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【04-02】

ただ、大して知りもしない男の人の家に一人で行くというのはどうなのだろう。シェリルが「あの……でも……」と困惑を口にすると、エリオンはそれを悟った様子だった。



「俺は一人住まいではなく、女性もいるからどうか安心してほしい。あなたにおかしなことはしないと誓う。絶対に。本当に。……魂に誓う」



魂!? 重っ。


見ず知らずの小娘に対してずいぶん必死な様子。そこまで言われればある意味安心? 


それに女性もいるということは家族と住んでいるということだろうか。家族に許可も取らずに突然お世話になっていいのか迷うが……いかんせん、ここに一人は嫌だ。



「そう……。あの……ありがとう」



シェリルがエリオンをチラリと見上げて小声でそう伝えると、エリオンはクワッと目を見開いてじっと見つめる。



(や、やっぱり怖いわ、この人……。お礼を言っただけなのに怒った? なぜ?)



お礼を言うならもっと大きな声の方がよかったかしら、とシェリルが咳払いをして声を出す準備をしていると、エリオンがボソッと告げる。



「そ、その……大した……もてなしはできない」



……何この人。もてなそうとしてくれてる?



「そんなのは……なくていい……けど……?」


「そうか」



第一印象は変態グッドルッキング魔王。第二印象はとにかく視線が怖い人。第三印象は挙動不審だけど案外優しい人……なのかな?





エリオンの仕事が落ち着いた夕方。息が詰まるような小屋の中から外に出ると、空は嫌味ったらしいくらいの鮮やかな夕焼け。


美しく赤に染まる空はルミナリアと変わらないのに、自分のいる場所は別の場所。そう思うと物悲しさが募って、足元が覚束(おぼつか)なくなっていく。


よろめきながら深い溜息をつくと、エリオンがじっと見つめていることに気づいた。


気を抜いちゃダメね、と姿勢を正して淑女スイッチオン。



「あの……何か?」


「……いいや、何でもない。付いてこい」



相変わらずじっと見られるのはなぜなのだろう。


人を観察するのが好き? ちょっと変わった人だ。



エリオンのあとを付いて歩いていると、やがてベリタスの街中に入り、人の目が増えてきた。



「悪いな、ここを通るのが一番近いんだ。これを被っていろ」



そう言われてエリオンのマントを頭から被せられる。ボロボロな姿を隠してくれるためなのだろう。



「ありがとう……」



それにしても、ずいぶん見られている気がする。それは自分にではなくエリオンに向けられるもので、エリオンという人が結構顔を知られている人だということがわかる。



「エリオン様、昨夜はずいぶん派手だったな」


「騒がしくしてすまなかった」


「天騎士様、昨日の雨で西の小橋が流されそうだ。何とかならんかね」


「わかった。後で様子を見に行かせる」


「なぁ隊長さん、この間の礼に酒、持ってくか?」


「礼などいらん。そのぶん売って稼げ」



通りすがりに声をかける人々は皆、朗らかな笑顔で、穏やかで温かで……町のアットホームで優しい雰囲気が感じ取れる。


少しだけレドモンド伯爵領の雰囲気を彷彿とさせ、ウルッと涙が滲んだ。


ただ、女性たちからの視線は妙に熱がこもっており、通り過ぎざまにも何人もの女性が声をかけていった。



「天騎士様、お店に寄っていらして?」


「寄らない」


「エリオン様、そちらの方はどなた?」


「言えない」


「天騎士様ぁ、私もご一緒していいですか?」


「来るな」


「隊長さん、うちの下の娘と縁談はいかが?」


「いらない」


「エリオン様、今日も色っぽいわぁ」


「……」



チラリとエリオンに目を向けると、眉間にくっきりと皺が浮かんでいた。



(『エリオン様』はいいとして、『隊長さん』? 『テンキシサマ』って何? 『色っぽい』って男の人にも言うの? 女の人だけかと思ってた……)



シェリルの頭の中はクエスチョンマークが飛び交う。


それにしてもなんて素っ気ない返事だろう。こんなにも塩対応なのに、なぜ女性たちにウケているのかわからない。


確かに人間離れした美しさだからモテるのは(もっと)もなことだが、無駄遣いが勿体ないほどだ。


昨日笑ってた時はかわいらしかったのに……と思い出していると、不意に先を歩くエリオンがグリンと振り向いて目が合う。


……本当に綺麗な顔立ちね。無愛想だけど。



「騒々しくて悪いな」


「い、いいえ、別に……」


「ただの日常習慣的やり取りだ」



なるほど。つまりは日常習慣的に口説かれてるということだ。



「はぁ……そうなのね」


「断じてああいう女に興味はない」


「そう……」


「魂に誓う」



……だから、どうしてそんなにも必死なのよ。



「ところでシェリー嬢、この先は少し足場が悪いんだ。だから……エスコートをしても……いいだろうか?」



ちょっとたどたどしいのはどうしたことか。ただ、特に断る理由もないのが困ったところだ。それに寝不足のせいか、ちょっと足元がフワフワするから、足場が悪いのなら支えてもらえると助かる。



「そうなの? それならそうしていただける?」



差し出されたエリオンの手にシェリルが手を重ねると、エリオンの体温に触れる。重なった手はとても温かで、冷たくなっていた自分の手に血が通っていくかのようでホッとする。


トク、トク、トク……。


この感覚は何だろう。


高揚感・幸福感……それに既視感・到達感? 


自分の手が、まるであるべき場所に戻ったような不思議な感覚。


なんとなく心地よくてキュッと握ると、エリオンの細長い指にもキュッと力がこもる。


チラリとエリオンの顔を見上げると……なぜだろう。不安……いや、心配そうな表情が目に映った。



「あまり干渉すべきではないのだろうな」


「……え?」


「歩くのはゆっくりでいい。きちんと支えているから安心しろ」


「う、うん、ありがとう」



そしてしばらく歩いて気付く。


ところでどこの足場が悪いのだろうか。


そんな場所は今のところ全然ないんだけど……?



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