【03-06】
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「――というわけで、目が覚めたら3年経ってたのよ」
自分がルミナリア王国から来たこと、とある伯爵家の娘であること、突如聖女に選ばれ、魔物の封印後3年間眠っていたこと……さすがに婚約者がルミナリアの王子であったことは隠しつつ、話せる範囲で大まかにエリオンとアランに話した。
黙っていると涙が出そうで、ごまかすために戯けてみせる。
「おかげで誕生日に焼いてもらう約束だったタルトを、14の年から15、16、17……4つも食べそこなったのよ。酷いと思わない? そうだ、帰ったらお母様にタルトを4つ焼いてもらわなくちゃ。まずはリンゴとカスタードのタルトでしょ……それと、木苺のタルトとチーズのタルト……あともう1つは何にしようかしら」
うーん、と考え込んでいるシェリルを、エリオンはただじっと見つめる。
一方のアランは呆れた様子で顔を引きつらせた。
「とりあえず、シェリー嬢が伯爵令嬢らしからぬ相当な食いしん坊であることは理解いたしました」
「ちょっと! 失礼ね。お母様のタルトは絶品だから、一度食べるとやみつきになるのよ」
「それはそれは、ぜひいつか口にしてみたいものですねー。まぁ、田舎の素朴なタルトなんて、私が口にすることは一生ないでしょうけれど」
横向きでもわかるほどにアランはバカにしたようにフンッと笑う。
田舎。それはルミナリアのことを指しているのだろう。
非常に腹の立つ言い方だが……
(あら、淑女教育の先生の講義に出てきた『上級貴族・嫌味まみれのお茶会シチュエーション・その2』とそっくりだわ。せっかくだから、学びを生かそうかしら)
シェリルは怒りを胸の奥に押し込み、淑女の笑みを浮かべて返答した。
「そうね、あなたのへし曲がったお口には入らないほど真っ直ぐに美味しい逸品ですもの。あなたが口にすることは叶わないと思うわ。うふふふふ~、ほんと、残念ですわね~。おほほほ~」
「な……ッ……!」
アランは悔しげに黙り込んだ。
ありがとう淑女教育の先生、スッキリしました……と心の中でお祈りポーズをとって感謝の気持ちを捧げていると、目の前にいるエリオンがフッと笑ってシェリルを見つめる。
「あーもう……想像以上だね」
「……え?」
何が? とシェリルが首を傾げていると、「こんな小賢しい女、笑えませんよ!」と文句を言ったアランを、エリオンがギロリと睨む。
アランがビクッと肩を揺らす様は、まるで鷹の前の雀のよう。そこまで怖がらなくても、と思えるほど怖がっているのが疑問だ。
「話を先に進めるぞ」とエリオンに指示されると、アランが咳払いをして気を取り直すように話し始めた。
「な、なるほど、あなたはルミナリアの聖女で、中身は14歳ですか……。ルミナリアの噂で聖女のことは『女神のような存在』と耳にしたことはありますが、詳しくは初めて聞きましたね……?」
アランが恐る恐るという様子でエリオンに疑問を向けると、エリオンがシェリルに視線を移す。
「神殿で魔物を封印、か……。神殿にいる魔物とは何だ?」
じっと観察するように見つめるエリオンの視線は、ピリピリと刺激を感じてついつい目を逸らしたくなるような強さを感じる。
「そ、それは……教えてもらえなくてわからないわ」
「本当にいるのか?」
「たぶん……。だって声が聞こえたもの」
「声?」
「うん。低くて怖い声で『待っていたぞ』とか、封印の呪文を唱えようとしたら『やめよ』とか聞こえて――」
するとエリオンがフッと笑う。
「自分を封印しようとするあなたを、魔物は待っていてくれたのか?」
「……あれ……? そういえば……」
なぜ自分は魔物に待たれていたのだろう。おかしな話だ。
「そもそも、そこが本当に神殿ならば……守られているはずなんだ」
「守……られている……?」
「ほかにはどんな声が?」
「あ、えっと……」
そういえば、魔物が『エレーヌ』と言っていたような……。意識が薄れていた時で記憶が曖昧だが……気のせいだろうか。
「どうかしたのか?」
エリオンが伺うように見つめているが、曖昧過ぎてエレーヌのことは口にできなかった。
「あ……ううん、何でもない」
エリオンの言っていた『エレーヌ』と、魔物の言っていた『エレーヌ』。
仮に同じ人物だとたら……
エリオンは言っていた。『“遥か昔”この国にいた呪われた姫・エレーヌ』と。
遥か昔に存在した人と魔物の繋がり……?
考えるとおどろおどろしいオカルトチックなものとしか思えなくて、シェリルはブルッと身震いする。
(こッ、怖っ! ……いや、『エレーヌ』なんていう名前は別に珍しいわけでもないのだから、たぶん偶然……だよね? うん、偶然!)
3年も眠り続けた上に、崖から落ちて生きているオカルトチックな自分を棚に上げ、シェリルは都合よくそう片づけたのだった。