【11-03】
『この聖女伝説をもとに、神の導きと称して聖女が選ばれるようになったの。わざわざ魔術で私の胸にあったものとそっくりな片翼の印まで浮かび上がらせてね』
そんなエレーヌの話に、シェリルにはまた疑問が湧いた。
「マクロード家は、何のために聖女伝説を作ったのかしら? 目的があったはずだわ」
『それは……最初の聖女に選ばれたのは、とある下級貴族の息女だったの。その子には婚約者がいて……小さな領地を所有する下級貴族の嫡男だったわ。マクロード家が狙いを定めた領地を所有する家の子息だったの』
シェリルは目をぱちくりさせて、頭を整理するように口を開いた。
「聖女が選ばれて、婚約をしている男女がいて……その男性の家の領地をマクロード家が狙ってる? それってつまり……?」
『嫡男の婚約者の女性を聖女に選んでそのポジションを空けさせて、そこには代わりにマクロード家の娘を入り込ませるの。その娘が嫁いで子を産めば……』
「あっ……」
マクロード家は領地欲しさにその領地の嫡男の婚約者を、神の導きなどという神官らしい理由を付けて聖女に仕立て上げ、舞台から引きずり下ろす。
そして自分の娘を代わりに嫁がせて領地の情報を得つつ、密かに領地に問題を発生させたり魔物の仕業として不可思議な現象を起こしたりして運営を失敗させ、その領地を金銭で買い取る。
それが仮に上手くいかなくとも、娘の子の代の頃には領地運営に少しばかりは口を出せるようになる。
用済みとなった聖女は魔血石の餌食として亡き者にし、また新たな領地を求めて聖女を同じように選ぶ。
そんなふうに聖女伝説を利用して何の罪もない人を犠牲にしながら、少しずつ、そして確実にマクロード家は領地を広げ地位を高めていったのだ。
『そんなの黙って見てはいられなくて……聖女に選ばれるのが心根の綺麗な子なら、心から愛する人と結ばれてくれるかもしれないと思って、私の呪いとルカニエルの加護を移したの。それで魔血石から命を守れて呪いも解ければ一石二鳥。そうやって上手くいけばよかったんだけど……』
「ずっと上手くいかなかったのね……」
『ええ。マクロード家が聖女に選ぶのは大抵が貴族の息女。魔血石から聖女の命は守れても、政略結婚だったから……心からの愛の上での結婚になんて巡り合える子はいなかったのよ』
貴族の結婚は家の利益のためであることが多く、息女は幼い頃からそう教育され、それを理の当然として受け入れている者が多かったのだ。
『でもそういう結婚だと相手への拒絶の気持ちが強く現れることが多くて、そうすると呪いが発動して相手の男性が焼かれてしまって……。それで次々とルカニエルの翼が黒くなっていくばかりで、かといって放っておけばルカニエルは天界に帰れないし、魔血石の犠牲になる子が増えるし……。いろいろやってはみたのだけれど、誰を守っても誰かが犠牲になるの。それで未だに私の母がかけた呪いは解けず、今となってはルカニエルの翼が残り1つになってしまったのよ』
エレーヌが死してもなお続く呪いの邪悪な力。なんて恐ろしい怨念と呪縛なのだろう。
そしてその境遇を利用して、人の命を奪いながら暗躍しようとしているマクロード家。
「エレーヌさんはこんなものをずっと抱えてたのね……」
煌びやかな生活をしていたはずの一国の王女としては、痛ましすぎる末路。
想像が及ばないほどの苦しみだろうと思うと、シェリルの胸は酷く痛んだ。