騒がしい新年(新年の狩り)
新年前の議会がようやく終わった。今からは一連のイベントだ。今日は狩りの日だ。皇帝陛下が皇族や貴族たちを引き連れ、皇城の南門に近い演習場に集まった。今は華やかな大きなテントに座って、親衛隊の兵士たちが獲物を森から追い出すのを待っている。テントは近衛軍団本部の城の南にある湖の南側に設置されている。北は湖、南は森。森と湖の間には広大な空き地が広がって、夏にいると水辺の草地になる。獲物がここにいると逃げないため、ここに選びだろう。私は衛兵たちと共にテント周辺で警備についていた。
皇室は毎年数回狩りに行っているが、これは運動や娯楽だけでなく、皇帝陛下と貴族相互の親睦を図る社交場でもある。さらに、狩りは軍隊を訓練して点検する絶好の機会で、貴族たちに近衛軍団の力を示し、不忠な貴族たちを威嚇する役割も期待している。まさに一石多鳥だ。
リノス王国にいたとき、私は狩りの経験がなかった。母上はこれが姫として相応しくないと言ったから。でもアドリア領ではよく狩りをしていた。ミハイルは「立派な騎士になるために、狩りが必須だ」と教えてくれた。でも私にとって、狩りは普段の訓練に比べて楽しい。だから私もだんだん狩りを楽しみにしていた。
アドリア領での狩りは、従者や数名の兵士、そして数匹の猟犬やフェンリを連れて行くだけだ。最初は猟師が案内してくれたが、やがて猟場に慣れてからは自分たちだけで行くようになった。獲物の肉は食べられ、毛皮は売ることができた。アドリア領も毛皮の産地で、森の中でよくベリーやキノコも見つかる。だから狩りを更なる好きになっていった。
しかし、皇帝陛下の狩りはとても盛大で、私が覚えた狩りとはまったく違う。近衛軍団の兵士は早朝から出発し、ウルフライダーやペーガソスライダーの助けを借りて獲物を湖の南側の空き地に追い込む。親衛隊と帝都の警備部隊も皇族や貴族のテントを準備する。テントと呼ばれているが、実際には木造の小屋に毛皮がかけられたものだ。見た目はテントのように見えるだけで、古代の狩りを模倣しているだろう。だからここはキャンプの雰囲気を醸し出しているだけだ。
皇帝陛下のテントは他の貴族のものよりも大きく華やかで、遠くからでも一目でわかる。皇帝陛下の安全は最優先事項だ。でも本物のテントではないのはありがたい。防御力の高い木造の小屋にすることで、私たちの警備も格段に容易になる。
皇族は狩りに招待された貴族たちと共に皇城から湖畔まで移動して、今はテントの中でお茶を飲みながら会話をする。陛下は皇族たちと一緒に最も大きなテントに入り、数人の貴族もそこに招かれる。それ以外の貴族たちはそれぞれ好きな場所を見つけることになる。午前の鐘が鳴る頃には獲物がここに追い込まれ、狩りが正式に始まるのだ。狩りの後には野外でのピクニックが開かれ、今日の獲物が供されることになっている。これが本日の流れだ。私はやはりアドリア領での狩りの方が楽しめるように思う。
今日は貴族たちがそれぞれ武器を携えている上に、警戒範囲も広い。だから警備の任務も増している。演習場の外周は父親が率いる近衛軍団の野戦部隊とグリフォン軍団が警戒に当たり、私は侍衛たちとともに皇帝陛下の側で近くを守り、他の皇族たちにもそれぞれ侍衛や従者がついている。また、暗殺者が演習場に潜んでいる可能性に備えて、数日前から近衛軍団と共に演習場の捜索を行ってきた。今朝も特にラドを連れて再度周囲を巡回した。これで万全だろうと思われる。
12月の風はさすがに冷たいが、厚手の冬装備を身にまとい、その下には鎧も着けているため寒さは感じない。私は以前から使っている剣を帯びているが、フィドーラ殿下からいただいた剣は大切に家に置いてある。太陽は東の丘陵の山頂に昇っているが、まったく温かさは感じられない。ここ数日間、雪がずっと降っていないため、小道の上の雪は踏み固められて氷となっている。
遠くから兵士たちの掛け声やフェンリルの鳴き声が聞こえ、前方の森からは鹿や兎、そして野鳥が飛び出してきて、こちらを見て逃げ戻るのが見えた。空を見上げると、グリフォンとペーガソスが飛んでいる。私のそばには親衛隊の兵士たちが立っており、アデリナとハルトも槍を持って私の後ろに控えている。議会が始まった夜に、フィドーラ殿下からわざわざ手紙をいただき、従者たちにも常に私の側で護衛するようにと命じられたのだ。皇帝陛下も彼らが武装して鎧をまとって共に行動することを許可してくださった。皇城で武器を携行するのは特権でもあり、フィドーラ殿下の細やかな気配りに改めて感謝している。
やがて兵士が走り寄り、獲物が近づいてきたと報告があった。皇帝陛下はフェルミンとベリサリオに付き添われてテントから出てきて、衛兵の助けを借りて馬に乗り、弓矢を手に取った。貴族たちも次々にテントから姿を現す。まもなく、鹿の群れが森から飛び出し、湖畔の空き地をあちこち駆け回り始めた。皇帝陛下は馬に乗って侍衛たちと共に鹿の群れへと突進し、驚いた鹿たちは四方へ逃げ散った。そして丁度、一頭の牡鹿が皇帝陛下に向かって走ってきた。
皇帝陛下は馬に乗って牡鹿をかわし、放った矢が鹿の脚に命中した。驚いた鹿はよろめきながら逃げ去ろうとしたが、すぐに随行していたウルフライダーが後を追った。周囲の貴族や兵士たちは歓声を上げ、皇帝陛下も満足げに髭を撫でながら、自分のテントへと馬を戻された。間もなくして、兵士たちが先ほどの牡鹿を担いで皇帝陛下のテント前に運び、貴族たちも集まってきた。
牡鹿はまだかすかに痙攣していたが、皇帝陛下は匕首を手に取り、鹿の腹に刺し込むと、声を上げて言った。「皆の者、狩りの始まりじゃ!今は雌鹿の妊娠や授乳の時期でもあるのじゃ。神々は慈悲深い、妊娠している母鹿は狩らぬように。行け、神々の加護があらんことを!」
再び歓声が湧き起こった。貴族たちが皇帝陛下の勇ましさを称賛した。皇帝陛下も満足そうに頷き、再びテントへと戻られた。ラドが狩りの開始を高らかに宣言し、貴族たちは馬にまたがって獲物に向かって駆け出していった。予定では、これから貴族たちは自由に狩りを楽しみ、その成果を皇帝陛下に献上することになっている。私と親衛隊の任務は、狩り中も皇族の安全を確保することだ。特に今、貴族たちが皇帝陛下の近くで武器を手にしている状況。警戒を怠るわけにはいかない。
「ルチャノ、ご苦労さま。朝食は食べたの?」背後からフィドーラ殿下の声が聞こえた。振り返ると、彼女がいつの間にかテントの外に出てきていて、手には湯気の立つミルクが入ったカップを持っていた。狩りのため、今日のフィドーラ殿下は厚手のズボンに革製のブーツを履き、狐の毛皮のマントと帽子、さらにウサギの毛皮の手袋を身に着けている。その姿は、少しチメラにも似ているように見えた。帝国の富裕層は冬には皆このような格好をしているが、やはりチメラに似っている。
「フィドーラ殿下、おはようございます。私たちは朝出発前に朝食をいただきました。殿下はいかがですか?」私は答えた。今朝、皇城を出る前にもフィドーラ殿下と会ったが、その時はゆっくり話す時間がなかった。
「わたくしたちも食べたわ。父上は今、お茶を飲みながらお菓子を召し上がっているの。狩りが終わるまでまだ時間があるから、少し君と話がしたくて来たの。わたくしと一緒に歩いてくれない?」フィドーラ殿下は言った後、ミルクを啜った。これはミルクではない、ミルクティーだ。匂いで分かった。
私は隣のラドを見た。彼はうなずきながらそう言った。「ルチャノ様、遠くへ行かなければ大丈夫です。私たちがここにいますから、暫くの間、護衛を任せてください。それと、従者の方も一緒に連れて行ってください。」
フィドーラ殿下は持っていたカップを近くの侍者に預け、私を連れてに湖畔を歩き始めた。ハルトとアデリナが少し離れて私たちの後をついてきて、ユードロスも彼らと一緒にいた。湖畔には貴族たちのテントが並んでいる。今頃、貴族の妻たちは火を囲んで、話に花を咲かせているのだろう。侍者たちはテントの間を行き来し、貴族の夫人たちに仕えている。辺りには警備の衛兵が多く配置されていた。湖は薄氷に覆われていて、もしも人が乗れば割れて湖に落ちてしまうだろう。少し離れた場所では貴族たちが弓で兎や鹿を狙い撃っているのが見えた。中には長槍でイノシシに挑む者もいる。イノシシは牡鹿よりも危険だが、貴族たちは護衛や従者を従えているため、事故は起きないだろう。
クロドミロは獲物を求めて馬を走らせ、主に兎や野鳥を狙っていた。彼の後ろには同じく楽しそうなエリジオとロインが続いている。兎や野鳥は狙いが小さく、命中させるのが難しいが、クロドミロは百発百中の腕前を見せている。アラリコはまるで戦場の騎士のように槍を牡鹿の腹に突き刺していた。キャラニ近郊の鹿はアドリア領のものより小さいようだ。貴族たちは狩りを好むと聞いているが、このような無意味な殺生に何の楽しみがあるのだろうかと疑問に思った。




