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北方の戦争(月の下の戦い)

先日の雨のせいか、午後に井戸から水を掘り出した。予想よりやや早い。遠くのパイコ人は攻撃を仕掛けず、ただ黙々と拒馬と土塁を築いていた。でも油断できない。彼らはきっと次の攻撃の準備をしているに違いない。多くのパイコ人が森を行き来しているのも見える。どうやら森の中にもまだパイコ人が潜んでいるようだ。


夕方になると、籠城から初めての温かい食事を作った。今日の料理はシチューだ。塩漬け豚肉を小さく切り、脂身を鉄鍋で炒めて油を出す。そしてこの油でジャガイモとニンジンを炒め、さらに赤身肉と炒めた脂身を加え、水とオーツ麦を入れて煮込む。スープには塩漬け豚肉の香りが染み込み、食欲をそそる。私はパンで木の皿をきれいに拭き取った。また、これは戦闘中であり行軍中ではないため、酒も許された。兵士たちにはビールが一杯ずつ配られた。私は自分の分をアデリナに渡し、シルヴィアーナも私の注目で自分の分をハルトに渡した。


だんだん暗くなってきた。月がないため、銀河が美しく、北極星が領地にいた時よりも高く見えた。北に向かって何日も歩いてきたのだから当然だ。皿を洗い終えると、ラザルとソティリオスが近づいてきた。ソティリオスは明らかに顔色が悪く、私を見るなり急いで言った。「ルチャノさん。デリハが裏切り者だとは全く知らなかったんです。あの卑劣なパイコ人が私を十年以上も騙していたなんて。」


「気にしないでください。皆知らなかったのだから。ダシアン様もデリハを信頼していたようです。」と私は言った。


「若様、この応対は正しいです。今はこの宿営地を守り、ダミアノス様の到着を待つことが最優先です。味方同士で争っている場合ではありません。一緒に今夜の襲撃を警戒しよう。」とラザルが私に言った。


「そうだ。午後に攻撃がなかったから、夜になってから襲撃してくるかもしれないと考えていた。」と私は言った。父親の場所からここまで馬車で二日、騎兵なら森を通れば半日、南の麓で迂回しても一日で来られる。父親が三日間耐えろと言ったのは、その間に何かをする計画があるからだろう。パイコ人の主力部隊を破るか、それども別の策があるのか。パイコ人がこの補給隊を攻撃するのを選択したから、逆に父親に彼を簡単に破るチャンスを与えたと思う。いずれにせよ、パイコ人も早くこの宿営地を落とす必要がある。私たちが運んでいるのは兵糧そのもので、デリハはきっと単に兵糧攻めで勝てないのをよく知っている。


「騎兵たちには今夜三交代で待機させます。御者も警戒と命じられました。警報用の罠もすぐに設置します。若様は安心して休んでください」とラザルが言った。


「いや、夜明け前が一番危険だ。私は今から休む。ハルト、夜中の鐘の時に起こしてくれ。ラザル、前半の夜は君に任せる。私が起きたら休んでください。」と私は言った。


「了解しました」とハルトが答えた。


「ハハ、若い頃、ダミアノス様と一緒に戦場に赴くとき、三日間寝ないのも普通でした。この程度は朝飯前です。」とラザルは目を細めて笑った。


「でも今は年を取っただろう。おやすみ。」と私はラザルに手を振って掩体壕に潜り込んだ。風呂に入りたいなと思ったが、我慢することしかない。ハルトとアデリナも順番に休息を取った。


今夜もよく眠れず、うつらうつらとしているうちに昔のことを思い出していた。姫と騎士の影がぶつかり合い、泡のように弾けて消えた。ここが私の死地になるのか?私はいつも自分がベッドで死ぬか、絞首台かギロチンで死ぬと思っていた。昼間にウルフライダーを救った時は緊急事態でそんなことは感じなかったが、パニオン帝国のために異民族の槍で死ぬのはとてもアイロニカルではないか。


ハルトは時間通りに私を起こした。アデリナはまだ同じ掩体壕で寝ており、シルヴィアーナは隣の掩体壕に寝ている。アデリナは子供のように深い眠りについており、寝言も言っていた。薄霧がまた現れ、月がない夜で森の端さえ見えなかった。宿営地には至る所に焚き火と松明が灯され、兵士たちは三々五々に集まり、食事をしたり、小声で歌を歌ったりしていた。私は耳を澄ませた。これは戦闘の合間に歌う祝杯の歌で、戦場のあっけない死亡と過去の記憶を詠んでいた。しかし酒はもう飲み尽くされているはずだ。ハルトは私にビスケットを二枚差し出し、私はそれを口に入れて嚼みながら馬車の城壁に登った。


「ラザル、お疲れさま。今はどうだった?休んでください。あとは私が警戒する。」と私はラザルに言った。宿営地の中央で待機している兵士たちとは違い、馬車の城壁や岩壁の上で警備に当たっている兵士たちはパイコ人を注意深く警戒していた。御者たちも警戒任務を与えられ、宿営地の周囲を巡回していた。


「今まで全く動きがなかったが、パイコ人はこれから攻撃を仕掛ける可能性が高いと思います。私はここに残ります。」とラザルが言った。


「では君に任せる。夜明けにはしっかり休んでください。私は宿営地を巡る。」と私は言いながら、ハルトを連れて馬車を降りた。


「おお、ルチャノ様。こんな夜更けに宿営地を巡視ですか」と二人の女性が私の前に現れた。彼女たちは領地のウルフライダーだと覚えだ。


「そうだ。私は今起きたばかりだ。ご苦労だった。君たちは待機中か?」と私は言った。


「ええ。でももうすぐ休憩の時間です。今朝は本当にありがとうございました。パイコ人の騎兵に追われた時は、もう帰れないかと思いました。」と一人のウルフライダーが言った。


「それは私の務めだ。君たちを領地から連れ出した以上、全員無事に連れ帰るようを尽くします。」と私は言った。


「わあ、本当に素敵ですね!ルチャノ様は領地にいる時はいつも自分の部屋に籠っていて、馬術と槍術の訓練の時だけしかお会いできません。冬に帝都に行く時以外は領地を離れることもなく、カルサで楽しむこともない。伯爵様と奥様が過保護なのでは?」ともう一人のウルフライダーが言った。


「いや、それは私自身の望みだ。私は元々孤児院にいた隠し子で、子供の頃貴族としての教育を受けていなかったのだから。」と私は言った。


「私はそうは思いません。ルチャノ様の作法は完全に貴族そのものです。」と前のウルフライダーが言った。ええ、本当ですか?


「それよりも、領地の誰かルチャノ様に可愛がる噂も一度聞いたことはありません。アナスタシア様やミハイル様がとても厳しいとは思いませんか?今ルチャノ様はこの部隊の指揮官なのだから、私たちと試してみませんか?」ともう一人のウルフライダーが目を輝かせて言った。私たちの領地のウルフライダーは本当に昼も夜もウルフのようだ。


「私とも試してみませんか?一緒にどうですか?アドリア領まで生きて帰れるかどうか分かりませんからね」と先ほどのウルフライダーも言った。


「こん。邪魔をしないでください。ルチャノ様はこれから宿営地を巡視しなければなりません。」とハルトが私の前に立ち塞がった。


「すみません、ハルト様を忘れていました。ハルト様も一緒にどうですか?領地にはハルト様と結婚したい少女がたくさんいますよ」とウルフライダーが言った。ハルトは困惑しながらも私の前に立ちはだかった。


「すみません、敵がいつ襲撃してくるか分からないので、そんな気分ではない。それに、こういうことは禁止されてはいませんが、控えるべきだと思う。敵がいつ襲撃してくるか分かりません。今夜は月がなく霧もあり、夜襲には最適だと思う。」と私は言った。


「つまらないわね。どうかご武運を、ルチャノ様。ああ、もし背の高い女性が好みなら、あちらに軽騎兵のお姉さんたちがいますよ」と先ほどのウルフライダーは指差してから焚き火のそばに戻っていった。

私は一息つき、ハルトを連れて巡視を続けた。


「ハルト、まだビスケットと水はあるか?」と私は尋ねた。


「こちらに、若様」とハルトはビスケットと水筒を差し出した。


「ハルトはまだ腹が減っているのか?」と私は尋ねた。この時間になると空腹になるだろう。


「私は大丈夫です。食事をしたばかりです。ご心配ありがとうございます。先ほどのウルフライダーのことをラザル様やミハイル様に通報しますか?」とハルトが尋ねた。


「いや、必要ない。彼女たちには悪意はない。それに、報告すれば私が男同士が好みだという噂が立つかもしれない。それにしても、公な場合じゃないなら、そんなにかたい言い方はやめようよ。アデリナのようでいいんだ。私は孤児院出身の隠し子だから、正式な貴族として扱わなくていい」と私は言った。


「すみません。ダミアノス様が若様を託されたので、私は若様を若様として見ています。」とハルトは言った。やれやれ。


私は岩壁の端まで登った。ここにはまだ兵士と御者が警戒していた。待機中の兵士たちの歌声とキリギリスの鳴き声が遠くから聞こえてきた。ここには馬車の壁がなく、いくつかのテントがあるだけだった。月がないが霧があったため、地面は真っ暗だった。でもあと一刻ほどで月が昇るようで、視界も良くなるだろう。


「ハルト、君はどんなタイプの女性が好きなんだ?」と私は尋ねた。


「考えたことがありません。ダミアノス様が孤児院から私を育ててくださったので、生涯をかけて彼に忠誠を尽くすつもりです」とハルトが言った。


「父親は君に結婚してほしいと思っているはずだ。彼は君が彼のために一生独身でいることを望んではいない」と私は言った。


「若様!」ハルトは突然私を押し倒し、しゃがみ込ませた。私は驚いて、同時に遠くから石と金属がぶつかる音が聞こえた。


「誰かが警報を鳴らしたな」と私は隣の哨兵に言った。しかし、今は霧が立ち込め、月もないため、何が起こっているのか全く見えなかった。


突然、矢が空を切る音が聞こえた。敵襲だ!私は叫ぼうとしたが、近くで哨兵が鐘を鳴らす音が聞こえた。ハルトは盾を上げて私を守った。


矢の雨がすぐに降り注いできたが、私たちの近くにはあまり落ちていなかった。でも火の周りにいた哨兵たちにとっては災難だった。騎兵たちは鎧を着けていたため、ほとんど無傷だったが、何人かの御者が多くの矢に当たり、苦しみながら倒れた。


宿営地内は大混乱に陥った。待機していた兵士たちは次々と火の周りから立ち上がり、戦闘準備を整えた。掩体壕の中の兵士たちも目を覚ました。岩壁下からは矢が次々と飛んできて、矢の弾道から見ると敵はかなり近づいているようだった。


「警戒を怠らず、傷者を救助せよ!」と私は叫んだ。騎兵たちは矢に当たった御者たちを掩体壕に運び、他の騎兵たちは岩壁近くに集まった。どうやら矢が飛んできたのはこの場所だけのようだ。しかし、デリハが岩壁から攻撃するだろうか?


「ハルト、急げ!」私は馬車の方へ走った。兵士たちはまだ岩壁の方へ走っていた。デリハが私たちの注意を岩壁に引きつけ、その間に馬車を奇襲しようとしているのかもしれない。それを確かめなければならない。


ハルトは私の後ろに続いた。起きたばかりのシルヴィアーナとアデリナも私たちに加わった。私はシルヴィアーナを掩体壕に戻すように命じたが、彼女は断った。宿営地は広くないため、すぐに門の近くに到着した。ここにも多くの兵士が立っており、ラザルが指揮して防御を整えていた。やはりラザルだ。


「若様、パイコ人の襲撃が始まりそうです」とラザルは霧を見つめながら言った。


「そうだな」と私は答え、馬車に登って森の方を見つめた。


「若様も彼らがこちらから来ると思いますか?」とラザルが言った。


「岩壁は登りにくく、普段の防御も少ない。デリハは私たちの宿営地の構造を知っており、私たちを引きつけてからここを突撃するつもりだろう」と私は言った。


「私もそう思います。でも岩壁の防御も万全にする必要があります。来るぞ」とラザルは森の方を見つめながら言った。


私もその方向に注意を集中させた。最初は何も異常はなかったが、背後から弓の音しかなんにも聞こえてきた。岩壁の方で私たちの騎兵が敵のアーチャーと交戦しているようだった。でも次々と影が斜面の霧の中から現れ、まるで洪水のように押し寄せてきた。彼らは全く音を立てず、足音だけがかすかに聞こえた。幽霊のように、黒衣を着て様々な武器を手にして無音で近づいてきた。


「敵襲だ!」ラザルがまず叫んだ。パイコの兵士たちはもうすぐ近くまで来ていた。私は急いで弓を引き、一つの影に向かって矢を放った。その影は軽く叫び、少し動いた後、静かに倒れた。まるでスイッチが入ったかのように、パイコ人たちは突然恐ろしい喊声を上げ、静かな夜に響き渡った。私の周りの兵士たちも次々と矢を放ったが、パイコ人たちは盾を構え、矢が木の板に当たる音がした。影は私たちに向かって押し寄せてきた。


霧の中から現れたパイコ人たちはすぐに壕に到達した。彼らは簡易な梯を持ち、直接馬車に架けてきた。先頭の兵士は木盾を手に梯を駆け上がり、後続の兵士も続いた。私たちの兵士は槍と弓矢で側面から攻撃したが、パイコ人は死を恐れず次々と梯子を登ってきた。先頭のパイコ人は盾で前方の騎兵を押しのけ、馬車に飛び乗った。彼はすぐに側面の騎兵に槍で腹を刺され倒れたが、後続の兵士たちは次々と馬車に飛び乗ってきた。


「近接戦の準備を!そして岩壁の兵士を呼び戻せ!」ラザルは槍を振り上げ、周囲の兵士たちを率いて突撃した。私も剣を抜き、アデリナとハルトも槍を手に取った。シルヴィアーナまでもが匕首を抜いていた。私は彼女に馬車の下に隠れるよう命じた。


パイコ人が侵入してきた場所は一箇所だけではなく、各所で激しい戦闘が繰り広げられていた。私は従者たちを率いてラザルの背後の戦場へ突撃した。そこには明らかに多くのパイコ人がいた。馬車から飛び降りて宿営地内に突入してきた者もいた。


「戦いの神よ、あなたの庇護を願います!」と私は古典語で叫び、剣を持ち上げて軽騎兵と戦っていたパイコ兵士に突き刺した。彼の顔はいくつかの色で意味不明な模様が描かれ、火の光で不気味に輝いていた。ハルトとアデリナも戦闘に加わった。本来、戦場では槍が有利だが、私は力が足りず、軍用標準槍をろくに使えなかった。そのため、徒歩で戦闘する際は剣を優先して使うことにしている。


あの軽騎兵はそのパイコ人に押されていた。パイコ人は剣で軽騎兵の盾を激しく打ちつけ、私の声を聞いて初めて振り向いた。その瞬間、私の剣は彼の喉を貫いた。剣を引き抜きと、血が四方に噴き出し、軽騎兵とその盾を赤く染めた。パイコ兵士は息を切らしながら倒れた。


「ありがとうございます、ルチャノ様」と軽騎兵は盾を持たない手で顔を拭いながら言った。


「生き延びるんだ!」と私は言った。アデリナとハルトは既に私の前に進み、数人のパイコ兵士を槍で倒していた。私は彼らの後に続いた。


月が上がり、戦場が明るくなった。月の女神に感謝します!そして戦の神にも!私は同名の女神を呼びながら、神々が今日は私たちの側にいることを感じた。私はアデリナとハルトと肩を並べて戦い、互いの背中を守った。しかし、宿営地内の状況はよくない。たくさんのパイコ兵士たちは宿営地内で侵入していた。ウルフライダーとペーガソスライダーも戦闘に加わり、御者たちにも犠牲者が出ていた。


岩壁の兵士たちも戦闘に加わったが、状況は良くなかった。多くの場所が突破されていた。今夜の視界は昼間よりも悪く、弓の優勢を発揮できなかった。パイコ人は準備をして、基本的な攻城道具も用意していた。本当に守りきれるのか?不安がよぎった。


「放せ!」とシルヴィアーナの声が聞こえた。振り返ると、シルヴィアーナは馬車の横で仰向けに倒れ、パイコ兵士に胸を踏まれていた。彼女のそばには折れた短弓が転がり、数体の矢の刺さった死体があった。そのパイコ兵士はシルヴィアーナに槍を突き立てようとしていた。


「シルヴィアーナ!」と私は叫び、反射的に剣を投げた。剣を投げるのはリノスの剣舞の定番で、私は幼少の頃から得意だった。母上は剣舞を教えてくれる時、戦闘中に剣を手放すべきではなく、敵も立ち止まって剣を投げさせてはくれないと言っていた。それは宴会で客を喜ばせるだけの技で、実戦ではほとんど役に立たない。しかし、今はその技を習得していたことに感謝している。


私の剣は真っ直ぐパイコ兵士の胸に刺さった。彼は何が起きたのか理解せず、迷惑そうな目で私を見つめた。私は剣を投げた瞬間に馬車から飛び降り、左手の盾でそのパイコ兵士をぶつけた。彼は槍を私に突き立てようとしたが、右手がろくに動きなかった。


シルヴィアーナはその隙に横に転がった。私はパイコ兵士にぶつかりながら剣を横に引き抜き、傷口を広げた。パイコ兵士は胸を押さえて倒れ、私は二度と剣を振り下ろして彼を仕留めた。アデリナとハルトも駆けつけ、数名の重騎兵が私の周囲を警戒した。


「ルチャノ兄さん!」とシルヴィアーナは泣きながら私の腰に抱きついた。


「怖がるな。馬車の下も安全ではない。私の後ろについて来い」と私はシルヴィアーナの頭を撫でながら言った。シルヴィアーナは頷き、匕首と槍を拾い上げた。手袋には血がべっとりとついており、シルヴィアーナの髪にも血がついていた。血染めの髪は月明かりと炎の光で不気味に輝いていた。私はシルヴィアーナの髪を自分と同じ色に染めてしまったことに気づいた。シルヴィアーナの安全確保も私の誓いだ。今回は間に合ったことに心から神々を感謝した。


「ルチャノ様、ラザル様が私たちにルチャノ様を守るよう命じました」と重騎兵の隊長が言った。彼は昼間の出撃で私に付き従った騎兵隊の一人だった。


「ご苦労だった」と私は頷いて言った。


私は周囲を見渡した。戦場の形勢は少し好転しているように見えた。ラザルはもはや近接戦には参加せず、私たちの兵士たちを指揮して宿営地に侵入したパイコ人を掃討し、馬車の城壁の防御を強化していた。多くの兵士が傷を負っていたが、軽傷の者は戦い続け、重傷の者は掩体壕に運ばれた。地面には無数の死体が転がっており、少なくとも領地の兵士が含まれていないことを祈った。私は彼らをできるだけ家に連れて帰ると約束したのだから。


「ルチャノ兄さん、見て!」シルヴィアーナが近くのパイコ歩兵たちを指さして言った。数人のウルフライダーとペーガソスライダーがすでにあのパイコ歩兵たちに包囲されていた。


私は弓を取り出し、一人のパイコ歩兵の頭を狙って矢を放った。矢は貫通せず、「カーン」という音を立てて横に弾かれた。その兵士が振り向いたところで、デリハだと気づいた。彼は黒い衣装を着ており、その下に鎖帷子を纏っていた。頭には黒く塗られたヘルメットを被っており、おそらく夜襲で姿を隠すためだった。そのため、遠くからはヘルメットを被っているとは分からなかった。彼は昼間と同じハルバードを持ち、その槍先から血が滴っていた。


「ルチャノ。」とデリハは私を見つめ、憎しみを込めた声で言った。彼の周りの兵士たちも半数は振り向いた。ウルフライダーの一人がその隙を突いてパイコ兵を倒し、仲間たちと共に逃げ出した。


「なぜ帝国を裏切ったんだ?」私は尋ねた。


「北方の民は自由を求める。しかし、我々の同胞は大半帝国では豚のように飼われている。他の民も番犬のようだ。俺はここに立っているのは、ルシダを含む北方の民に真の自由をもたらすためだ!」デリハは高らかに叫び、周囲のパイコ人たちが歓声を上げた。


「なぜ皇帝陛下に従わないのか。皇帝陛下は既に自治権をあなたたちに与えている。話し合いで解決できるはずだ。殺し合う必要はない。」と私は言葉を探しながら言った。正直、私は自分でも信じていなかったが、もし対話で解決できるなら戦う必要はなかった。


「うるさい。ここにいる以上、生きて帰るつもりはない。まずはこの帝国の番犬の血でルシダの先祖に捧げる!」デリハは言い終えると、ハルバードを持って私に向かって突進してきた。彼の周りのパイコ兵士たちも続いた。私は弓を下ろし、剣を抜いて従者と重騎兵たちと共に突進した。


デリハの目標は明らかに私だったが、アデリナが先に彼と交戦した。アデリナはデリハより高いし、鎧も優れており、戦闘の中で徐々にデリハを圧倒した。私は他のパイコ兵士たちと戦い始めた。デリハの側近のパイコ兵士たちは、これまでの敵とは違い、鎧はなかったが、武器と戦闘技術はアドリア領の兵士と同等だった。しかし、私はミハイルによって厳しい訓練されており、鎧を着ていたため、普通のパイコ兵士との戦いでは優位に立っていた。パイコ兵士たちは数で上回っていたが、私たちは集団戦闘の技術を訓練しており、パイコ兵士たちは主に個別の戦闘に依存していたため、次第に私たちが優勢になっていった。


「デリハ様!」数名のパイコ兵士が叫んだ。彼らは他の軽騎兵と戦っていたが、デリハが窮地に立たされているのを見て、後方の敵を無視して突進してきた。二人は戦線を離れた際に殺されたが、私たちの陣形は他のパイコ兵士に乱れた。まずい!一人のパイコ兵士が槍を私に突き立ててきたので、私は横に飛び退いた。


私たちの兵士たちは優秀で、この状況でも三四人のグループに分かれ、互いに背中を守りながら戦った。アデリナとハルトも近づこうとしたが、パイコ兵士に阻まれていた。私はどうやら一人だけ取り残されていた。デリハは「ルチャノ、お前の命は私のものだ!」と叫びながら突進してきた。彼は他のパイコ兵士が近づくのを制止した。


私はデリハと向かい合った。彼はハルバードを持ち、獲物を狙うように私を見つめていた。私もヘルメットの隙間から彼を見つめ返した。もしデリハと他の兵士たちが一斉に襲いかかってきたら、私は逃げるしかなかった。しかし、彼は私の小柄な体格と若さを見て軽視し、一対一で決着をつけるつもりのようだった。


「まさか死ぬ間際に帝国大将軍の一人息子を道連れにできるとは、俺は損をしないな」とデリハは笑って言った。


「ふん、お前が私を殺せるとでも思っているのか?」と私はデリハに挑発された。私はパイコの兵士に道連れにされる気はなかった。もし選択できるなら、リノスの都ヤスモスに葬られたい。六年前、私はただ母上に下水道に隠されたが、今の私は運命に立ち向かい、戦う覚悟ができていた。


「先祖よ、見守り給え!」デリハはハルバードを振り上げて私に襲いかかってきた。私は反射的に後ろに跳び退いた。左手には盾を持っていたが、その力で盾を防いでも腕が骨折りそうだった。デリハは私よりも少し背が高く、力は遥かに強かった。彼は大剣を振るうようにハルバードを自在に操り、時折槍先で突きを繰り出してきた。彼の動きは一切無駄がなく、私は後ろに下がり続けながら距離を保とうとしたが、鎧の隙間に何度も槍先が当たり、かろうじて傷を免れた。しかし、次第に私は馬車のそばに追い詰められ、もう後ろに下がる余地はなかった。


「ハハハ、お前の逃げ場はもうない!」デリハは狂気じみた笑みを浮かべ、さらに力を込めてハルバードを振り下ろしてきた。今だ!私は剣を持ち上げ、素早く前に踏み込んでデリハとの距離を縮めた。ハルバードの柄が私の左肩に当たった。痛い!鎧を着ていても痛みが伝わってくる。しかし、斧の部分ではなく柄に当たっただけでよかった。私は踏みとどまり、痛みに耐えてハルバードの柄を掴み、剣をデリハに突き刺した。


デリハはハルバードを手放し、素早く後ろに退いた。私は彼の左胸を狙っていたが、彼が退いたため、剣は腹部にしか届かなかった。鋭い剣先が黒衣を突き破り、鎖帷子の輪を裂き、デリハの腹に突き刺さった。それは豚肉での練習で感じた感触に似ていた。私は右に剣を振り、剣身が鎖帷子を引いてデリハの腹に大きな傷口を作った。続いて後ろに跳び退き、デリハとの距離を取った。


私は右手で左肩の痛む箇所を押さえながら、デリハが自分の剣を引き抜いて立ち上がるのを見た。彼の腹部の傷口は鎖帷子と黒衣に隠れていた。でも黒い液体が傷口から絶え間なく流れ出し、黒衣を浸し、地面に滴り落ちていた。黒衣が濡れている部分を見ると、傷口は手のひらほどの長さがあるようだった。デリハは突然震え、傷口の鎖帷子が盛り上がった。内臓が傷口から出してきたのだろう。これはすでに致命傷だったが、デリハはまだ動けた。


「デリハ様!」後ろでデリハを見守っていた数名のパイコ兵士が驚いて駆け寄ってきた。


「私が死ぬまで手を出すな!」デリハは左手で内臓を腹に押し戻し、まるで無傷かのような速さで私に突進してきた。私は足を駆け出し、逃げる一方で振り返って彼の動きを確認した。デリハはもうすぐ死んだ。だから私に一撃を与えられれば彼にとっては勝利だ。でも私にとって、たとえ軽傷でも敗北だ。私が逃げ切れれば、デリハは追いつけないだろうから、逃げるのが最善の選択だった。ラザルが昼間教えてくれたように、こういう状況では追撃せずに逃げるべきだ。私は愚かではない。


「逃げるなんで、騎士としての誇りはないのか?お前の名誉はどこだ!」デリハは私の背後で叫んだ。私は振り向かずに走り続けた。


デリハは数歩走るとスピードが落ち、大声で叫びながら剣を投げつけた。しかし、それは全く狙いが定まらず、私から遠く離れた場所に落ちた。デリハはその場に崩れ落ち、まるで重傷を受けた鹿のように地面に倒れ込んだ。私は一息ついて立ち止まり、突然右のふくらはぎの痛みを感じてひざまずいた。そして太股にも痛みを感じた。私は周囲を見渡し、馬車のそばにパイコ兵士が弓を持っているのを見つけた。その兵士は矢を射続けていた。三本目の矢は鎧に当たって貫通しなかった。


「死ね!」シルヴィアーナがパイコ兵士に飛びかかり、匕首をその兵士の首に突き刺した。その兵士は倒れ、四本目の矢はどこかへ飛んでいった。


私は右脚を見下ろし、太股とふくらはぎにそれぞれ一本の矢が刺さっているのを確認した。それは先ほどのパイコ兵士が放ったものだった。近距離では鎖帷子も矢を防げなかった。本当に痛い、左肩の痛み以上だ。私は冷や汗をかき、折れた槍を支えにして立ち上がった。


「若様!」アデリナが叫びながら駆け寄ってきた。後ろにはハルトが続いていた。彼らの背後を見ると、パイコ兵士の戦線は崩壊しており、四散して逃げていた。味方の兵士たちは宿営地内の残りのパイコ兵を掃討していた。私たちの勝利だ。


「まったく、ひどい傷じゃないの!ハルト、シルヴィアーナ、私を援護しろ!」とアデリナは文句を言いながら、私を抱え上げて掩体壕に向かって走り出した。


「アデリナ、痛い」と私は叫んだ。アデリナは歩調を緩めたが、止まらなかった。


「若様!」ラザルも駆け寄ってきた。彼は私の脚を見て眉をひそめた。


「ラザル、状況はどうだ」と私は痛みを堪えて尋ねた。


「ほぼ終わった。若様がデリハを倒してくれたおかげで、多くのパイコ人が逃げ、残りを掃討している。若様は休んで、残りは私たちに任せてください。従者たち、お前の騎士を守れ。」とラザルは言った。


「了解しました」とハルトは答えた。


「言わなくでも。」とアデリナも言った。


アデリナは私を掩体壕に抱えて入った。傷の痛みが増し、私は目を閉じて痛みに耐えながら横になった。宿営地内には血の匂いが漂い、腐り始めた死体の臭いもかすかに感じられた。私はここで死ぬのだろうか?


外の喧騒は次第に収まり、再び虫の鳴き声が聞こえ始めた。シルヴィアーナは私の頭を抱き、無言で泣いていた。しばらくすると、急ぎ足の足音が近づいてきた。続いてラザルの声が響いた。「若様、宿営地内のパイコ人は全滅しました。我々は守りきりました」


「よくやった。ご苦労だった。私たちの損害はどうだ?」私は痛みに耐えて尋ね、シルヴィアーナから身を起こした。


「御者の損害は大きいです。ソティリオスが詳細を整理しています。しかし兵士の損害は少なく、戦死者は一人もいません。ただし、多くの者が負傷しました」とラザルは言った。


「それは良い知らせだ」と私は言った。


「若様がアドリア領で最も重傷を負った者です。若様を守れなかった私の責任です」とラザルは頭を下げて言った。


「それはむしろ幸運なことだ。これほど激しい戦闘で、皆を領地に連れて帰れるとは思わなかった」と私は言った。


「まずは休息を取ってください。後で傷の処置をします」とラザルは言った。


「ラザル様。ダミアノス様の指示で、ルチャノ様の傷は私たちが処置することになっています。私たちはアドリアの教会で修行を受けました」とハルトが言った。


「それならば、君たちに任せます。失礼します」とラザルは言って出て行った。


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