騒がしい新年(ようやく婚約式をした)
皇帝陛下も皆を見渡しながら楽しげにしている。拍手が徐々に静まると、陛下は次のように宣言された。「さて、ここからは以前から延期されていた婚約の式のじゃ。今日はルチャノが我が娘フィドーラと婚約することになるのじゃ。皆のもの、彼らを祝福するがよい!」
フィドーラ殿下が皇帝陛下の傍らに歩み寄られた。今日の殿下は正式な紫色のシルクのローブを纏い、手には白い手袋をつけて前で組み合わせておられる。銀のティアラとシルクのベールを身に着け、エメラルドのような髪は初春の若草のような生気を帯びていて、無限の可能性を秘めているように見えた。唇には微笑が浮かび、帝国の姫らしい自信が表れていた。今日のフィドーラ殿下はどうしてこんなにも美しいのか、今までこの雰囲気が気づかなかったのが不思議だった。
「どうしたの、ルチャノ?わたくしに一目惚れでもしたかな?」フィドーラ殿下は笑顔で私に問いかけた。
「違いますよ、フィドーラ殿下。私はずっと前からあなたに恋をしています。」私は視線を落とし、照れくさそうに答えた。
「今さら恥ずかしがることないのに?」殿下は悪戯っぽく微笑んだ。きっと少し口を尖らせているのだろう。
神官の服を着た年配の男性が歩み寄り、皇帝陛下の隣に立った。これはエルグハだった。彼は片手に聖典、もう一方の手には杖を持ち、私とフィドーラ殿下を見て「準備はできましたか?」と尋ねた。
フィドーラ殿下と視線を交わし、互いにうなずいた後、私たちはエルグハの前に跪いた。
「誓約の神と運命の神よ。ここに、パニオンのフィドーラとアドリアのルチャノが婚約を結ぶことを誓います。運命の神よ、彼らの運命の糸をしっかりと結びつけてください。」エルグハは聖典を胸の前に掲げ、神官特有の声色で宣言した。
私とフィドーラ殿下は目を閉じた、その瞬間、頭上から聖水が振りかけられる感触があった。これは神官による神々の祝福を表す儀式だ。周囲には淡い菊の香りが感じた、フィドーラ殿下が今日の舞踏会のために以前贈った精油を使ってくださったのだろうか。聖水が注がれたことで儀式は終了し、私たちは再び立ち上がって互いを見つめ合った。
「ルチャノ、これを用意しましたわ。気に入ってくれるといいのだけど。」フィドーラ殿下は、いつの間にか背後にいたユードロスから婚約の贈り物としての剣を受け取り、右手で鞘を握り私に差し出した。この剣は以前ニキタス商会で見たもので、今私が使っている剣と同じ形だが、鞘と柄には金の糸と宝石で豪華に装飾されている。
「ありがとうございます、フィドーラ殿下。私はあなたの騎士となり、どんなことがあってもあなたをお守りします。」私は騎士の授与式のように片膝をついて殿下に誓った。今夜は何度も礼をしている気がする。
「立ちなさい。あなたの気持ちはわかったわ。でも、普通の人はそう言わないのよ。普通は『あなたを幸せにします』と言うものなのよ?」フィドーラ殿下は手を差し出しながら言った。
「フィドーラ殿下、あなたを幸せにしたいと思っています。でも、自分にそれができるかどうかわかりません。もしできなかった時は、せめて騎士としてあなたの側に居させてください。」私は殿下が差し出してくれた手を取って立ち上がり、剣を腰に結んだ。
「もう既にできているじゃない。剣の刃を見てみたら?」殿下はまた微笑んで言った。
「これが殿下からの婚約の贈り物なのだから、他人には見せたくありません。」私はわざと口を尖らせて答えた。実はフィドーラ殿下がこの剣を婚約の贈り物にするつもりだと、以前ルナとして工匠区を訪れた時にユードロスがこの剣を引き取りに来ているところを見て知っていたのだ。
「それなら家でじっくり見て。わたくしへのお礼は?」フィドーラ殿下は私に右手を差し出し、贈り物を求める姿勢を見せた。
私はハルトからティアラの入った箱を受け取り、蓋を開けて殿下の前に差し出した。殿下は中身を一瞥しただけで蓋を閉じ、ユードロスに手渡した。やはり貴族としての立場もあり、今つけているティアラとベールよりも精巧にはできなかったのだろう。
私は続いて精油瓶の入った木箱を取り出した。今回の精油は全部で6本で、種類の違う精油が入っている。これは最近、アデリナたちと一緒に作ったものだ。フィドーラ殿下は満足そうに微笑みながら、瓶を一つずつ手に取り、栓を抜いて香りを楽しんだ。宴会場に甘い香りが漂い、まるで花園にいるような気分にさせられる。
「うん、いい香りだわ。ルチャノ、これから毎日精油を使いたいわ。しっかり準備しておいてね。」殿下は精油の箱をユードロスに手渡しながら言った。
「かしこまりました、フィドーラ殿下。それは私の光栄です。」私は頭を下げて応えた。
皇帝陛下が儀式の終了と舞踏会の開始を宣言され、私たちは会場の端へ下がった。ハルトは権杖と書状の筒をしっかりとしまい、私はその隙を見て会場の隅にあるミニンバーガーを手に取った。シルヴィアーナもそっと私の後ろについてきて、彼女もハンバーガーを手に取った。
ハンバーガーはミニサイズに作られていて、柔らかいパンの間に小さな焼きたてのビーフパティ、トマト、そして半分溶けたチーズが挟まれていた。ハンバーガーが崩れないように竹串で留めてあり、手に持って食べやすくなっている。口に匂いが残らないようにか、玉ねぎは入っていなかった。カルサでの舞踏会で出された料理よりも美味しそうで、実際に食べてみるとその通りだった。音楽が流れ始め、来賓たちは次々に舞踏相手を見つけて踊り始めたが、それはもちろん私には関係のないことだったので、目の前の料理に集中することにした。
「ルチャノ、久しぶりだ。最近学院に顔を出さないけど、あの課題を解決するって話は進展したかい?」私とシルヴィアーナがハンバーガーにかぶりついた瞬間、ガヴリル教授の声が隣で聞こえた。振り返ると、彼はビールのジョッキを片手にハンバーガーを食べていた。
「すみません、ガヴリル教授!最近は親衛隊の仕事が忙しくて。イオナッツ様が復帰するから課題を本格的に始まると思います。」私はハンバーガーをかじりながら答えた。
「忘れずにいてくれればいいさ。ところで、皇城のシェフが作ったハンバーガーは美味しいだろう!」ガヴリル教授は嬉しそうに言った。
「はい、本当に美味しいです!」私はハンバーガーをかじりながら答えた。シルヴィアーナはすでに一つ食べ終わり、次のハンバーガーに手を伸ばしていた。皇族が主催する宴会は伝統に従って毒見が不要で、主人が先に食べる必要もない。皇族は色々な手段で貴族を制御することができるため、毒を用いることは不要だ。こうした複雑な礼儀が省けるのは本当に助かる。
「そうだ、それと君に感謝しないと。君が前にくれた計算尺はとても役に立っている。特許を取ってもいいくらいだよ。」ガヴリル教授は楽しそうに言った。
「本当ですか?でも帝国内で計算尺が必要な人なんてあまりいないでしょうし、申請料の方が収入を上回ってしまうかもしれません。だから申請するつもりはありません。」私は肩をすくめて答えた。
「ハハ、じゃあ天文台の者たちを代表して感謝するよ。」ガヴリル教授は大笑いして言った。これで十分だ。私は隣のテーブルにあったポテトチップスもいくつかつまんだ。
「ルチャノ!わたくしを踊りに誘わない代わりに、こっちになにをしている!」突然、フィドーラ殿下の怒鳴りが後ろから響き渡った。私は驚いて、持っていたハンバーガーを落としてしまった。しまった、以前の舞踏会で踊ることはないので、すっかり忘れていた!
「申し訳ありません、フィドーラ殿下。私と踊っていただけますか?」急いでハンカチで口元を拭きながら一礼し、右手を差し出した。
「それなら許してあげるわ。」フィドーラ殿下は私の手を取ると、会場の中央へと連れて行った。シルヴィアーナが後ろで手を振って見送ってくれ、ハンバーガーをいくつか取っておいてくれると言った。
流れるような曲が始まって間もなく、フィドーラ殿下は私の腕の中で軽やかに回り始めた。これは練習した中で最も簡単な曲で、ダンスの基礎がない者でも簡単に踊れるものだった。フィドーラ殿下は私のリードに合わせてステップを踏み、回転を繰り返す。フィドーラ殿下の体は柔らかくてしなやかで、脂肪がちょうとういいところに配置されていた。常に自分の筋肉不足を嘆いている私とはまるで違っている。そして彼女の香りがほのかに漂ってきた。フィドーラ殿下は私より少し背が高く、ヒールを履くとさらに高くなった。本当は彼女がリードする方が似合っているのではないかと感じる。自分の身長が彼女の動きを制限しているようで、少し恥ずかしくなった。
「まさかあなたが舞踏会で踊るなんて。カルサの舞踏会では食べることに夢中で、女性を誘って踊ることなんてなかったって聞いたわ。ネズミみたいだったそうよ。」フィドーラ殿下がわざと言った。いつの間にかフィドーラ殿下が私を「あなた」と呼んだ。
「はい、フィドーラ殿下。お恥ずかしい限りです。」私は答えた。
「知ってる?彼らはあなたのことをアドリアの姫殿下って呼んでるわ。それに、あなたが女性のステップしか踊れないって噂もあるみたい。」フィドーラ殿下はくすくすと笑った。
「もう慣れてますよ、フィドーラ殿下。」私は苦笑しながら答えた。実際、私は女性用のステップも踊れる。ただし彼女の言葉には少し含みがあった。
遠くを見ると、ハルトとアデリナもダンスを始めていた。緊張しているアデリナと真剣なハルトの姿を見て、フィドーラ殿下もきっと同じような気持ちで私と踊っているのかもしれないと思った。
「あなたのことは知っているけど、ここまでとは思わなかったわ。」フィドーラ殿下が続けた。
「ええ、フィドーラ殿下。みんな父親のことも好きではありませんし、私のような隠し子をなおさら好いてはいません。」私は俯きながら答えた。モテないのは、悲しいことではないか。
「大丈夫わよ。次の曲で、この前練習した二曲目を演奏するように頼んであるの。もっと自信を持って踊ってみせて。みんなにあなたの本当の姿を見せてあげましょう。それに、どこを見ているの?」フィドーラ殿下が言った。
「あっ、すみません!」私は慌てて顔を上げ、殿下の目を見つめた。下を向いた時、目の前に見えたのは普段の床ではなく、紫のシルクの「山」だった。先ほどは気に留めなかったが、今は少し意識してしまった。
「どうしてそんなに赤くなっているの?あれをお礼としてくれたのに。」フィドーラ殿下が少し残念そうに笑いながら言った。
「えっ、なんのことですか?」私は尋ねた。
「精油だよ、精油。婚約の贈り物としてくれたのは、あれでしょう?」フィドーラ殿下が答えた。
「えっ、精油に、何か問題がありましたか?それは心を落ち着かせて、睡眠を改善するためのものでした。他に使い道もあるが、まだ商会が開発していません。」私は答えた。
「違うわ。わたくしが結婚のすっと前からあなたの香りに染まることを望んでいるんじゃないの?」フィドーラ殿下が目を細めて言った。
「そんなことはありません!むしろ殿下の香りの方が好きです。」私は急いで否定した。
「私の香りってどんな香り?」殿下の顔に笑みが広がった。
「うーん。そうですね、春と夏の狭間で、新緑が深まる森の小川で嗅ぐような香りでしょうか。少し草花の香りが混ざっていて、流れる水の清涼感もあります。未来への希望を抱かせるような、そんな感じです。」私は思考しながら答えた。
「そんなに詳しく表現してくれるなんて、ありがとう。もしあなたがわたくしの婚約者でなければ、ヘンタイ扱いして、皇族に対する不敬罪で親衛隊に引き渡すところよ。」殿下は鋭いヒールで私の靴の先を踏み、さらに小さく蹴った。ドレスに隠れているため、周りには気づかれなかった。私は痛みをこらえながら踊り続けるしかなかった。
「申し訳ありません、フィドーラ殿下。」私は歯を食いしばって言った。本当に痛い!




