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【05-06】

さぁって何? わからないって何? 勧めたわりに中身を知らないってどうなの? 何なんだ、この人は……。


「これは……何だろうな?」と間の抜けた顔をしているエリオンを見ていると、弾けそうだった風船が一気にしぼむかのように心の緊張が弛む。



「知らないわよ。持ってきたあなたが知らないのに、私が知ってるわけがないわ」


「そうだよな……アニーから奪って、聞くのを忘れてしまったんだ。失敗した」



この人って、目の前の敵をバッタバッタと倒す圧倒的な強さの人なのよね? たった2年で隊長までのし上がった人なのよね? と、シェリルはちょっと抜けてる漆黒の天騎士様に唖然として目を(しばたた)かせる。


とりあえずティーカップを手にして近づけて香りを嗅ぐと、ナッツのような香ばしくていい匂いが。



「あぁ……アーモンドミルクかしら。そっちは……?」



と小さな器に入った飴色のものが何なのかを()りずにエリオンに問うてしまってすぐに後悔。


この人に聞いてもね……。


案の定、エリオンは――



「……オイル……か?」



と真面目な顔で首を傾げる。


いやぁ……アーモンドミルクにオイルはついてこないと思うのよ? 恐らく何かのシロップか蜂蜜だと思うのだが……こんなにもお間抜けな人だとは思わなかった。


匂いを嗅いでもわからなかったので、行儀悪くもスプーンで少しだけ(すく)って味をみてみると、蜂蜜だった。



「いただくわ」


「あぁ」



アニーありがとう、と心の中で礼を言い、アーモンドミルクに蜂蜜を入れて混ぜながら思う。つまりはアニーにも迷惑をかけてしまったのだろう。情けなさに溜息を零しつつ少量を口に含むと、まろやかで香ばしい風味と優しい甘さが気持ちをホッとさせる。体に入っていた力が芯から抜ける心地がした。


ハァッと深く息を吐き出すと、エリオンが安堵した様子で話し始める。



「少し俺の話をしてもいいだろうか?」


「うん」


「俺は……幼い頃、側にいる人を傷つけてばかりだったんだ。だから物心ついた頃には一人でいることが多かった」


「そうなの?」



とんでもない荒くれ者だったのかしら? なんて想像しつつ、続けて話を聞いた。



「あぁ、一人の方が楽だと思ったんだ。誰も傷つけずに済むからな」



それは一体どういう意味でどういう状況でどういう気分なのだろう。


疑問が尽きない中、エリオンの話は続いた。



「でも6歳の頃から追い払ってもしつこくそばにいるやつが一人いて……そいつだけは度々そばにいたけどな。それでそいつの勧めで騎士団に入って力の制御を少しずつ身につけて……でも10歳になった頃にはいつもただ盾として頼られるばかりになって――」



子どもの頃からただ『盾』として? その言葉がグサリと胸に突き刺さって痛かった。ただ『聖女』として頼られて逃げられなかった自分を重ねたのだ。



「そうなると誰にも甘えられなくなって……だからこの城も、最初は一人で守ってた」


「えっ、一人で?」


「あぁ。だけど『一人で』なんて、どこかで限界が来るものなんだ。難しいことで、無理なことで……現に今夜、医官を常駐させておけばよかったと後悔しているくらいだからな」



それは、熱がある上に唇を切ってる人物が目の前にいるから、ということなのだろう。



「ごめんなさい……」


「謝ることなんてない。ここを管理する者として、必要なことは改めなければと思っているだけだ」



いやいや、とりあえず身を置かせてもらってるだけの私のために、わざわざ医官を置かなくていいわよ? ところで、そもそも一人でお城って守れるものなのかしら……とシェリルが困惑していると、エリオンの話が続く。



「それで……一人でいるのは一時(いっとき)なら楽ではあったんだ。だけど時々急に『あぁ、疲れたな』と思う時があって……孤独で虚しくなったんだと思う。こんなことをして意味があるのか、俺には願いなんて叶えられないのではないか、もう投げ出してしまおうかと、弱気になる自分が顔を出すんだ」


「願い……?」



それって何? という無言の問いに、エリオンは困ったような顔で小さく笑うだけで答えてくれなかった。


そしてこの人にも孤独に(さいな)まれる時があったらしいことを知る。



「だけどその疲れや弱さや心の傷を見ないふりして、もしもずっと一人で耐えていたら……いつか膿んで朽ちていたのだろうなと思う。だから俺は、皆に支えられたからこそ今ここに立っていられるのだと思っている」



急速に冷えていく感覚がした自分の心も同じなのかもしれない。一人で耐えて、冷えて冷えて冷え切ったその先は……きっといつかパリンと粉々に割れてしまうのだろう。



「そう……」


「だからこそ俺は、一人で耐えようとするあなたをどうにかして支えたいと思うんだ」



それは同情だろうか。それとも同族意識だろうか。



「それは……あり……がと……」



たどたどしく礼を言うと、エリオンはまた小さく笑みを浮かべる。


それを見ていると、胸の奥がほんのわずかにチリッと焼かれるように小さく痛んだ。


時折エリオンが覗かせる切なげな表情が心を揺さぶってならない。



(まだ会ったばかりの私に、どうしてそこまでしてくれようとするの?)


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