【03-02】
朝は姿を見せなかったセイラだったが、出発時の見送りにはデヴィットと共に外まで出てきた。
ただ、母に助けを求めたい気持ちはすぐに吹き飛ぶ。足元がフラついている上に顔面蒼白だったのだ。
「お母様、お体が辛いのね?」
「シェリー……ッ……シェリー……」
ここ最近母の泣いている姿ばかり見ている気がする。
思い返せば聖女の片翼の印を見てから母の様子は優れなくなったのだ。もしかしたら人知れずずっと一人で苦しんでいたのかもしれない。セイラの苦しみを思うと酷く胸が痛んだ。
「お母様……ごめんなさい」
セイラを抱きしめるとカタカタと震えているのが伝わってきて、いつもは大きな母の存在がずいぶん小さく思える。
「あなたが謝ることは何もないわ……。あなたはいつもいい子だもの。それなのにどうしてこんな――ッ……」
嗚咽を漏らして泣き続けるセイラをデヴィットが支える。
やはりこんな状態の母に助けを求めることなんてできない。
(甘えてはダメ。しっかりしなくちゃ……)
今の自分にできることは――
「お母様、心配しないで。私は大丈夫よ」
これ以上母を苦しめないことだけだ。
「シェリー……、あなたっていう子は本当に……っ……」
今にも頽れそうになりながら涙で顔をくしゃくしゃにする母を見ているだけで苦しくなってきて、自分は涙なんて一粒も零せないと思った。
(強くいなくちゃ……お母様を守らなくちゃ……)
不安で今にも震え出しそうな自分の心を見ないふりして、シェリルはセイラの手を取って告げる。
「ねぇお母様? お身体がよくなっていたら、明日は約束どおりリンゴとカスタードのタルトを焼いてね。私、ちゃんと言いつけを守って10日もお菓子を我慢したのよ。だから食べきれないくらい大きいのにしてね」
「シェリー……ッ……」
そして次にシェリルはデヴィットと抱きしめ合う。ほのかに温かさを感じる体温が気持ちを幾分かホッとさせた。
「お兄様、お母様をお願いね」
「あぁ……」
そう一言だけ返事をして黙り込むデヴィットも小刻みに震えていた。
「私は大丈夫よ、お兄様」
「……帰ってくるのを待ってる」
「えぇ。行ってまいります」
シェリルはセイラとデヴィットに笑顔を向けて馬車に乗り込んだ。
セイラは泣き崩れ、セイラを支えるデヴィットは目を潤ませながらも苦しげな表情で馬車を真っ直ぐ見つめて見送っていた。
王城には父・ブラッドが付き添うことになり、共に馬車に乗り込んだ。
そしてブラッドも、涙こそ流してはいないものの疲れ切った顔をしている。
「シェリー……」
ブラッドは名前を呼んだきり、言葉を飲み込むようにして黙り込んだ。
シェリルは昨夜、ブラッドとセイラが聖女について話していたことを聞いてしまった。でもそれをブラッドは知らない。
「お父様……私――……」
『聖女になんてなりたくないわ。ほかの人に聖女になってほしい』――本当はそう言ってしまいたかった。そして「ならなくていい。お前はずっとうちにいればいいんだ」と返事をしてくれたなら……。
でも言えなかった。
「国のために役目を果たせ」と突き放されるのが怖かったから。
「甘えるな」と叱られるのが怖かったから。
父にとっては娘より国の方が大事なのだと思い知るのが怖かったから。
「シェリー、どうした?」
「……えっ? あー……ううん、何でもないの。頑張らなくちゃって思って」
今にも溢れ出そうな言葉を飲み込んでいい子を演じることしかできなかった。
「お父様、お母様のことを元気づけて差し上げてね」
無理矢理笑顔を向けると、何も言わずにブラッドは俯いて唇を噛み締める。
この時の父が何を思っていたのか、シェリルにはよくわからなかった。
馬車の中でブラッドとの会話はそれ以上なく、シェリルにとってはおかげで考える時間がずいぶんあった。
封印を終えた後、そのまま亡くなることもあり、目覚めなかったり、結婚に不幸が付き纏うという聖女。だからといって自分も絶対にそうなるとは決まっていないはずだ。
それに何か自分が聖女にならなくて済む方法があるかもしれない。
(そうよ、こんなことでくじけてどうするの? 私はいずれ王妃になるのだからしっかりしなくちゃ。自分で何とかするのよ)
これはきっと神様から与えられた試練。だからまだ諦めない。一人で乗り越えてみせる。
シェリルはそう誓う。
(私は明日リンゴとカスタードのタルトを美味しく食べて、来年は……そうだ、木苺のタルトを作ってもらおう。再来年はチーズのタルトを作ってもらって……それでユリウスと結婚して夢を叶えるの)
涙で潤んだ目をブラッドに知られないように、馬車の外の景色を見て誤魔化しながら、曇り空の中ガタゴトと進む馬車に揺られた。