き上がったエリオンはシェリルの額に触れる。



「熱も下がったようだな。元気そうで何より。じゃあ俺は行くよ」



背を向けるエリオンを見てふと思う。


そういえば、なぜエリオンが同じベッドで寝ていたのだろうか。……同じベッドで? 



「えっ、ちょっと待って! あ、あなた……ここで何してたの?」



急激に顔が赤くなるのを感じる。



(『はぁ~よかった』じゃないわよ。どのみち貞操に関わるじゃない……)



間抜けな自分に突っ込みつつ、答えによってはエリオンをビンタしようと震える手を密かに構えた。



「何してたって……あなたが俺に寄り掛かって眠ってしまったあと、さすがに離れたほうがいいかなと思って手を離したら、嫌だと言って抱きつかれて……」


「えっ!? だっ……抱きつ……ッ!?」


「うん。お母様~、ムニャムニャ~と」



それには思わず「ヒィッ……」と声が漏れ出る。



(私ったら、お母様にするみたいに抱きついたの!? 信じられない! なんて恥ずかしいことをしたのよ~!)



淑女の貞操もへったくれもない誤りと過ち。


穴あらば入りたし……。


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