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サイドストーリー(狩りの記憶)

雪が降ったばかり。朝の森はいつもと変わらず静かだった。木に積もった雪が落ちて、柔らかい音を立てる。時折聞こえる鳥の鳴き声と私たちの馬のひづめの音以外、何の音もない。朝の陽光が松の木の冠を通して地面に射し、枯れ枝の霜が溶け始めていた。日差しが顔に当たり、私は目を細める。白い毛皮の外套は柔らかくて暖かく、積雪の中で姿を隠すのは最適だ。もしもコートの下に革の鎧を着ていなければもっと快適だっただろう。けれど仕方のないことだ。今は狩りという名の実戦訓練だからだ。


アドリア領地に来てから四年が経ち、ほぼこの生活に慣れた。毎年冬に都のキャラニへ行き、執事ミハイルの訓練で空飛ぶに代わる馬術と剣術の訓練を受ける以外、ここでの生活はかつてリノス王国にいたときとほとんど変わらない。毎日授業や読書をして、都にいる父親の代わりに「家事」と呼ばれる領地の運営を手伝い、そして各地で巡視する日々だ。アドリア領地はリノス王国よりもずっと小さいので、ほぼひと月あればすべての村や町を巡り、領内の美味しいものを食べ尽くすことができる。しかし、母親の愛があったとしても、本当の家族を失った悲しみを完全に埋めることは難しい。


ミハイルの訓練のおかげで、私は馬術や剣術、そして戦場で生き延びるための技を身につけた。ミハイルは狩りと称して私を城から追い出し、戦いの感覚に慣れさせようとしている。実際は森や草原に慣れさせ、戦いで敗れたときも逃げられるようにしているのだろう。だから今日は森に来ているのだ。私はもともとリノス王国の公女だ。王国がパニオン帝国に滅ぼされた時、父親に養子として迎えられた。


父親は帝国の大将軍ダミアノスで、もともとはリノス王家に仕える騎士だった。オーソドックス貴族による暗殺から逃れるため、父親は私を隠し子として世間に知らしめ、男の子として生き延びさせてくれた。この秘密を知っているのは領内でもごく一部の者だけだ。私にとって、男の身分は自分を閉じ込める鎖のように感じられる。天国にいる母上が私のこの姿を見れば、きっと悲鳴を上げながら私に家で閉じ込めようとするに違いない。乙女にあるまじきことだからだ。


「イリアスおじさん。この足跡を追えば、本当にイノシシが見つかるんですか?」私は小声で尋ねた。林間の小道を進んでおり、あたりは無数の足跡で覆われていた。これらはすべてイノシシのものだという。今年の冬は特にイノシシが多い。数日前、近くの村の穴ぐらに隠していたジャガイモがすべてイノシシに食べられてしまった。害獣の処理も領主の仕事だ。だからミハイルは領地の軍官であるイリアスに私を連れてイノシシを狩らせたのだ。


「大丈夫。俺は子供の頃から森で育ったんだ。この足跡は今朝方残されたものだってわかるさ。」イリアスは馬に乗りながら私と並んで進んだ。彼は若いころは勇敢で知られていて、我が領のイノシシに呼ばれた。もとは父親の従者で、多くの功績を立てた。現在は領地の騎兵隊の軍官に昇進し、任務をこなしている。


「たとえイリアスがイノシシの痕跡を見失っても、フェンリルの鼻は間違わないわ。そのときは私に任せて。」リリットが温かい焼き芋を食べながら言った。彼女は領地のウルフライダー部隊の責任者で、今日はフェンリルと一緒に私たちに同行している。数年前から彼女は私がウルフライダーに向いていると言い、彼女の部隊に勧誘している。フェンリルは馬よりも積載能力が低いため、ウルフライダーは小柄な女性だけで構成されている。フェンリルが愛らしいとは思うものの、私は「セレーネー」という公女と連想したくないため、断っている。


「おっと、昨日仕掛けた罠にまたウサギがかかってるぞ。よしよし。若様、なかなかやるな。」従者のアデリナが馬から降り、道端で凍りついたウサギを拾い上げた。これは昨日私が設置した罠だ。狩りについて言えば、私が得意なのはやはり罠を仕掛けることだ。


「でも、本当にイノシシを狩るのですか?力が強くて、素早く走るって聞いたけど。もし追われたらどうするの?」私は心配そうに言った。5歳のときから前世の記憶が少しずつ蘇り始めた。その世界では、勇敢な武将がイノシシに例えられることが多かった。この世界でも、イノシシもただ弓矢を持っているだけでは簡単に倒せる相手ではない。ここのイノシシは前世のものよりもずっと大きくて、皮も厚い。まるで高級な革鎧を着ているかのようだ。力も速度も、そして牙も十分に強いので、草原や森の中を疾走する重騎兵のようだ。だから、イノシシを狩るには通常罠を使うことが多い。貴族たちもイノシシ狩りを自分の勇気の象徴としている。


「心配する必要がありません、若様。私たちが守りますから。」後ろからハルトが声をかけてきた。彼とアデリナが「従者」と呼ばれるのはちょっと違う。帝国では、貴族の子供には15歳になるまで騎士の称号を与えないから、私はまだ正式な騎士ではない。そして、ハルトとアデリナは父親に仕えている。もし私が「檻の中の小鳥」なら、父親は「飼い主」、そしてハルトたちは「飼育係」だ。私の考えにはあまり関心がなく、ただ私が生き続けられればそれで良いと思っている。私はそう思う。


「まったく。イノシシをそんなに怖がるなんて。戦場に行ったらおもらしまでするよ。貴族のお嬢様じゃないんだから、いずれアデリア伯爵領を継ぐんだろ。もっと勇気を出せ。」アデリナが横で言った。私はむっとして口を尖らせながら彼女を見つめた。なんで私のことを知っているくせに、そんなことをわざと言うんだ!


「その通りだ、若様。たとえイノシシの群れが相手でも、俺たちが安全に撤退できるように援護するから。」イリアスがにっこりと笑い、白くて健康的な歯を見せて言った。今日はイリアスが10人の重騎兵を連れてきている。正直、ミハイルが強要された訓練はとても厳しいが、命の危険にはさらされない。飼い主がペットの小鳥を簡単に殺すことはしないのと同じだ。


「静かに。何かいる。」リリットが突然言った。彼女の下のフェンリルは、道の右前方の小山の背後に向かって歯をむき出しにし、低い唸り声を上げていた。ウルフライダーではないが、私にもわかる。探しているものは、きっとそこにいる。


イリアスは足を止めた。私は今回の狩りの名目上の指揮官だが、実際の指揮はイリアスが取っている。彼は静かに馬を降り、二人の兵士を連れて無音で小山に登り、その後戻ってきて私に報告した。


「間違いない、イノシシは向こうの谷にいる。」


皆の護衛のもと、私も馬から降りて小山に登った。山頂に到達する前に、強烈な動物の臭いが鼻を突き、その先にイノシシの群れが見えた。イノシシたちは前の小さな谷に集まり、まだ寝ているようだ。時折、

「ぶひぶひ」と音を立てながら寝返りをうっているのが見える。周囲を見渡すと、イノシシたちは寝転んでいるところは南向きの谷だ。両側の斜面は風を遮り、冬の陽光が南からだらりとイノシシに降り注いでいる。まるで私の家の暖炉の前で寝ているように見える。幸いにも今は風上にいて、イノシシたちは私たちに気づいていない。私はほっと息をついた。


「どうする?」私は低い声で尋ねた。罠を仕掛けることは得意だが、イノシシのような獰猛な動物にはどう対処すればいいのか。普段の訓練では、野鳥や鹿のような獲物を狙っているから、こういう野獣は怖い。イノシシとの戦いは、まるで重騎兵との戦いのようだ。


「慌てるな。戦いと同じだ。」イリアスは自信に満ちた声で言った。


イリアスは私と兵士たちを連れて馬で小山を登った。その物音に気づいたイノシシたちは、慌てて身を起こそうと押し合いへし合いし始めた。イリアスは弓を引き、最初の矢をイノシシの体に命中させた。その後、他の矢も次々とイノシシたちに向けられたが、致命傷を与えることはできなかった。イノシシたちは怒り狂い、イリアスに向かって突進してきた。


「逃げるぞ!」イリアスは笑いながら馬の向きを変え、私も後に続いて逃げ出した。イノシシはまさに敵を追いかける重騎兵のように、森を押し潰すような勢いで突進してきた。馬のひづめの音が鼓動のように響き、私の心臓の鼓動もそれに合わせて激しく高鳴った。もし馬から落ちれば、文字通りイノシシたちに踏みつぶされてしまうだろう。しかし、その恐怖が逆に私の心を興奮させていた。これが戦場の感覚なのだろうか?自分の命を賭けて他者の命を奪い合う、そんな生死をかけたゲームのようだ。


私たちは逃げながら振り返りつつ、イノシシに向けて矢を放った。ハルトとアデリナは私の後ろで、私が馬から落ちてもすぐに助け起こせるように待機している。この時ばかりは小柄な自分がありがたかった。従者たちが私を抱えながらでも、イノシシの追撃から逃れられるだろう。


やがて森を抜けて、平原に出た。ここは小麦畑だが、今は冬だから何も育っていない。ただ雪に覆われて、真っ白になっている。イリアスは部隊に指示を出し、全員が馬の向きを変え、森から出てきたイノシシたちに向き合った。


「戦士たちよ、今こそ技と勇気の見せ場じゃ!戦いの神が共にあらんことを!」イリアスは大声で祈りを捧げ、槍を掲げてイノシシたちに向かって突進した。他の重騎兵たちも続々と突撃を始めたが、彼らはイノシシに直接向かうのではなく、隊を二つに分けて側面から攻撃した。


「まずはこいつ!」イリアスは馬の速度を活かして槍をイノシシの体に突き刺し、そのまま馬を方向転換させてイノシシ群から離れた。まるで水面を掠めるように魚を掴み上げるミサゴのような動きだった。イリアスは見事にイノシシの首に槍を命中させ、引き抜くと同時に血が滝のように噴き出し、真っ白な地面が一瞬で赤く染まった。このまま血抜きが済んだが、ブラックプディングは作れないな。城の料理人は喜ぶだろうか、それとも怒るだろうか。


重騎兵たちも次々に槍をイノシシに突き刺していった。彼らはまるで闘牛士のように軽やかにイノシシに迫り、そして蜻蛉のように素早く離れていく。その熟練した動きを見ていると、これは騎兵が歩兵を攻撃する戦術そのものだと気づいた。これほどの技術は、一体どれだけ習得したものなのだろうか。


「若様、私たちも行こう!」リリットが待ちきれない様子で言った。イリアスたちの一斉攻撃が終わった後、まだ攻撃を受けていないイノシシが三頭だけ。他のイノシシは森に向かって逃げているか、地面に倒れている。この三頭は異なる方向に逃げようとしていた。イリアスたちは再び集結し、二度目の突撃の準備をしている。今手を出さなければ、確かに次の機会はなさそうだ。


「私も行く?」私は驚きながら尋ねた。


「もちろん。ミハイル様もそうおっしゃっていたでしょう?一番右のイノシシは私の獲物よ。」リリットは当然のように答え、フェンリルを急かして突撃した。


仕方なく、私も中央のイノシシに向かって突進した。アデリナとハルトも私の後に続いている。私は槍を掲げ、普段の練習のようにイノシシに向かって突進を始めた。イノシシも私に気づき、迷わずまっすぐに突進してきた。


私は馬の揺れに合わせてバランスを保ち、槍先をイノシシに向け続けた。イノシシはどんどん視界に大きくなり、ついに攻撃の範囲内に入った。私は槍をしっかりと握り、命中の手応えを待った。しかしイノシシは普段の練習に使う藁人形よりも低く、槍先はイノシシの背に浅い傷をつけただけで、突き刺さることはなかった。


驚きに包まれた瞬間、イノシシは馬の横腹に激突して、牙が馬の腹を切り裂いた。私はその衝撃で宙に放り出され、白い大地が目の前に迫ってきた。反射的に槍を手放し、背中から地面に落ちた。雪の中で何度も転がり、ようやく止まった。受け身だけは順調だ。骨は折れていないようだが、全身が痛み、手足に力が入らない。もうこのまま起き上がりたくない気持ちだったが、近くでうめき声を上げているイノシシが現実に引き戻してくれた。ここで倒れれば、次は私がイノシシのように血を流して死を待つことになる。そんなのは嫌だ!母上に「生きる」と誓ったんだから。私は母上が残してくれた紅い宝石のペンダントを握りしめ、自分に起き上がるよう言い聞かせた。


背に傷を負ったイノシシが再びこちらに向かって突進してくる。たとえ死ぬにしても、地面に伏したまま鼠のように終わるわけにはいかない。私は全身の痛みが和らいでいくのを感じ、再び力が湧いてきた。そして立ち上がり、剣を抜いて構え、イノシシを見据えた。たとえ吹き飛ばされるとしても、イノシシに致命傷を与えてやる。これが私からの贈り物だ。


「若様!」ハルトの声が聞こえた。同時に側面から馬で突進してくる彼の姿が視界に入った。彼の槍はイノシシの腹に突き刺さり、地面に深々と差し込まれた。イノシシはなおも前進し、槍の柄が折れるほどだったが、力尽きて地面に倒れ込み、もがきながら息絶えた。ほぼ同時に、私は後ろから皮鎧を掴まれ、まるで小犬の首根っこを持ち上げるように引き上げられた。アデリナが私を抱え、馬の鞍の前に座らせてくれた。


「助けに来ないかと思った。」私は小声で言った。


「まったく、何を言ってるの?そんなわけじゃないの。」アデリナは少し不満げに答えた。


こうして、私の初めてのイノシシ狩りが終わった。数頭のイノシシはジャガイモを食べ尽くされた村に運ばれ、食べられた食料の代わりとなった。他のイノシシは村から借りたソリに乗せて城まで運ばれた。私自身はイノシシを直接仕留めることはなかったが、収穫は大きかった。昼食は豚肉の煮込みで、私はそれをひどく食べた。私の敵は、結局私の成長の糧となる。今日二つの意味でそのことを実感した。


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