北方の戦争(薄靄の戦い)
まだ夜が明けきらないうちに目が覚まされた。薄靄が立ち込めており、視界は良くなかった。月は空に掛かっており、月光の下で前方の森がぼんやりと見えるだけだった。東の空は白み始めていたが、西の空はまだ黒く、太陽はまだ出ていなかった。宿営地には至る所に松明が灯されており、ラザルがその光の中で真剣な表情で私を見つめていた。
「デリハという名の案内人が行方不明になりました。」ラザルが言った。ハルトが彼の側に立ち、ソティリオスがその背後にいた。
「今の状況は?。」私は尋ねた。アデリナとシルヴィアーナも自分のテントから出てきた。
「出発の準備をしているが、どこを探してもデリハが見つからないです。」ラザルが答えた。
「案内人がいないだけです。ここはダミアノス様の場所に近いから、私たちだけで出発できると思います。」ソティリオスが言った。
「ソティリオス様、それは無理です。この時間に失踪するということは、デリハが反乱軍の間諜である可能性が高すぎます。ラザル、夜が明けたらすぐにペーガソスライダーを派遣して父親に報告しろ。私たちはここで防御の準備をする。今すぐ戦闘態勢に入れ。ウルフライダーは夜明け後にすぐ派遣し、それまでは馬車を動かすな。」私は言った。馬車は今宿営地の城壁だ。出発の準備をするためには、馬車を動かして馬を繋ぎ隊列を組む必要がある。馬車を動かさないということは、防御態勢を維持することだ。夜明け後にウルフライダーを派遣するのも安全のためだ。夜の森林は危険すぎる。シルヴィアーナやアドリア領の女の子たちを私の指揮下で死なせたくないのだ。
「了解しました。」ラザルは言い、後ろの隊長に命令を伝えようと振り返った。
「ラザル、まだだ。戦闘用の非常食を配給しろ。今日の朝食のパンも直接配る。朝ご飯は作らない。」私は彼が口を開く前に言った。普段なら朝食には温かい料理も出るが、今はそんな余裕はない。新鮮な羊乳がないので、今日の朝ご飯はバターを加えたオートミールの粥になるはずだったが、作る時間がないだろう。
「はい、了解しました。」ラザルは再び答え、隊長たちに命令を伝えた。戦闘が始まると食事を作る時間がないため、出発前にビスケットを作って戦闘用の非常食として備えていた。
「ルチャノさん、もう一度考え直していただけませんか?」ソティリオスの嘆願はもはや哀願に変わっていた。
「ソティリオス。これは命令だ。これ以上言うと父親に報告する。軍事行動中に命令に従わず、反乱軍の間諜を案内人に雇ったと。」私も我慢の限界に達し、ソティリオスに怒鳴った。
「若様。この軍の指揮官なのですから、冷静さを保ち、感情に流されずに判断してください。」ハルトが言った。
私は苛立ちながら手を振り、無言で弓袋から短弓を取り出し、弦を張って背中に背負った。私の行動を見て、アデリナ、ハルトとシルヴィアーナも弓に弦を張った。アデリナはテントに戻り、私の槍を取り出した。ハルトはヘルメットと盾を持ってきた。シルヴィアーナは私の左手に盾を固定し、私は自分でヘルメットをかぶった。その後、ラザルは私を連れて、パンをかじりながら宿営地を巡視した。
宿営地は人々が行き交っていたが、混乱は見られなかった。ウルフライダーたちはフェンリルを目覚めさせ、日の出を待って出発の準備をしていた。シルヴィアーナもウルフライダーたちの方に行った。まるでずっとあそこは彼女の居場所のようだ。一人のペーガソスライダーも自分のペーガソスの傍に立ち、夜が明けたら父親の宿営地へ向かう準備をしていた。彼女の隣には同じペーガソスライダーの仲間たちがいた。
重騎兵と一部の軽騎兵は馬車の上に登り、穀物の麻袋を積み上げて簡易な壁を作っていた。軽騎兵の一部は他の兵士たちにパンとビスケットを配っていた。その他の軽騎兵はさまざまな容器を持って近くの川へ水を汲みに行っていた。
商会の御者たちは宿営地の中に身を隠し、帆布を壁の間に張り、その上に土を撒いていた。壁の間には木の棒で支えを作り、矢から身を守るための掩体壕を作っていた。馬匹もここに連れてこられた。他の御者たちは井戸の掘削を進めていたが、まだ水は出ていなかった。ソティリオスはどこかに隠れてしまっていた。ラザルはやはり優れた指揮官であり、私の命令が必要ないに感じられるほどだった。そうだね、ラザルは優秀しないなら、父親が私を彼に託しないだろう。
ラザルが私の命令に反対しなかったのは、彼もこれが正しいと思ったからだろう。私も少しは指揮官らしくなってきたかもしれない。
太陽が霧から徐々に昇り始めると、私たちのウルフライダーとペーガソスライダーも出発した。私は廃墟となった砦の壁に登り、北の空に消えていくペーガソスライダーを見送った。シルヴィアーナもウルフライダーを率いて扇形に広がり、森の中へと入っていった。薄靄がまだ立ち込めていて、森の中は全く見えなかった。今の風向きは?南風のようだ。我々のウルフライダーにとって不利な状況だ。さらに霧もあり、敵を発見する距離が短くなっている。私は不安を感じずにはいられなかった。
不安はすぐに現実となった。森の方から叫び声が聞こえ、ウルフライダーたちが森から宿営地の方に駆け戻ってきたのだ。
まずい、彼らの背後に追手がいる!まるで平原に広がる洪水のように、森から大勢の人が溢れ出してきた。パイコ人だ!彼らはさまざまな武器を手にし、雑多な服装をしていた。鎧を着る人はないみたい。中にはフェンリルに乗っている者や馬に乗っている者もいた。彼らの馬とフェンリルは明らかに速く、私たちのウルフライダーとの距離はどんどん短くなった。
「まずい、ウルフライダーたちが危険だ。ウルフライダーたちを援護しろ。ラザル、お前はここに留まり、私は二隊の重騎兵を連れて出撃する。さらに一人のペーガソスライダーを父親への伝令に出せ。アデリナ、ハルト、お前たちは私を援護しろ。。」私は言いながら馬車から飛び降りた。敵の歩兵はまだ陣形を組んでいない。私たちは重騎兵を出動させて、ウルフライダーたちを援護し、帰還させることができる。
「若様、ここは私に任せてください。」ラザルは私を引き止めた。
「私一人で残りの者をアドリア領に連れ帰れると思うか?」私はラザルの手を振り払った。シルヴィアーナに小さな鎖帷子を用意しなかったことを後悔している。革鎧では強弓の矢に防ぎない。
私たちはすぐに準備を整えた。ラザルは兵士たちに命じて、門代わりの板を開け、複雑な表情で私を見つめた。彼は私に向かって言った。「本来なら私が行くべきですが、若様の指揮官としての判断を尊重します。どうかご自分を大切にしてください。ダミアノス様が若様を私に託したのですから、若様にもしものことかあれば、切腹しかありません」
私の判断は正しいのだろうか?もし私が出撃に失敗すれば、父親はラザルを失うかもしれないが、私は父上と母上の元に帰ることができるし、騎士という籠から解放する。しかし、ラザルが出撃に失敗すれば、私はきっと一生後悔するだろう。敵はほとんど鎧を着ておらず、私が帰還できない可能性は低いと思う。だからこそ、自分が出撃する方がいいと思った。私のわがままを許してください、ラザル。
「ありがとう。もし私が戻れなかった場合、少なくとも軍隊をアドリア領に連れ帰ってください。父親はラザルさんに切腹させることはないだろう。どうか自分の命を大切にしてください。」私はラザルに言った。そして振り返り、共に出撃する従者と重騎兵たちに向かって古典語で叫んだ。「出撃だ!戦いの神よ、我らに勝利を!守護の神よ、無事に我らを家へ帰らせたまえ!」
背後の騎兵たちも一斉に叫び、私は馬を駆けて門から飛び出した。門前だけは壕を掘らずに狭い道を残していた。私は騎兵隊を率いて低木をいくつも避け、ペーガソスライダーが私の頭上を東に向かって飛び去った。シルヴィアーナの姿も見えてきた。彼女は隊の最後尾を走り、ずっと背後を振り返っていた。こんな状況でもウルフライダーたちは時折振り返って矢を放っていた。矢は彼女たちの背後から飛んできていたが、ほとんどが外れるか盾で防がれていた。見ているだけで緊張する。本当に心臓に悪い!
「敵が接近する、備えろ!。」私は叫んだ。ハルトとアデリナは私の左右に位置し、みんなが盾と槍を構えた。この槍はハルトよりも少し高い。陣を構えた歩兵に対して突撃するのは自殺行為だが、騎兵に対してはかなり有効だ。
ウルフライダーたちとすれ違う瞬間、私は手振りで彼らに宿営地へ向かうよう指示した。ウルフライダーたちは私に手を振り返し、宿営地へ向かって走り去った。敵のウルフライダーはやはり接触を避け、後退し始めた。しかし、後方の騎兵たちも槍を水平に構え、突撃の準備をしていた。
「分散するな、互いに援護し合え!。」私は叫んだ。ここで退却すれば、平原では速度の遅いウルフライダーが追いつかれてしまう。二隊の重騎兵はそれぞれ三つの小隊に分かれ、互いに支援できる距離を保ちながら、緩い横隊を組んで前進した。
私は前方からまっすぐに突進してくるパイコの騎兵たちを見据えた。彼らは誰も鎧を着ておらず、皮製のチョッキを着ている者や木製のヘルメットをかぶっている者がいるだけだった。皆弓と矢筒を背負い、一部は私たちのウルフライダーに向かって矢を放っていたが、遠いすぎで誰も命中しなかった。パイコの騎兵は槍や長柄の斧も持っており、全く陣形を整えていなかった。馬も戦馬ではなく、小さいので荷馬に過ぎなかった。私たちが突進してくるのを見て、彼らは弓を置いておく、短槍や斧を構えて突進してきた。
中には左右から私たちを包囲しようとする騎兵もいた。私は襲歩で突撃始める。この地点は既に宿営地の弓矢の射程を超えているので、自分たちで対応するしかなかった。瞬く間に敵の目の前に到達した。陣形のおかげで、私と二人の従者の前には一人の騎兵しかいなかった。指揮官である私を見抜いたのか、その騎兵は斧を振り上げて私に突進してきた。
落ち着いて、落ち着いて。私は自分に言い聞かせながら、馬の動きを感じていた。アデリナがまず行動し、槍を構えて敵の馬を刺した。その騎兵は驚いてバランスを崩し、前のめりに倒れ、振り上げた斧も一緒に逸れた。馬は貴重な財産で、戦場でもまず騎兵を攻撃し、馬を戦利品として取るのは常識だとハルトから聞いたことがある。その騎兵も私たちが直接馬を攻撃するとは思っていなかっただろう。
私はその隙をついて彼の胸に槍を突き刺した。槍の先が胸に突き刺さり、普段藁人形や豚肉を刺す感覚とは全く違っていた。槍の先がパイコ騎兵の背中に突き抜け、彼は目を見開いて後ろに倒れた。馬が交差する瞬間、私は馬の力で槍を引き抜いた。前方にもう一人の騎兵が私に向かって突進してきた。私は槍を引き抜いたばかりで、まだ構えていなかった。彼はきっと私の隙を見つけたと思う。私は前を向かって盾を構えた。しかしハルトが左側から飛び出し、槍はその騎兵の側腹を突き刺した。その騎兵も苦痛に顔を歪めて倒れた。
私は周囲を見渡した。私たちの騎兵とパイコ騎兵は既に離脱し、残ったパイコ騎兵たちは後退し始めていた。彼らは分散して、戦う勇気を失ったようだった。後方のパイコ歩兵たちはまだ遠く、追いつけそうになかった。味方の騎兵は誰も落馬しておらず、ウルフライダーたちももうすぐ宿営地に戻るところだった。帰還の時だ。
「任務完了、撤退!。」私は叫び、宿営地へ向けて走り出した。私たちの重騎兵も宿営地へと戻っていった。私は意図的に隊の最後尾に位置し、パイコ兵の動きを警戒しながらウルフライダーのペースに合わせて宿営地に戻った。
ラザルは私が宿営地に入るのをずっと見守っていた。私が門を通るとすぐに、ラザルは門を閉めると命じた。重騎兵には損害がなかったようで、傷者も軽傷のようだった。兵士たちは急いで門の裏に木板を立てかけ、中央に土を積み上げてさらに防御を強化した。これで宿営地は完全に守備の姿勢を取ったことになる。私たちの数では、これだけのパイコ人を突破して父親のところに馬車を送るのは無理だ。父親が救援に来るのを待つしかない。
「シルヴィアーナ、ウルフライダーたちに怪我はないか?」私は馬から降りるとすぐに尋ねた。
「ないよ。森に入った途端に異変を感じ、誰かが私たちを見張っているようだ。試しに森の中に何本か矢を放ったところ、森に隠れていた馬に当たった。それで皆を連れて戻ってきたよ。。」シルヴィアーナが答えた。
「よくやった、さすが私の妹だ。」私はシルヴィアーナを抱きしめた。
「こん。若様。踊り子を可愛がるのは構いませんが、時間と場所を考えてください。。」ラザルが馬車の上から声をかけた。私とシルヴィアーナの関係はそういうものではない。シルヴィアーナは踊り子ではなく、優れたウルフライダーなのだ!
「私はただの踊り子ではないよ。戦士であり猟師だ。」シルヴィアーナは声を張り上げた。
「ご忠告ありがとうございます、ラザル」私は心にもない言葉を述べ、シルヴィアーナを手放して馬車に登った。「次に彼らは宿営地を攻撃してくるのか?」
「そのようだな。彼らの歩兵が徐々に近づいてきている。」ラザルが森の方を指さして言った。出撃したウルフライダーと重騎兵たちも馬車に登り、警戒態勢に入った。
私はラザルの指差す方を見つめた。パイコの騎兵たちは私たちの宿営地を弓の射程外で取り囲むように分散し、慎重に私たちを監視していた。パイコの歩兵たちも薄霧の中を進んできていた。彼らはゆっくりとしたペースで行軍の陣形を保っていた。実際、武装した平民といった方が正しいかもしれない。彼らは同じ服や武器を持たず、斧や短剣を持っている者はほとんどだ。長柄の鉈を持っている者もいた。中にはアーチャーや投石器を持つ兵士もいる。彼の弓は我々のような複合弓ではなく、木だけで作られた。昨日まで猟師だったように見えた。パイコの歩兵を指揮していたのは、鎖帷子を着て鋼のヘルメットをかぶった男だ。彼は馬に乗りハルバードを持っていた。他の者たちよりも装備が明らかに良かった。
「彼らは城攻めの準備が整っていないようです。投石機もバリスタもないです。。」ラザルが言った。
「もともとは森で私たちを待ち伏せする計画だったのかもしれない。私たちが罠にかからなかったので、待ち伏せが城攻めに変わったのだろう。」私は言った。
「御者とペーガソスライダーは馬を引いて掩体壕の中に!戦闘準備だ!。」ラザルが叫んだ。私も麻袋の内側に膝をつき、パイコの隊列を注視した。シルヴィアーナと従者たちも私の側にいた。
「若様、どうか掩体壕の中にお入りください。若様がここにいると、私たちが守らなければなりません。」ラザルが言った。
「私は戦える。気にするな。ここが私の居場所だ。」私は答えた。
「こうした時こそ、若様はダミアノス様と同じです。さすがは親子だ。」ラザルは頭を振りながらも、私に向かって言った。
私は何も言わなかった。私はダミアノスと同じだろうか?彼の意図的な教育のおかげで、最近では私も彼のように物事を考えるようになったのかもしれない。しかし、私は自分の生まれた国を裏切ることはなく、王室を滅ぼすこともないだろう。彼のようになりたくはない。しかし、彼は母上が言うように私を庇護している。これは感謝しなければならない。彼のおかげで私は母上との約束を果たすことができたのだ。
パイコの歩兵が徐々に弓の射程内に入ってきた。その指揮官らしき男は隊列を止め、馬に乗って前に立った。
「パニオンの兵士たちよ、お前たちはもう囲まれている。命が惜しければ降伏しろ。お前たちの命だけは保証してやる。ダミアノスはすでに我々に破れ、オルビアへの道も遮断された。援軍は来ない。」あの男が私たちに向かって大声で言った。
この声はデリハだ!やはり彼は間諜だったのか。父親が敗北した?そんなはずがない。昨夜、父親とペーガソスライダーを通じて連絡を取ったばかりだ。これは降伏させるための嘘に違いない。それに気づくと冷静さを取り戻し、次の疑問が浮かび上がった。彼は帝国の同盟部族から来たのではないのか?
「デリハ、なぜ帝国を裏切った!」私は大声で言った。
「裏切っていない。ただ、北の民として自由を選んだ!」デリハも大声で答えた。彼の態度は案内人の時とは全く違っていた。
「若様、話しても無駄です。不忠なパイコ人よ、帝国の兵士は降伏などしない!」ラザルも大声で言った。
「その名で呼ぶな!」デリハは明らかに怒っていた。「もう一度言う、今すぐ降伏すれば命だけは保証する。だが、落城した後、お前たちには死ぬことすら許されない!」
「やってみろ!猿同然の蛮族がこの宿営地を攻め落とすとは百年早い!」私はわざとデリハを挑発した。周囲の兵士たちも笑い声をあげた。
デリハは返答せずに馬を回し、歩兵の後方に姿を消した。パイコの歩兵たちは陣形を整え、私たちの宿営地を徐々に包囲した。
「始まるようです。」ラザルが言った。
「ソティリオスはどこだ?。」私は尋ねた。
「彼は非戦闘員なので、掩体壕に入ろうと命じました。。」ラザルが答えた。
「それはありがたい。シルヴィアーナ、お前も掩体壕の中に入れ。あなたも非戦闘員だ。」私は言った。
「私は非戦闘員じゃない。猟師だ。今日の獲物は彼らだ。」シルヴィアーナはパイコの歩兵たちを指さして得意げに言った。
「若様を守れるなら、お前が戦士であり猟師であることを認める。」ラザルがシルヴィアーナに言った。
「見てなさい!」シルヴィアーナは笑顔で答えた。どうやら彼女は私の側に留まるようだ。私は無言で頭を振った。
角笛の音とともに、パイコ人の攻撃が始まった。盾を持った兵士たちが私たちの弓の射程内に入り、その背後にはアーチャーや投石器を持つ兵士が続いた。岩壁を登るのは現実的ではなく、彼らの目標は緩やかな斜面にある馬車の壁だった。岩壁の近くには監視の兵士しか配置していない。私たちの宿営地は小高い丘の上にあり、弓もパイコ人より質がいい。だから射程がパイコ人よりも長い。だがこの距離では私たちの弓の命中率は低かった。軽騎兵と重騎兵が空に向かって矢を放ち、せめて彼らが近づくのを妨害しようとしていた。私は軍用標準弓を引けないため、この距離ではただ見ているだけだ。
パイコ人のアーチャーたちは私たちの弓の射程内に入ってきた。私たちは低木を切り払っていたため、彼らは完全に私たちの弓の的になっていた。多くのアーチャーが倒れた。しかし、射程内に入ると彼らは猛烈に矢を放ってきた。矢の中には投石兵の鉛の弾も混ざっていた。私のヘルメットや鎧は大半の矢を防ぐことができるが、鉛の弾が頭に当たれば即死するかもしれない。軽騎兵はすぐに盾を構えて重騎兵を守り、ハルトも私を守って盾を構えた。
パイコの歩兵たちは盾を構え、様々な武器を持って宿営地へと突進してきた。私たちの兵士たちも彼らを目標に定めた。矢は盾を貫通しないが、彼らの大半は鎧を着ていなかったため、盾で隠れていない部位を狙うことができた。私とシルヴィアーナも弓を構え、戦闘に加わった。
一人のパイコ兵士が私たちに接近してきた。彼は上からの矢を防ぐために盾を上に構えていた。私は彼の脚を狙って矢を放った。強弓は引けないが、弱い弓と軽い矢を使うときの速さと命中率には自信があった。「戦いの神よ、不信者に裁きを与える力をください。」私は小声で祈りながら弓の弦を離した。
矢は予想通りあのパイコ兵士の脚に命中した。彼は悲鳴を上げてバランスを崩し、地面に倒れ込んだ。脚に刺さった矢も折れたそうだ。私はこの機会を逃さず、彼の背中にもう一矢を放った。再び命中した。パイコ兵士は地面で痙攣し、体勢を立て直そうとした。血が彼の下から周囲の地面に流れ出していた。致命傷だろう。彼はもう戦えない。
「若様、脚に当てて倒れさせるだけで十分です。この距離ではパイコ兵は傷者を救出するのが難しく、彼はここで血を流して死ぬまで放置されます。矢と時間を無駄にする必要はありません。次の目標を狙ってください。もしも敵が傷者を救出するなら、最低でも二人の兵士が必要ですから、一人の傷者と二人の救助者で三人が戦闘から離脱することになります。時間は我々の味方で、これが最善策です。」ラザルは戦場を見渡しながら言った。最初の一言を聞いたときは、ラザルが甘いと思ったが、後の言葉を聞いて自分のほうが甘いと気づいた。
「くらえ!」シルヴィアーナも矢を放ち、一人のパイコ歩兵の腹に命中させた。
「シルヴィアーナ、同胞に矢を放つことに不安はないのか?。」私は尋ねた。
「彼はキュルクス部族の人間ではなく、私の同胞ではない。仮にかつてのキュルクス部族の人間だったとしても、彼らはプリヌスに従うことを選んだ。私は父を殺した者たちに同情しない。」シルヴィアーナが答えた。
私は心の中でため息をついた。私も父上と母上の仇を討ちたいと思っている。しかし、復讐を果たすためには、私に何ができるのだろう?一人の力では強大な帝国に勝てない。私はリノス王国と家族の仇に依存して生き延びるしかないのだ。
私たちの矢は多くのパイコ歩兵を倒したが、数の力で彼らは昨夜掘った壕にたどり着いた。パイコ歩兵が近づくと、彼のアーチャーは射撃を止めざるを得なかった。アーチャーたちも弓や投石器を背負い、剣や槍を手に突進してきた。パイコ騎兵は来ないため、拒馬も想像以上に役に立たなかった。
先頭のパイコ兵たちはためらうことなく宿営地の門へと突進し、壁をよじ登ろうとした。私も周囲の兵士と同じように槍を手に取り、下方に突き刺した。近くのパイコ兵たちは依然として矢や石を投げつけてきたが、私たちの兵士も矢で反撃していた。混乱の中、手応えだけで敵に当たったかどうかを判断していた。
突然誰かが私の槍を引っ張り、私は引きずり下ろされそうになった。幸いにも素早く手を離し、ハルトが私を引き寄せてくれた。周囲を見渡すと、兵士たちはパイコ兵と乱戦を繰り広げていた。パイコ兵士は槍を梯の代わりに使い、馬車をよじ登ってきていた。
「若様!」ラザルが驚いた声を上げた。振り返ると、私とラザルの間に二人のパイコ兵が馬車の上に登ってきていた。一人が槍を、もう一人が短剣を持っていた。私は急いで剣を抜き、その剣身が薄霧の中でも輝いているのが見えた。
「いい剣だ。いただくぜ!」短槍を持ったパイコ兵が口を歪めて笑った。
「大口を叩くな!」私は構えを取り、前方に突進した。アデリナとハルトも急いで私の後に続いた。
パイコ兵が槍を突き出し、私の胸を狙ってきた。私は身をひねって槍の先を避け、剣を彼の喉に突き刺した。血が首から噴き出し、彼は口を開けて何かを言おうとしたが、声にならず、次の瞬間には地面に倒れた。短剣を持ったもう一人のパイコ兵も私に向かって突進してきた。彼は短剣を高く掲げていた。今だ!私は彼の剣を振り下ろす前に、自分の剣を彼の胸に突き刺した。舞うように軽やかに後ろへ跳んだ。あのパイコ兵はよろめきながら一歩前に出たが、次の瞬間にはまるで空の水袋のように倒れた。彼の胸から血の噴水が上がり、地面で痙攣し、やがて動かなくなった。
「若様!」アデリナが叫んだ。アデリナとハルトが追いつく前に戦闘は終わっていた。ミハイルが教えてくれた剣術は宴会で客を喜ばせる技ではなく、本当に人を殺せるものだ。
二人の敵を片付けた後、私はシルヴィアーナを強制的に掩体壕の中に戻した。弓での戦いは別だが、近接戦では彼女はパイコ兵に対して完全に不利だった。戦闘はその後も順調だった。次々とパイコ兵が馬車に登ってきたが、私たちの兵士たちは彼らを撃退した。パイコ兵は数多く、死を恐れない勇気があったが、私たちの戦闘能力と装備には遠く及ばなかった。商隊の御者たちがいなければ、騎兵でパイコ人の包囲を突破することができただろう。しかし、麻袋を持っていけないため、護送任務は失敗することになる。万策尽きた時にしかそれをしない。
パイコの攻撃は半刻も続かなかった。牛の角笛の音が鳴り響くと、彼らは再び洪水のように退却していった。私たちは彼らを弓で見送ることをいとわず、丘の上にさらにいくつかの死体を残した。
遠くから二騎のペーガソスが飛んできた。私たちのペーガソスライダーだ。彼らは宿営地の上空を二周し、私たちの兵士は手振りで彼らに降下するよう指示した。ペーガソスライダーは高空から地面に急降下し、速度を増していった。着陸直前に水平飛行に変わり、見事に着陸した。ペーガソスはアーチャーの前では非常に弱いため、通常はアーチャーの攻撃範囲以外で行動する。この状況下での着陸とは、私たちの領地の女の子たちの技術と勇気に敬意を表するものだった。
「やはり父親は敗北していなかった。デリハは虚勢を張っていたのだ。父親は我々が攻撃を受けていることを知っており、三日間守ろうと言っている。ダシアンに知らせる必要はないと言っている。ラザル、三日間は持ちこたえられるか?」私はペーガソスライダーからの返事を受け取り、ざっと目を通してからラザルに言った。ラザルは戦闘が一段落するとすぐに宿営地を巡視していた。今や太陽は頭上にあり、霧も晴れていた。馬車の上で私たちの兵士たちは三々五々に座り、パンをかじっていた。私もビスケットを手に取り、かじり始めた。一度戦闘が始まると食事の機会はなくなるため、食べられるときに食べておく必要があった。
「問題ないと思います。パイコ人の初めの攻撃は撃退しました。今回我々を包囲している部隊は千人以上いるようですが、先ほどの攻撃で既に百人以上の損害を受けたはずです。パイコ人の数は多いが、戦闘力は我々に遠く及ばない。彼らがどれだけ来ても死ぬだけです。」ラザルは森を指さして言った。私は彼の指す方向を見つめた。パイコ兵たちは既に弓の射程外で拒馬や簡易な土塁を築き始めていた。これで私たちの騎兵の機動力も制限される。これは良いことではない。私たちが意図的に開けておいた平地にはパイコ兵の死体が散乱していた。いや、すべて死体ではなく、まだ動いている者もいたが、もう助かりそうにない。壕にはさらに多くの死体があった。我々の兵士たちは壕から死体を引きずり出し、拒馬を解体し、パイコ人の槍を運び入れて工事の材料や薪にしていた。近くの矢を回収している兵士もいた。
「我々の損害はどうだ?」私は尋ねた。
「軽傷者が数名います。また、数名の御者と馬が矢や石で死傷しました。御者は鎧を着ておらず、戦場では非常に脆いです。」ラザルが答えた。
「食糧は十分か?水源は?」私は続けて尋ねた。
「食糧は問題ありません。穀物の袋を掩体として使用しているほど。水も三日間は持ちます。井戸を掘っており、今夜には水が出る見込みです。」ラザルは答えた。
「井戸水が出るといいが。ここは丘の上なので防御には適しているが、井戸を掘るのは難しい。頑張ろう。」私は言った。
「了解しました。」ラザルは直立して答えた。