【04-08】
それからはどこかふわふわと浮ついた気持ちが据わらないまま、流されるように日々を過ごす。昼間は13歳で途中になっていた淑女教育を再開して学び、夜はユリウスと人目を忍んで会うようになった。
いつも同じ時間。ユリウスが来る頃になると、シェリルはこっそりと屋敷を抜け出して門の外に出て待つ。やがてユリウスがやってきて、二人で人目のつかないところまで走った。
「会えて嬉しいよ、シェリー」
「うん……」
都合のつく限り会いに来てくれるようになったユリウスとの逢瀬。
このまま進めばきっと元どおりだ。ユリウスと結婚して王妃になる。夢は叶う。元どおり……のはずだ……。
その一方で、会いに来てくれて嬉しい気持ちはあるのに言い表しようがないほどの胸の重み、漠然とした不安が拭えない。
すると微笑みを向けるユリウスの腰元でカチャッと金属音が鳴る。それに目をやると帯刀ベルトが巻かれていて、剣が差さっているのが見えた。
「ユリウス、それって……」
「……あ、あぁ、これ? お姫様を守るために持っているんだよ」
『お姫様』って私のこと? なんて思って照れながらも、『お姫様』と言われると出会った幼い日に交わした約束のことを思い出す。
「ねぇユリウス……小さい頃の約束、覚えてる?」
「えっ?」
「ほら、初めて会った丘の、木のところでした約束」
「あ、あぁ、あれね……」
シェリルはすぐそばに咲くピンクの花を1輪摘むと、ユリウスに差し出す。
「あの時の約束の言葉をもう一度聞かせてほしいの」
ずっしりと鉛を詰め込んだような胸の奥、靄の広がる頭の中。そういうものをクリアにしたくて、不安を拭い去りたくてそう強請った。
すると数秒の沈黙ののちにユリウスがゴクリと唾を飲み込む音が聞こえる。
「シェリー、屋敷まで一気に走るよ」
「えっ?」
「誰か人が来た」
返事もしないうちに、ユリウスはシェリルの手を取って走り出した。
しばらく走って屋敷に着くと、息を切らしたユリウスは繋いでいた手を離して優しい笑顔でシェリルを見つめる。
「今夜はあまりゆっくり会えなかったね」
「うん……あ、あのね、ユリウス……お願い。これだけでいいの。あの時みたいにこの花を結んで?」
そう言って花と左手を差し出すと、ユリウスは優しく微笑んで花を手にする。
「また会いに来るよ」
そう言いながら、左手薬指に花を結んでくれた。
「……うん……待ってる」
足早に去っていくユリウスの背中を見つめてシェリルは思う。
もしかしたら、ユリウスにとっては幼い頃の約束なんて自分ほど重要には思っていないのかもしれない。
(だって……あの時花を結んでくれたのは薬指ではないもの。手首よ……)
仄暗い気持ちがシェリルの心を覆った。
忙しいユリウスはほんの僅かな時間会いに来ては帰っていく。なかなかタイミングがなくて、結局約束の言葉をもう一度聞くことは残念ながら叶わなかった。
そんな日々が続いた夜、ユリウスと束の間の逢瀬をした後にシェリルがコソコソと屋敷に戻ると――
「シェリー、一体どこで何をしていたの?」
硬い表情のセイラが待ち構えていた。
でも、よく考えれば隠すことでもないかもしれないと思えた。
(だって、きっとお母様なら私の応援をしてくれるはずだもの)
「お母様聞いて。ユリウスがね、カミラ様とは結婚したくないんだって。私のことを好きって……諦めたくないって言ってくれたのよ」
「……殿下と会っていたのね?」
セイラの表情がひときわ険しくなり、怒っていることは歴然で、急に返事をするのが怖くなった。
「お、お母様……黙って抜け出してごめんなさい。でもね――ッ!」
話している途中で、シェリルの視界にはセイラの手が振り上げられる様子が映る。反射的に目を瞑ると、間もなく頬に衝撃と痛みを感じた。
痛む頬を震える手で押さえながらセイラに呆然と目を向ける。見れば、セイラは怒りと悲しみを織り交ぜた表情で涙を流していた。
「シェリー! なんてはしたないことをしてるよの! 殿下と密会だなんて……」
「密会……?」
「いい、シェリー、よく聞きなさい。殿下とカミラ様は、王様と王妃様がきちんとお認めになった正式な婚約者なの。あなたとは……子供の約束とは話が全然違うのよ……」
セイラの言葉にズキンと胸が痛む。
「子供の……約束……?」
「眠っていたあなたには酷かもしれないけれど、もう殿下もあなたも立派な大人なのよ。あなたは14歳になる女の子ではなく、17歳の女性なの。それをきちんと弁えなさい!」
頬を叩かれたこととセイラに言われたことがその場では受け止めきれず、シェリルはセイラの前から慌てて逃げ出した。