【12-01】謀略
早朝、「ちょっと行ってくるわね」と眠るアニーにひっそりと告げ、シェリルは宿の外に出た。
人通りのほとんどない辺りを見回すと、ローブのフードを目深に被って顔を隠す人が、通りの向こうの木の陰からひょっこりと顔を出しているのが見える。ユリウスだ。
「シェリー、おはよう」
駆け寄るとユリウスのかわいらしい微笑みが目に映り、それが心にチクッと刺さった。
「うん……おはよう」
「さぁ、早速だけど返事を聞かせて?」
ユリウスの笑みを見ると辛いけれど……正直言って、一晩考えたところで自分の気持ちは何も変わらなかった。
「やっぱり無理よ。ごめんなさい」
そう答えると、ユリウスの穏やかな笑みが疾風と共にサッと引いた。
「どうして?」
「だって、カミラ様はどうするつもりなの?」
まだカミラを追い詰めるほどの何かがあるわけでもないのに、何をもってその座を明け渡せと言うつもりなのだろう。
するとユリウスはかわいらしく小首を傾げる。
「えー、それって僕が気にすること? 勝手に決められただけなのに」
そう言われて唖然。一応ご自分の婚約者でしょ? と言いたいのをシェリルはグッと堪えた。
「そんなふうに言ってはカミラ様に失礼だと思うの。それに王様や王妃様だって驚かれるわ」
シェリルは母・セイラに言われた。
『カミラ様の後ろ盾は王妃様なの。王妃様はご自身の姪であるカミラ様をとてもかわいがっていらっしゃるのよ』
だからそんな簡単にカミラをないがしろになんてできるわけがない。
するとユリウスが眉尻を下げた。
「シェリーは僕が嫌い?」
「そういうことではなくて……。でも、私には呪いが受け継がれていて、あなたを燃やしてしまうかもしれないのよ? 王子であるあなたがそんなことになったら――」
「僕が燃やされるってことは、シェリーは僕を拒絶するってことなの? そうだとしたら……ショックだな」
その時のユリウスの表情にハッと息を呑む。
ショックを受けた顔というより、不穏な空気を纏ってニヤリと笑っていたのだ。
「そ、それは……」
「君が僕を強く拒絶しなければいいんだろう? 君次第だよね?」
有無を言わさぬような態度がいつになく支配的で、違和感からシェリルは後退りをする。
「そう……なんだけど……」
「僕には君しかいない。君しか信じられる味方はいないんだ。ずっとそばにいてくれるって言ったじゃないか」
「う、うん……そうだけど……」
「あれは嘘だったの? 酷いよ、シェリー」
「嘘ではなかったんだけど……」
酷い、酷い……と手で顔を覆ってフフフッと笑うユリウスを見ていると自然と身震いが起き、恐怖から思わず「ごめんなさい」と謝罪が口を突いて出た。
「じゃあ、悪いと思うならシェリーがそばにいて?」
「そ……それは……」
「こうして君が一緒にいてくれるだけで僕は充分なんだよ。燃えるのが怖ければ、別に触れなければいいし抱きしめなければいいしキスをしなければいいし子を作らなければいい」
ニッコリと笑みを浮かべるユリウスのその言葉が胸に刺さる。
触れない・抱きしめない・キスをしない・子を作らない……?
「君に触れられなくても、僕は君を愛すよ。だから、ね? 大人しく僕と結婚して?」
そういって口元に弧を描くユリウスが不気味に映る。
この人は一体誰なのだろうと頭が混乱するほど、見たことのないユリウスの表情が恐ろしかった。