騒がしい新年(帝の取引)
「分かった。陛下の出席ももうすぐだし、私も服を着替えなくてはならない」私は答えた。
幸い、親衛隊の軍営には予備の礼服があった。でも飾りは先ほどのものより控えめなデザインだった。制服に着替えると、私は急いで宴会場の待機室へ向かった。ハルトとアデリナは皇帝陛下に直接謁見する許可を得ていないため、宴会場の扉の近くで待機することにした。今日の皇帝陛下の侍衛は本来私とラドの予定だったが、ラドの代わりにベリサリオを呼んだ。皇帝陛下はすでに待機室におり、妃のクリナとイリンカが陛下の着替えを手伝っていた。宴会の責任者であるスタブロスも側に立っていた。私の到着を確認すると、皇帝陛下は着替えを続けながら私に尋ねた。
「ルチャノ、来たか。ベリサリオもいるのか、ラドはどうじゃ?」
「陛下。先ほど私が東門の待機室で一人の貴族の従者に襲撃されました。ラドが現在調査にあたっています。どうぞお気にされず、宴会をお続けください。」私は片膝をついて答えた。
この話にクリナとイリンカは驚き、手を止めて固まっていた。スタブロスも驚愕の表情を浮かべ、皇帝陛下に視線を向けたが、皇帝陛下は平静に頷いて言った。
「わかった。宴会が終わったらラドの報告を聞くのじゃ。ルチャノ、お前は無事か?」
「はい、陛下。鎧を着ていたため、襲撃者の短剣は折れました。」私は答えた。
「そうか。親衛隊とはそういうものじゃ。危険に備えるのも仕事のうちじゃ。よくやった。立て。」皇帝陛下はあっさりと告げた。これで話が終わったのかと思うと、不思議な気持ちだった。
宴会が始まる時刻がすぐに訪れ、二人の皇妃の侍衛も部屋に入ってきた。皇帝陛下はいつも通りの落ち着いた表情で待機室を出て行き、スタブロスが私に何か言いたそうだったが、タイミングが合わず、結局何も言わないまま私を見送った。
私は初めて皇帝陛下の新年宴会に現すのが、他の者たちはすでに慣れ親しんだ様子だった。皇帝陛下は宴会場の片端にある長テーブルに着席し、左右には二人の皇妃と彼の子供たちが並んでいる。貴族たちは皇帝陛下のテーブルと直角に配置されたいくつの長テーブルに着席していた。会場の飾り付けは豪華さを抑えたシンプルなもので、まるで食堂のような雰囲気だった。
ミハイルから聞いた話では、新年宴会の形式は数百年間変わらず続けられているらしい。当時は帝国も西北部の小さな国に過ぎなかったようだ。帝国のこうした伝統は心地よく、私も気に入っていたが、多くは歴史の中に埋もれてしまったのだろう。
皇帝陛下の簡単な挨拶の後、宴会が始まった。楽師が伴奏を奏で、踊り子たちが舞い始める。この踊り子たちはみんな美人だが、踊り自体は私に敵わないそうだ。
伝統に従って、貴族の夫婦たちは名簿に記された順に皇帝陛下のもとへ挨拶に向かい、乾杯をする。会場はやや堅苦しい雰囲気で、宴会というよりも儀式のように感じられた。私は皇帝陛下の後ろに立ち、左手で剣の柄に軽く手を添えながら、会場全体を緊張した面持ちで見渡していた。もしここで陛下が襲撃されれば、事態は深刻になることを抑えきれずに想像してしまった。
最初に進み出たのはエルグハだった。彼は現在最高位の妃の父であり、侯爵の地位を持つため、今の帝国内では最も高位の貴族の一人だろう。エルグハは古典語を使って皇帝陛下へ祝詞を述べた。さすがは教会の枢機卿だけあって、その祝詞はまるで聖典の一節のように模範的だった。皇帝陛下も上機嫌で杯を交わしていた。
「陛下、聞いたところでは、従者の待機室が封鎖されているとか。我が家の従者もそこにいるのですが、何かあったのでしょうか?」エルグハがやや緊張した口調で尋ねた。
「心配はいらぬ。ルチャノが待機室で一人の貴族の従者に襲撃を受けたのだが、大したことではないのじゃ。皆にその話を伝えておけ。」皇帝陛下は冷静に答えた。
エルグハは何か言いたそうだったが、思いとどまったようで一礼し、妻を伴って席へ戻った。次に進み出たのはロイン夫妻だった。ロインとオティリアも心配そうに私に視線を向けたが、特に言葉はなかった。その後、黒い礼服を着た年配の貴族が一人、伴侶を連れずに進み出て、簡素な通用語で皇帝陛下に挨拶を述べた。
「陛下、新しい年も帝国が繁栄し、統治が末永く続きますように。」とだけ言って、やや無愛想に杯を差し出した。その素っ気ない言葉に、皇帝陛下も笑みを引っ込め、無表情で杯を合わせた。
「トドル、お前の息子と娘のことについては本当にすまなかった。」皇帝陛下が一瞬の沈黙の後、口を開いた。
「いえ、陛下。私たちも知っていますが、元凶はミラッツォ家にあります。それに、陛下が私の孫を引き取ってくださったことに感謝しています。」トドルが答えた。その方はセロンの祖父だ。アソース侯爵で、現四皇妃の父でもある。アウレルの反乱で彼の邸宅は襲撃され、一族は教会の先生のところにいたセロンを残してほぼ全滅していた。皇帝陛下はそのため、セロンを皇宮で保護することにした。
「承認したくないが、アウレルの反乱もわしの過ちが原因の一端だと思うのじゃ。お前には何らかの償いをさせてもらうつもりのじゃ。断らないでほしい。それと、ここにいる護衛のこの者がいなければ、わしも今ここにいなかったかも知らぬ。」皇帝陛下は後ろの私を指しながらトドルに言った。
「君のことは聞いているぞ、アドリアのルチャノ。以前は君をあまりよく思っていなかった。ダミアノスや陛下の寵愛が原因でフィドーラ殿下と婚約できたに過ぎないと思っていたが、君はその価値を証明してくれたし、我が一族の仇も討ってくれた。ありがとう。」トドルは自分でワインの瓶を持ち、私に杯を掲げた。
えっ、私は杯がない!と思っていると、皇帝陛下が自分の杯を私に差し出してくださった。だが、今は任務中であり、どうすべきか迷っている。皇帝陛下がささやかに「ただの麦汁じゃ」と言った。私はすぐに杯を受け取り、トドルに向けて杯を掲げ、一口飲んだ。確かに、アルコールのない麦汁だった。
「陛下、それでは失礼いたします。セロンをどうぞよろしくお願いします。これは私の唯一の願いで、どうかこの件を私への償いとして差し上げます。」トドルは皇妃や皇子たちがいる席を一瞥し、右手で目元を拭いながら一礼して去って行った。彼の心中には亡くなった娘や孫もまたあの席にいるべきだったのだろうと想像し、私も彼の背中を見送りながら、胸が締め付けられる思いだった。彼の悲劇の一端を私は担っているのだろうか?帝都を混乱させる気持ちでここに来たのは事実だからだ。
貴族たちは次々と皇帝陛下のもとに挨拶に訪れ、私は多くの顔なじみを目にした。父親と母親が挨拶に立ったのはほぼ最後の方だ。父親は私に一瞥をくれたが、何も言わずに席に戻った。
祝いの儀式が終わると、今度は皇子たちが貴族に挨拶に回り、杯を交わす番だった。ここからは普通な宴会となり、貴族たちは料理や酒を楽しみ、交流に励むことができる。皇帝陛下と二人の皇妃は退席される予定だ。主がいると場が引き締まってしまうため、むしろ貴族たちにとっては自由な時間が始まるというわけだ。私も皇帝陛下に付き従って退場した。待機室には手の込んだ料理と高級そうな酒が並べられており、ラドもすでに戻ってきていた。スタブロスもそこにいて、皇帝陛下の到着を待っていた。
「陛下、ルチャノ様。襲撃者の身元はすでに確認済みです。アルナイ侯爵の従者です。」ラドが立ち上がり、報告した。
「陛下、アルナイ侯爵を逮捕するべきでしょうか?従者が皇城内で衛兵を襲撃したとなれば、これは明らかな反逆です。我々は裁判を経ずにこの件に関する人を処理する権限を有しております。」スタブロスが厳しい顔で言った。
「その襲撃者に指示を出した者は誰なのじゃ?」皇帝陛下が銀の杯を手に取って尋ねた。
「指示は受けていないとのことです、陛下。襲撃者は同行者たちと出発する際、たまたまルチャノ様を見かけて、突発的に襲撃を決めたと供述しております。彼は以前アルナイ侯爵の次男の従者であり、かつての主がアウレルの反乱でパナティスと共に陛下に反旗を翻し、南門でルチャノ様に討たれたのを目撃したそうです。それ以来、自分だけが生き残ったことに罪悪感を抱き続け、今日復讐を試みたと供述しています。」ラドが答えた。
「それを信じるか?」皇帝陛下が杯を置き尋ねた。
「信じられるかと思われます。アルナイ侯爵の他の従者も事前には何も知らされておらず、襲撃者は邸宅を出る際も特に変わった様子はなかったとのことでした。短剣も常に携行していたもので、まさに突発的な犯行と思われます。」ラドは答えた。
「陛下、どうかこの件を私にお任せください。親衛隊の責務は皇城の安全確保であり、取り調べに長けているわけではありません。私が担当すれば、より詳細な情報を引き出せるかと存じます。」スタブロスが言った。私は冷たい視線を彼に向けた。首相府は真実を追求するというより、むしろ皇帝陛下が望む「答え」を導き出すのが得意だろうと感じていたからだ。
「ルチャノ、お前はどう思うのじゃ?」皇帝陛下が私に問いかけながら、葡萄を一粒口に運んだ。
「え?ええ、私には怪我もありませんし、この件は水に流していただければ。」私は驚きながらも考えずに答えた。まさか皇帝陛下が私の意見を求めるとは思ってもみなかったのだ。
「そうか。分かった。スタブロス、宴会が終わったらシャルヴァとダミアノスに残ってもらい、この件について話を聞くことにするのじゃ。待機室の封鎖は解除してよい。お前たちも少し飲んで休むのじゃ。今日は宴会だからな。」皇帝陛下が酒を口にしながら、私とスタブロスに向けて言った。シャルヴァはアルナイ侯爵であり、アウレルの反乱以前は司法大臣として努めている。ほっとして私は内心安堵したが、先ほどの軽率な返答が問題にならなかったことに感謝せざるを得なかった。
まだ警護の任務中であったため、私は皇帝陛下の後ろに立ち続け、ベリサリオも控えていた。食事が進むにつれて皇帝陛下は目を閉じて休息し、クリナが本を読み聞かせていた。しばらくして待機室の扉が再び開かれ、フィルミンが父親と震え上がるシャルヴァを連れて部屋に入ってきた。
「陛下、私には本当に何も知る由がありません。あれは従者が勝手にやったことです。私は常に陛下に忠誠を誓っております、どうか信じてください!」シャルヴァは入室するなり床に跪き、震えながら訴えた。
「立って、そしてそこの席に座るのじゃ。」皇帝陛下が冷静に言った。二人の皇妃も退出し、扉が閉じられ、ベリサリオとフィルミンも部屋の外へ出た。
父親は気絶しそうなシャルヴァを支えて椅子に座らせた。皇帝陛下は再び茶を一口飲み、落ち着いた声で言った。
「だいたいの事情は皆も理解しているじゃろう。親衛隊の調査によれば、今回の件は単独犯行と見てよい。シャルヴァ、そうだな?」
「そ、そうです、陛下。陛下の英断に感謝いたします!」シャルヴァは喜びの表情を浮かべながら何度も頷いていた。
「だが、この者は多くの人の前で親衛隊の副隊長を襲撃したのじゃ。しかも皇城内での出来事じゃ。何の処分もせずに済ませるわけにはいかないのじゃ。スタブロス、新年が明けたら裁判を開くのじゃ。」皇帝陛下が厳かに告げた。
「承知しました、陛下。」スタブロスが深々と頭を下げて応じた。
「ダミアノス、お前には異論はないな?」皇帝陛下が父親に向かって尋ねた。
「はい、陛下。私は陛下のご裁断に従います。」父親は一礼して答えた。
「ルチャノ、お前も異論はないな?」皇帝陛下はそして私にも問いかけた。
「はい、もちろんです、陛下。」私は答えた。皇帝陛下の決定に口を挟むつもりは全くなかった。
「よし、そういうことにしよう。シャルヴァ、議会では何をすべきか分かっているだろうな。」皇帝陛下はシャルヴァに向かって言った後、ゆっくりと立ち上がり、部屋を出て行かれた。私はすぐにその後を追った。父親は私に小さく頷き、シャルヴァはまるで水から上がったばかりの魚のように口をパクパクさせながら肩で息をしていた。




