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【04-07】

「すまない、シェリー……どうしても言い出せなかったんだ」



帰りの馬車の中、そう言ってブラッドは頭を抱えて(うつむ)く。


父の気持ちはわからないわけではない。目覚めたばかりの自分を気遣ってくれたのだろうということはわかる。


それでもどこに向けたらいいのかわからない大きな悲しみと苛立ちが胸を占め、口から出るのは責める言葉だけだった。



「どうして……酷いわ! 酷い……お父様も……ユリウスも……!」




屋敷に戻ると、シェリルは自分の部屋に閉じこもった。


『ユリウスがほかの人と結婚する』――突然突き付けられたその現実は到底受け入れがたく、信じられない気持ちでいっぱいだった。



「どうして……? 私が何か悪いことをしたっていうの?」



ワナワナと震える唇から吐き出される涙声は、ただ虚しく部屋に小さく響く。


なりたくもない聖女に選ばれ、拒否したくても逃げられずに封印を行い、眠りたくもないのに3年も眠り続け、目覚めてみればユリウスとの結婚の未来さえもなくなっている。



「酷い……あんまりだわ……っ……。私の3年を返してよ……」



ただただ悲しみの気持ちしか湧かず、シェリルはわぁっと声を上げて泣き続けた。




眠れずにただひたすら涙に暮れる夜更け、部屋の窓が小さくコツンと音を立てた。気のせいかと思いきや、再びコツンと何かがぶつかる音が鳴る。



(……何?)



カーテンを開けて外を見ると、屋敷の外にローブを(まと)った人影があった。するとその人物は目深に被っていたフードを(わず)かにずらし、顔を見せてくれた。



「えっ……ユリウス!?」



しっ、と人差し指を口元に立てるユリウスは、『こちらに来られる?』と言わんばかりに手のひらを上に向けて手招きしていた。



(どうしてユリウスが……?)



戸惑いつつもシェリルは慌てて夜着にローブを羽織り、ひっそりと屋敷の外に出た。



月明りの元、屋敷から離れた人のいない場所までユリウスに手を引かれて走る。ユリウスの手は3年前より随分ゴツゴツしていて、時折皮膚の硬くなった部分が触れた。



「ユリウス……!」



周りから遮られる木々の並ぶ場所でシェリルがユリウスの名を呼ぶと、足を止めたユリウスが振り返った。



「シェリー……シェリー……っ、本当に目覚めたんだね。よかった……」



今にも泣き出しそうなほどクシャッと顔を歪めたユリウスにグイッと手を引かれると、シェリルはユリウスの腕に包まれた。


抱きしめられたのなんて初めてで、知ってるユリウスよりもずっと体が大きくて驚かされる。


湧き上がるのは困惑する気持ちが9割、残りは会いに来てくれた喜び。夢見心地のままシェリルもユリウスの背中に腕を回して抱きつくと、ユリウスはより一層強く抱きしめた。



「シェリー、会いたかった」


「うん、私も」



ギュッと抱きしめ合ってしばらくすると、ユリウスが腕を緩めてシェリルの頬に手を伸ばす。



「さぁ、よく顔を見せて? 元気なんだね?」



ユリウスのアクアブルーの瞳は夜の月明かりの下では鈍色(にびいろ)に見え、僅かにユラユラと揺らめいて見える。



「うん、すごく元気よ」



涙目で笑顔を向けると、ユリウスは3年前と変わらないかわいらしくて優しい笑顔を返してくれた。



それからは、二人で空白の3年を埋めるかのようにいろいろなことを話した。


ユリウスにとっては結構前のことのようだが、シェリルにとっては昨日のことのよう。そんな感覚の違いさえも、一緒に過ごして話していれば楽しいものだった。



「シェリーは見た目以外、全然変わらないね。話してると僕だけ時が流れたみたいだ」


「それはそうよ。私にとっては寝て起きたら3年経ってただけだもの」


「そうだよね……」


「でも、ユリウスを見るとすごく時間が経ったんだなって思う。とても背が伸びたのね」


「まぁね」



19歳になったユリウスは、線は細いもののスラッと背が高い。凛々しさまで兼ね備えて、より一層王子らしさが増している感覚だ。


するとユリウスの眉根が僅かに寄る。



「シェリー、ごめん。カミラのこと……驚いただろう?」



そう言われると、まるで夢から覚めたかのよう。受け止めるべき現実に胸がズキンと痛んだ。



「うん……」



ユリウスの新しい婚約者・カミラ。


ユリウスの話によると、シェリルが眠り始めてから1年経った一昨年、適齢期でもあり王太子という立場でもあることから、ユリウスの新しい妃候補選定を王と王妃が急いだのだという。


もっと前から王妃は急かしていたらしいが、ユリウスがなんとか誤魔化していたようだ。


だが昨年に入ってからはついには王にも急かされ始め、今年になって着々と結婚へと推し進められて逃げられなくなったのだという。



「でも僕の気持ちは変わってないよ」


「……え?」


「シェリー、僕は……カミラとは婚儀を交わしたくないって思ってる」


「で、でも、そんなこと……」


「僕はシェリーがいい……シェリーのことが好きなんだ」



辺りをザッと夜風が吹き抜け、月明かりが周囲を照らす。その明かりを灯したユリウスの鈍色の瞳はユラユラと揺らめきを伴って真っ直ぐこちらを見ていた。



「ユリウス……」


「このまま君のことを諦めたくない。お願いだよシェリー……どうか僕のそばにいて?」



そう言われて嬉しいはずの心は、なぜか曇ったままだ。


何も答えられずに目を逸らすと、ユリウスの手が頭に伸び、髪を撫でる。



「急にこんなことを言ってごめん。でも僕の気持ちはあの頃のままだ。だからシェリーも少し考えておいてくれないか?」



微笑みを向けたユリウスは、シェリルを屋敷まで送ってから帰っていった。



(ユリウスと結婚できるの? 夢はもしかしてまだ(つい)えていない?)



そう思うと喜びの気持ちがないわけではないのに、心から喜べない自分がいる。


シェリルは困惑と興奮で眠れぬまま夜を明かしたのだった。


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