【04-09】
翌日は食事も会話も勉強も拒否し、自室に閉じこもった。
カーテンを閉め切って部屋の隅で縮こまって過ごす間、セイラに言われたことを頭の中で反芻し続ける。
ユリウスと会っていたことを『はしたない』と言われたことも、自分が正式な婚約者ではなかったのだと突きつけられたことも、『子供の約束』と言われたことも、全てがショックだった。
14歳ではなく17歳。女子は16歳で成人となるこの国では、17歳は立派な大人。確かにそうなのだろうが、目覚めてそう日が経っていないこともあって、そんな自分と自分を取り巻く環境の変化に気持ちがまだ追いついていなかった。
「みんな勝手よ……」
シェリルの気持ちだけ置き去りのまま、周りは煽り立てながらどんどん先へ進み去っていく。
3年前に全てを置いてきたままになってしまった自分の今の姿は、ただ姿形として見えているだけのがらんどうな人間なのだろう。
そう思うと失った3年の大きさが身に沁み、未練が泉のように湧き出るのだった。
夕方になって、自室のドアがノックされる。
「シェリー、そのままでいいから少しだけ話を聞いてちょうだい?」
セイラがドア越しに話し始めたのを、シェリルは何も言わずにじっと聞いた。
「叩いてしまってごめんなさい。でもどうかわかって。このまま進もうとするあなたを黙ってなんて見ていられないわ」
「……」
「お願いよ……殿下のことは考え直して? 貴族は……まして王太子であるユリウス殿下は、恋心だけで結婚相手を選べるものじゃないの。こんなふうにあなたと会ってることを王様や王妃様がお知りになれば、あなたがお叱りを受けるだけではなく、お父様にもご迷惑がかかるのよ」
「……お父様……?」
「そうよ。王様はお優しい方で、お父様とはとても仲が良いけれど……だからといって何でも許されるわけではないわ。信用を無くして仕事を失うかもしれないの。あなたのしていることは決して誰にも言えない後ろ暗いことなの。お天道様に顔向けできないことなのよ。許されないわ」
父の仕事にまで影響するくらい悪いこと? お天道様に顔向けできない悪いこと?
「そんな……」
「現に考えてみなさい。殿下はあんな真夜中に、恐らくお一人で忍んであなたに会いに来ているのではないの? 後ろ暗いことがないなら昼間に堂々といらっしゃるか、あなたを王城へお呼びになるはずだわ」
セイラの指摘に胸が重苦しい音を立てる。確かに側近のリュウすらそばにはおらず、恐らくユリウス一人だ。その現実が、自分のしていることがそんなにもいけないことなんだとひしひしと伝えているかのようだった。
「それにね、殿下が真夜中にお一人で出かけられるなんてとても危険なことなのよ。命を狙われたっておかしくはないわ。そんなことを殿下にさせて、あなたは平気なの?」
そう言われてハッとした。
ユリウスは、会いに来る時には必ず剣を腰に差していた。『お姫様を守るために』と言っていたが、ユリウス自身を守るためでもあったのかもしれない。
そんな状況だと知って平気なはずはなく、自分のことで手一杯できちんとユリウスのことを考えていなかった自分の浅はかさが身に沁みる。
するとセイラの言葉が続いた。
「いい、シェリー……カミラ様の後ろ盾は王妃様なの。王妃様はご自身の姪であるカミラ様をとてもかわいがっていらっしゃるのよ。王様だってご自身のお妃様が薦める方なら安心なさってるはずだわ。だからこそ、ユリウス殿下とカミラ様のご結婚は盤石なの」
「そう……なんだ……」
「来月にはお二人の婚礼の儀が行われるわ。もうカミラ様は婚約者として正式に決まっているのよ。ユリウス殿下はお優しい方だから、国のために身を捧げたあなたのことを放ってはおけなくて宥めてくれただけ。でもいつまでもそれに甘えていてはいけないわ」
「あ……」
ユリウスがくれる甘いお菓子のような言葉は夢の中にいるみたいで、まるで中毒になったかのように浸っていたい世界だった。
でも見ないようにしても何となく感じていた心の靄。
3年前は昼間に、丘の上の木の下で会っていた。それなのに今は夜に人目を忍んで木陰で会う。冷静になってみれば、ずいぶんな違いだ。
それにユリウスが『カミラとは婚儀を交わしたくない』と言っていたものの、心のどこかで『そんなことができるのだろうか』と疑問を抱いていたのだ。
(会ってくれたのはユリウスの優しさだったのかしら……。でももう……)
ふらふらと頼りなげに揺れていた心が、ようやくストンと据わったような感覚がした。
「私は……ユリウスと結婚できないのね」
「――ッ……」
顔を見なくてもセイラが声を押し殺して泣いているのがわかる。返事を聞かなくとも、もう夢は叶わないことは明らかだ。
どうにもできない現実に、ただ涙を流して気持ちを抱え込むしかないというやるせなさばかりが募っていった。
「ねぇお母様……ユリウスは私の運命の人じゃないっていうことかしら?」
そう聞くと、しばらく黙ったセイラは声を震わせて答えてくれた。
「運命であってほしかったと……誰よりも願っていたわ」
そうだ、お母様はいつだって私を応援してくれて幸せを願ってくれていたんだ……。でももう、その期待にも答えられない。
シェリルは部屋のドアへ向かうと、ドアを開けてセイラに精一杯の笑みを向ける。
「ごめんね、お母様……ッ……ありがとう」
それでも笑みは、涙でクシャッと歪んだ。
「……ッ……ごめんね、シェリー。どうにもしてあげられなくて……ごめんね……ッ」
そう言ってセイラは声を震わせてシェリルを抱きしめる。
「ううん……お母様のおかげで少しスッキリしたわ」
こうしてシェリルは苦しみを抱えつつも、ユリウスとの関係を清算すると決めたのだった。
「あのね、お母様……お願いがあるの」
最後にユリウスにきちんとお別れを言わなくちゃ。