侍女と王女(父親の誓い)
皇帝陛下に別れを告げ、そして父親と一緒に馬車に乗って家に帰った。ロレアノは行動の予定をスタヴロスと相談するために残った。彼も数名のグリフォン騎士を率いてヒメラ領に向かい、フィドーラ殿下の救出を支援する予定だ。今は未定なので、出発後に具体的な計画を教えてくれるそうだ。
父親は馬車の中で一言も話さず、家に着くとすぐに私を会議室に連れて行った。ミハイルや母親も呼ばず、ただ黙って椅子に座り、私に向かいの椅子に座るように示した。片手で頬杖をつきながら、壁に掛けられた楽器と絵画をじっと見つめていた。
「セレーネー。俺はお前の家族を守ると誓った。神々が君の両親と兄を連れ去った。幸い、お前が残った。俺はその誓いを果たし続けられる。でも、今度はお前まで俺のもとを去ってしまうのか?」しばらくして、父親は少し痛ましげに言った。
「そんな誓いを立てたのですか?」私は驚いて尋ねた。もしそうなら、なぜ父親は軍を率いてリノス王国を攻撃したのか。皇帝陛下は他の誰かに任せても良かったはずだ。
「俺はリノスの貴族の家に生まれた。ある事件に巻き込まれて、仕方なく出て行くことになった。お前の両親とは幼少期からの知り合いだ。若い頃には、お前の父の侍衛も務めたことがある。でも、それはずっと昔のことだ。」父親はゆっくりと語った。
「では、なぜ帝国軍を率いて、リノス王国を攻撃したのですか?」我慢できずに、私はついに問いかけた。フィドーラ殿下が政治的な駒として皇帝に利用されているように、私は父親の誓いを果たすための道具に過ぎないのかもしれないと感じた。だから私をずっと檻の中に閉じ込めたのだろうか。ついそんなことを考えてしまった。
父親はしばらく沈黙し、やがてゆっくりと話し始めた。
「あの時、陛下にとって、リノス王国を帝国に併合するのは避けられないことだった。陛下と何度も話し合った結果、俺が軍を率いることで、リノスの損害を最小限に抑えることができると判断した。実はリノスの貴族や軍隊はほとんど損失を受けていない。お前の両親が計画に同意すると思っていたが、やがて拒んだ。結果的に俺は隠し通路から城を攻撃した。そしてお前の両親と兄の遺体しか見つけられなかった。だが、誓いを破るつもりはなかった。信じてほしい。」
「父親。私はもう覚悟しました。どう思おうと、父上と母上は戻ってこない。バシレイオス兄さんも。」私は悲しげに言った。もし私は運命の神であれば、愛する人々に最高の幸せの糸を授けることができると思った。
「セレーネー。お前は帝国のためにそこまで尽くす必要はない。お前はリノス王国の王女だ。忘れないでほしい。陛下とフィドーラ殿下にしか誓いを立てていない。そして陛下が亡くなった後、リノス王国の復国も可能だろう。ここに残ってくれ、俺がお前を守れる。もし誓いを破ると名誉を損なうと思うなら、俺が皇帝に話をしよう。」
「いや、父親。私は帝国のためではなく、フィドーラ殿下のためです。何があっても、彼女守ると誓いました。でも、それだけではありません。私は本当にフィドーラ殿下を愛していると思います。あの危険な場所に彼女を一人で残すなんて、私はできません。」私は首を振りながら言った。
「そうか。まさかそんなことになるとはな。どうやら、俺がお前を後継者に指名したのは間違いだったようだ。そうすればお前も帝都に来ることはなかったし、ルチャノという騎士にもならなかったのに。」父親は挫折したような表情を浮かべた。
「でももう遅いですよ、父親。」私は答えた。父上と母上、どうか私のわがままを許してください。
「本当はお前をリノス王国の復国の女王として育てたかったんだ。ここに残れば、皇帝が亡くなった後にお前を女王にする手助けもできる。セレーネー。自分のためではなくてもいい。リノスの民のことも考えてほしい。彼らはまだ本当に服従しておらず、ずっと復国の機会を待っている。王家の血を引くお前がいれば、リノスを一つにまとめる象徴になれる。」父親はさらに語った。そんなことがあったのか?私はまったく知らなかった。帰ってきたら、父親としっかり話をしなければ。彼の過去や考えについて。
「でも、父親。フィドーラ殿下を救出するのと矛盾はしません。後で他のことを考えれば?」私はそう答えた。
「危険すぎる。お前がコスティンに捕まれば、確実に殺されるだろう。」
「父親。私は侍女の姿で潜入するつもりです。しかも、彼らにとってルチャノは男性の騎士でしかありません。ルチャノではないと主張すれば十分です。それに、ヒメラ伯爵領の軍隊は最初にリノス王国に侵攻した帝国軍でした。リノス王国への復讐のためにも、私は行きます。」
「復讐のためなら、皇帝に討伐隊に加わるようお願いすることもできる。」
「そうしたらフィドーラ殿下が危険な状況に追い込まれてしまうでしょう?今の父親が父上と母上を守れなかったことを悔いているように、私もフィドーラ殿下を守れなかったことを後悔したくないです。」私は父親の目をまっすぐに見つめて、真剣に言った。たとえ私でも、譲れないことがあるのだ。
父親はしばらく黙り込み、見たこともない表情で私を見つめた。そして決心したように立ち上がった。呼び鈴を押し、コートを羽織り始めた。何をするつもりか分からないが、私も立ち上がった。
「ダミアノス様。」ミハイルがドアの向こうに現れた。
「馬車を用意してくれ。皇城に向かう。」父親は帽子を被りながら言った。
「父親?」少し緊張して尋ねた。父親は皇帝陛下を説得して、フィドーラ殿下の救出計画を中止させようとしているのだろうか?
「スタヴロスとロレアノの計画を詳しく聞きに行くつもりだ、セレーネー。この行動が危険であることに変わりはない。お前が生きて帰って来られるように、俺は尽くす。でも、お前も自分の命を簡単に捨てないと約束してくれ。」父親は私を見つめて言った。
「約束する、父親!」私は父親に飛びつき、しっかりと抱きしめた。涙が溢れてきた。失敗したらフィドーラ殿下だけでなく、父親にももう会えなくなるかもしれないと思うと、心が締め付けられるようだった。アドリア領地にも戻れず、リノス王国にも帰れないかもしれないと感じ、私は父親を抱きしめながら泣いた。
「よし。フィドーラ殿下を守ると誓ったのはお前だ。覚悟を決めたなら、引き返すんじゃないぞ。」父親は私の頭を撫でながら言った。
「わかったよ。父親。」暫くすると、私は力強く頷いて、涙を拭いて彼を離した。




