【12-02】
一切触れずに愛す――これは究極の愛と言えるのだろうか。いや、ある種の執着のようにしか思えないのは気のせいだろうか。
確かに、触れなければユリウスが呪いを受けて燃やされることはないのだろう。
ただ、チクリと痛む心が不安も不信感も大きくしていく。
「燃えるのが……怖……ければ……?」
ユリウスの言葉の意味を確認するように復唱すると、ユリウスは目をぱちくりさせて小首を傾げる。
「うん? だって怖いだろう? 昨日最初に君と会った時に思わず抱きしめてしまったけど、何も起きなくてよかったよね。もう二度としないよ。だから安心して?」
そう言ってユリウスは優しげに微笑む。
怖いという気持ちは一体誰の視点から述べられているものなのだろう。何も起きなくてよかったと思うのは誰の気持ちなのだろう。安心するのは誰の気持ちなのだろう。
『一緒にいてくれるだけで僕は充分』という言葉はきっと、もっと前に聞いていたらそれはそれは至極素敵な響きに聞こえていたのかもしれない。でも今は……。
ユリウスは、きっと結婚しても自分に一切触れないつもりなのだろう。
自国の王位継承権を持つ王子との政略結婚をするわりに子を作らない……? それなら『私』は『何のため』に嫁ぐというのだろう。家名も家族も自身も辱めを受けるようなものだ。
湧き上がるのは寂しさ・悲しさ・虚しさ。急速に心が萎れていくかのようだった。
「ユリウスは……結婚したあと、私をどうするつもり?」
「どうするって、だから君を愛すって言ってるだろう? 君はそばにいてくれればいい。僕はただそれだけを望むよ。とても簡単なことだ」
ユリウスの言う『愛』とは一体何なのだろう。話を聞けば聞くほど、迷宮入りするかのようにだんだんわからなくなってきた。
「……簡単?」
「うん、そうだよ。ただ黙って君がそばにいてくれれば、それで満足なんだ。僕の心は満たされる」
フフフッと悦に入ったように笑うユリウスの顔がひたすら不気味に目に映る。
……それってもしかして、私はただ人形のようにそばで座ってろってこと? ペットのように愛玩されればいいということ? ユリウスの心を満たすために?
「そんなの……妾みたいなものじゃない……」
そう言っても否定せず、ただ黙ってかわいらしく微笑むユリウス。それを見て、シェリルは唇を噛み締めて俯く。
そんなことのために自分はここまで生きてきたのだろうか。
あんなにも死に近づいて、そこから這い上がって、その先が……ここ?
「国のためにも、家のためにも、僕たちのためにも……ねぇ、聡い君ならどうするべきかわかるだろう、シェリー?」
どうするべきか? そう問われると急に頭の中のスイッチが入った感覚がした。
「そうね――」
将来の自分がどうなるかはわからない。
でも、恋心を知り、呪いの秘密を知り、エレーヌやルカニエルのために呪いを解きたい自分には、今、どうするべきかははっきりわかる。
シェリルはギュッと手を握り締めて顔を上げた。
「ユリウス……あなたとは結婚できない」
ユリウスの真ん丸でかわいらしい目を真っ直ぐ見てきっぱりと答えると、途端にアクアブルーの瞳が瞼によってグッと細められる。
「あーもう……どうしてそういう無駄な抵抗をするかな。13歳の頃のまま、ピュアで素直で……バカ正直で単純で鈍感で尽くすタイプで便利なのが君の良さだったのに」
およそユリウスの口から出てきたとは思えない言葉の羅列に唖然として言葉をなくしていると、ユリウスが口角だけを上げて歪んだ笑みを浮かべる。
「それなら仕方がない。無理やり連れて行くしかないよね」
ユリウスがフフッと笑って数歩下がると、潜んでいた兵が出てきてシェリルを囲む。
振られたら王子として立場がない、なんて言ってたはずなのに、ちゃっかり兵を引き連れてきているではないか。
「怪我をしたら綺麗なドレスが着られなくなると困る。だからおとなしく従って?」
……綺麗なドレス? 着られなくなると困る? まさか、本気で私と結婚するつもり?
「シェリル嬢、我々に従ってください。手荒なことはしたくありません」
ジリジリと詰め寄る兵の一人にそう言われて、シェリルは首を横に大きく振った。
「嫌よ!」