【02-07】
その夜、ブラッドに寝るように言われて自室に戻ったシェリルだったが、今日の出来事に心が掻き乱されてなかなか寝付けなかった。
「お水飲んでこよう……」
深夜、ザワザワする胸を抱えきれなくなって、こっそりとベッドを抜け出す。
「私が聖女……か」
『特別な役割を与えられる』というぼんやりした感覚しか描けていないが、国にとって大切なことなのだろう。
そのわりにセイラが激しく嘆いていたのがどこか不気味に感じられて仕方がない。
部屋を出て廊下をトボトボと歩いていると、両親の寝室から明かりが漏れ、セイラが啜り泣きながら話す声が聞こえてきた。
「あんまりだわ……どうしてこんなことに……っ……。どうしてよりにもよってシェリルなの? 選ぶならほかにもたくさんいるじゃない。あの子が何をしたっていうのよ……」
するとブラッドの溜息と共に静かな声が聞こえてきた。
「国のために必要なことだ。神の導きにより誰かが選ばれ、選ばれた者がやらねばならないこの国の宿命。これもあの子の定めと、受け入れるしかあるまい……」
「よくそんなことが言えるわ! あなたは娘より国の方が大事なの!?」
「――ッ……」
「受け入れるだなんて、そんなのどうやって……! あなたはあの子をむざむざ差し出すっていうの? そんなの、この国を捨ててシェリルと一緒に神の裁きを受けるほうがまだマシよ! ……そうだわ、シェリルを連れてどこかへ逃げましょう?」
「何を言ってる。騎士団が屋敷の外を囲ってるんだ。逃げられはしない。それに、もう時は迫っているんだ」
するとセイラが咽び泣きながら告げた。
「そんな……だってあなただってご存知でしょう? 歴代の聖女様が封印を終えた後どうなったか」
「それは――……」
……どう……なったか?
シェリルの心臓が重苦しい音を立て始める。
何となく、これ以上聞いてはいけない気がして踵を返そうとすると、セイラの声が耳に飛び込んできた。
「あの子も、封印の儀式で命を失うかもしれないのよ!? それなのに、どうしてそんなことが言えるのよ!」
震える声で告げられたセイラの言葉に、シェリルの足は硬直したかのように動かなくなった。全身の血が冷え渡ったかのように寒さを感じ、体が小刻みに震える。
……命を……失う? そう言った?
シェリルの視界に映る足元が、ぐにゃりと歪んで見えた。
「それに眠ったまま目覚めなくなって、そのまま亡くなった方もいるというわ。無事だったとしても結婚には不幸が付き纏って、生涯独り身を貫いたって……」
「……まだシェリーもそうと決まったわけではない」
「だったら教えてちょうだい? 封印を終えて何もなく元の生活に戻れた聖女様はいるの?」
「……」
「封印の儀式は明日の予定なのでしょう? 明後日の14歳の誕生日をこんな気持ちで待つことになるなんて……。あの子はまだ13歳なのよ? 聖女になんてなったら、大切なこれからの時期を棒に振るかもしれないわ。今のあの子はユリウス殿下の妃になることを夢見ているのに、殿下と結婚できないかもしれない……。それどころか目覚めないかもしれないし、命まで……。そんなことになったらと思うと、もう……生きた心地がしないわ……」
「代われるなら代わってやりたいさ。だが我々には祈ることしかできないんだ」
「そんな……そんなのって……っ……あの子のことを考えれば不憫すぎるじゃない……。こんなの、国のために生贄になるのと変わらないわ!」
「なんという言い方をするんだ! よしなさい」
シェリルはそこまで聞くと、震える足に精一杯の力をこめて静かに自室へと踵を返した。
部屋に戻ってドアを閉めると、全身が心臓になったみたいに自分の拍動が大きな音を立てる。セイラの言葉がシェリルの頭の中で木霊のように何度も何度も繰り返された。
「そんな……っ……」
グラグラ揺れて見える視界がじわりと滲んで目元を拭う。
あと2年でユリウスと結婚する。それで子供が生まれて、ユリウスが立派な国王になった時、すぐそばで自分は王妃として支えるのだ。
「それが私の夢なのに……」
胸に描く美しく輝かしい未来が、パリンと割れて粉々になっていくかのようだ。
ショックな言葉の数々に呆然と佇む。
傷心・恐怖・混乱・拒絶……複雑に混ざり合った負の感情が混沌と渦巻き、収めきれない感情は自然と涙となって溢れ出た。
……聖女になると夢は叶わないの? 私、明日死ぬかもしれないの?
「そんな……怖いわ……ッ、助けて……誰か……」
誰にも届かぬ小さな声を上げると、シェリルは小さく蹲ってカタカタと体を震わせた。