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【04-01】叶わない夢

「おはようございます、シェリー嬢」



チュンチュンと元気に鳥の鳴き声が聞こえる晴れた朝。


そう声を掛けて小屋に入ってきたのは、食事を手にしたアランだ。


エリオンもその後に続くものの、シェリルを見て、二人ともギョッとした顔で「あぁしまった……」と言わんばかりの表情をした。



「食べられそうならどうぞ」



アランが戸惑いつつテーブルにパンとスープを置く。


きっと平常時であれば『いい匂い』と感じるのであろうが、今は少しも食欲がわかない。


黙って首を横に振ると、アランの溜息が聞こえた。



「そうでした……見た目が大人に見えるのでついつい放置してしまいましたけれど、中身は14歳の未成年なのでしたね。シェリー嬢、眠れませんでしたか?」



シェリルの目の下には疲れ切った様子のくっきりとしたクマ。髪はボサボサ。小さく縮こまって小屋の隅に座る淑女の欠片もないその姿は、夜通し毛布に包まって眠れずに過ごしていた結果だ。


隣国の知らない場所で小屋に閉じ込められ、わけもわからないまま独り放置された昨夜。


寒くもなく雨風も(しの)げたものの、大の苦手である雷がけたたましいほどに鳴り響いていて、それがシェリルには耐え難い精神的苦痛だったのだ。



「雷……大嫌い……」



(たま)らずシェリルが震えながらそう呟くと、エリオンがまるで自らが雷を受けたかのようなショックそうな顔をする。



「そう……なのか……?」


「あんなの、この世からなくなればいいのに」


「なるほど……俺は大いなる間違いを犯したということだな……」



そう言って、エリオンはしょんぼりと項垂(うなだ)れる。


はて、なぜこの人はそんなにも落ち込んでいるのだろう。「昨夜は雨だったから火より雷の方が都合がよかったんだが間違えた俺はバカだ火を使え俺……」とか何とかぶつくさ言いながら頭を抱えているが、さっぱり意味がわからない。



「とにかく帰る……。もう嫌よ……」



疲労と寝不足で弱った心からは弱った言葉ばかりが飛び出し、そんな弱気な自分すらも嫌になってくる。深い溜息と共に視界がジワリと滲んだ。


そしてそんなシェリルの様子を見たエリオンはポツリと呟く。



「悪かった……。もっと配慮すべきだった」


「こんなところに一人なんて嫌……。家……帰る……」


「『こんなところ』か……そうか……そうだよな……帰りたいか……」


「帰りたい……」



二人揃ってしょぼーん。なぜか共感し合うシェリルとエリオンに唖然としたアランは、次にはムッとした表情を浮かべてエリオンに告げる。



「『そうだよな』じゃありませんよ。そんな中身が14歳の小娘に(ほだ)されてどうするんですか。しっかりなさってください。まだ話も途中で確証もないままなんです。帰すわけにはまいりません」



そんなアランの言葉に、今度はシェリルがショックを受ける。



「えっ、じゃあ私、まだ帰れないの? どうして……もう帰らせてよ……」


「そんなことを言われましても……我々にも仕事上の都合というものがあります。ましてや崖を落ちて生きているという不可解な状況。いい加減な聴取だけであなたを釈放するわけにはまいりません」


「そんな……。それなら私は、まだこの小屋で一人ぼっちでいなくちゃいけないの?」


「そうなりますね」


「いつまで?」


「……」


「もう家に……帰る……ッ……」



これからまた続くであろう孤独な時間を考えると、弱った心では耐えられなくなってきて涙が溢れんばかりに込み上げる。でも人前では泣きたくない。


うつむいて涙目を隠していると、エリオンには狼狽の様子が浮かぶ。



「わ、わかった。あなたは罪人ではなさそうだし中身は14歳らしいし、保護を目的とした特別な配慮は必要だと思っている」


「特別な……配慮?」


「あぁ。例えば……そうだ、どこかにきちんとした宿を用意しよう」



それに対してアランが呆れ顔をエリオンに向けた。



「宿って、どこにです? 『素性のはっきりしない他国のご令嬢らしき方』を町の宿屋に一人で泊めるというわけにはいかないでしょう。しかも中身は子供ですし」


「……そうだな」


「保護できる場所というと兵士の宿舎くらいですが……女性を一人で預けるのは別の意味で危険――」


「絶対ダメだ!」



声を荒げるエリオンを見てアランは目を点にする。一体どうしてしまったのだと言いたげな顔だ。


唖然とするアランに、エリオンは一度気持ちを落ち着けるように息を吐いた。



「とにかく兵士宿舎はダメだ」


「……ではどうします? 私の家でしょうか?」



まぁ一人くらいなら別にどうにでもなりますけど……と(つぶや)くアラン。


それに対してエリオンは――



「はぁ? お前のところは男だけだろう?」



一度落ち着いたかに見えたエリオンの怒りが再燃。大層ご立腹な様子に、アランもタジタジになって話を続ける。



「い、いやぁ、男だけとは言っても侍従の老翁(ろうおう)がいるくらいですよ? 宿屋や野獣の巣窟よりはマシでしょう?」


「どこがマシなんだ。ダメだ。それだったら……俺のところに連れて行く」


「なっ、何をおっしゃっているのです!? ダメに決まっているでしょう! お立場をお考え下さい!」



アランのその言葉は、エリオンにとって地雷だったらしく――



「ほぉ、何の立場だ?」



ギロリと睨む漆黒の瞳は、見ているだけのシェリルもブルリと震え上がらせた。



「……い、いいえ、申し訳ありません。出過ぎたことを申し上げました」



アランがシュンと小さくなる様は、昨夜に続き二度目の鷹の前の雀。


二人の上下関係を如実に映しているかのようだ。



「とにかく、俺のところに連れて行く。世話をする者もいるからちょうどいいだろう」



するとアランはハァッと大きな溜息をついて頭を抱えた。



「どうかきちんと線引きを」


「わかってる」



二人の間では方が付いたようで……でも私は家に帰りたいのよ、と目で訴えるも何も返事はもらえない。


どうやら自分の家には帰れず、エリオンの家へ行くことになるらしい。


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