【11-04】
誰も巻き込まずに一人で呪いを解きたかったというエレーヌだが、結局どうにもできなかったようだ。
小鳥の体を借りているエレーヌが動ける範囲は限られていて、ルカニエルのそばか、ルカニエルの加護が働いている者――つまりシェリルのそばだけらしい。
翼が黒くなるにつれて動き回れなくなってきたルカニエル。それに従ってエレーヌも動ける範囲は狭くなっていったという。
『 “真に愛する者” ってすごく難しいのよ。人の心は目に見えないものだから判断が難しくて……私が上手く選べなくて、ルカニエルはどんどん傷ついて、聖女の結婚相手の男性も燃やされてしまったの』
チチチ、とキュイの声で小さく鳴くエレーヌが酷く痛ましく、シェリルはそっと青い羽を撫でた。
「エレーヌさんはそんなふうにずっと苦しんで闘ってきたのね」
『ルカニエルがそばにいてくれたから……。それに元は母が私にかけた呪いよ。私のせいだもの。本当は私だけが苦しむべきなのに、周りにばかり危害が加わって、私はただ見てるだけしかできないのよ。情けないわ。こんな地獄みたいな毎日、早く終わりに――……ごめんなさい。元凶の私が弱音を吐く資格はないのに……』
人の死を何度も目にし、次なる死が付き纏う長い長い日々。それはどんなに苦しかっただろう。
そして一人で苦しみを抱える辛さをシェリルは知っている。
「エレーヌさんのせいではないわ。お母様が呪いをかけたことは褒められることでは決してないけれど、きっとお母様もとてもお辛くて……『心に大きな怪我』をして、それを一人で必死に耐えていたから膿んで朽ちてしまったのよ」
「きっとそうよね?」と不安と共に言葉の主であるエリオンに目を向けると、エリオンは「そうだな」と返事をして眉尻を下げた。『心に大きな怪我』をした自分だって、エリオンが救ってくれなければ同じように膿んで朽ちてしまったかもしれない。
『ありがとう、シェリー。優しい子ね』
もはや誰が悪いとか悪くないとかそういうことではなく、とにかく負の連鎖と化している元凶の呪いを止める。それが事態を解決していく上で必須だということがわかった。
そしてもう一つわかったことがある。
「ねぇ、私が聖女になったということは、今マクロード家が狙ってるのって……」
シェリルが元々王子妃候補だったことから考えれば、自ずと予想がついた。
『そうね、恐らくルミナリアの玉座でしょうね』
長い年月を経て、領地どころか国に狙いを定めたマクロード家。今の当主はカルロ。彼を止めることも必須だ。
『マクロード家は魔力石によって大きな財力を得たことで、エーデルアルヴィアの闇市で取り引きされるという闇魔術にも手を染めているわ』
「闇魔術?」
『そう。エーデルアルヴィア国内であれば、使えば一生牢獄暮らしになる禁止魔術よ』
ただ “エーデルアルヴィア国内であれば” の話。そもそも魔術を使う習慣のないルミナリアでは、そんな決まりはないのだという。
『シェリー、危険なことに巻き込んでしまってごめんなさい。どうかお願い……ルカニエルを助けて』
ごめんね、ごめんね、と何度も謝るエレーヌの姿を見ていると、心の痛みがひしひしと伝わってくる。きっと優しいエレーヌもずっと苦しんできたのだ。
「私ね、崖から落ちた時、キュイの……エレーヌさんの声が聞こえて救われたの。それにいつもたくさん笑顔にしてもらっていたわ。だから今度は私がエレーヌさんを笑顔にする番よ」
『シェリー……ッ……』
チチチ、と鳴きながらスリスリと頬ずりするキュイの姿のエレーヌは、王女だとわかっていても、愛でずにはいられないかわいさだった。
『エレーヌの呪いを受け継ぎし者よ。 “真に愛する者” と結ばれ、我らの呪いを解け』
ルカニエルのずっしりと重い言葉が背中にのしかかるようだ。でもルカニエルには三度救われている。
13歳で封印と称するものを行った時に魔血石の餌食にならずに済んだ。
悪党たちに襲われそうになった時に呪いが発動したが、自分は焼かれずに済んだ。
崖の上から落ちた時に死なずに済んだ。
どれもルカニエルが助けてくれたのだ。
「うん……待ってて、ルカ。今度は私が助けるから」