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【03-01】神殿

眠れないまま迎えた翌朝。



「シェリー、おはよう」



リビングにはセイラはおらず、ブラッドと兄・デヴィットだけがいた。


ブラッドがいつも通りといった様子で挨拶をするのを見ていると、シェリルの胸はツキンと痛む。聖女について知っていることを何も話さずに送り出すつもりなのだろうと思えて、父への疑心で心がざわめいた。



「お父様……おはよう。お母様は?」


「あぁ……今朝は体調を崩していてね。でも心配ない。少し疲れてしまっただけだ」


「そう……」



それなら体調の悪い母を余計に心配させるような話なんてできない。では父と話そうか。


だが父は――



『これもあの子の定めと、受け入れるしかあるまい』



そう言っていた。


だからきっと『聖女になりたくない』『ほかの人が聖女になる方法はないの?』なんて言ったところで、何と返ってくるのか想像がついて口を(つぐ)む。



(お母様と話したい……。きっとお母様は私の味方だもの)





その日の午前、神官長のカルロが屋敷にやって来た。



「シェリル嬢……いいえ、聖女様、お迎えに上がりました」



(うやうや)しく(ひざまず)いてはいるものの、昨日は乙女の服の胸元を引っ張って覗いた男だ。全く信用できない。


精一杯のツンとした態度で無視していると、ユリウスが顔を覗かせた。



「シェリー……」


「ユリウス、来てたのね」


「うん……」



ユリウスは気まずそうに目を()らす。顔色が優れず、いつもの品のある立ち姿とは違って今日は(うつむ)きがちで、いつも以上に気弱そうに見える。


歴代の聖女がそのまま亡くなったり、眠ったままになったり、結婚には不幸が付き(まと)ったりすることをユリウスは知っているのだろうか。


そこでふと(ひらめ)く。ユリウスなら相談にのってくれるかもしれない。この国の王子なのだから、もしかしたら何か力になってくれるかもしれない。



「ユリウス、少し二人だけで話したいことがあるの」


「……うん、わかった」



期待を胸に、ユリウスを自室に招いた。



部屋に入ると、早速ユリウスに相談を――そう思ったのに、最初に口を開いたのはユリウスだった。



「シェリー、ごめん。何も力になってあげられなくて……」


「え?」



ユリウスならもしかしたら力になってくれる、と思って話をしようとした矢先だったのに出鼻を(くじ)かれたようなものだ。


あっという間に期待の心が打ち砕かれて閉口していると、ユリウスの言葉が続いた。



「この国を支える重要な役割を担う君を、僕は誇りに思うよ。君には……感謝してもしきれない……っ……」



そう言って苦しげな表情で俯いたユリウス。震えるほど手を強く握りしめ、肩を震わせている。


その姿を見ていると、急に自分がポツンと一人きりになったような感覚がして、ユリウスが遠くに感じられた。



(そう……ユリウスの中で私が聖女になることは、もう決まっているのね……)



『聖女になりたくない』と言い出すことなんて考えもしないということなのだろう。


『ほかの人が聖女になる方法はないの?』なんて逃れたい気持ちを抱いているとは思ってもみないということなのだろう。


そう思うと羞恥心と罪悪感でいっぱいになり、カッと顔に熱が集まる。


重い期待と、逃げ道を塞ぐように押し付けられる使命感。


それらはシェリルが本心を告げることに躊躇(ためら)いを生んだ。



「どうしても僕の気持ちを伝えておきたかったんだ。……それで、シェリーの話って何?」


「えっ? あ……あぁ……ううん。私……頑張ってくるわねって、伝えたかっただけ……」



シェリルはユリウスに淑女教育で培ったできうる限りの笑顔を向ける。



(だって……こんな彼に何を言えるっていうの?)



心の奥底で湧き上がる誰かに救いを求めたい気持ちを、無理矢理飲み下すように喉の奥へ押し込む。



『さすがシェリー。シェリーは聡明なだけではなくて、強くてかっこいいよね。そういう君が好きだよ』



そう言っていたのだから毅然としていなければ……。


ユリウスの前では強くあらねばならないのだ。


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