騒がしい新年(襲撃された)
ハルトが何か言いたそうに私を見つめ、視線をラドに移すと、ラドは察して少し離れ、周囲の従者たちを警戒するように立った。
「一部の貴族たちの間で、若様の評判があまり良くないようです。」ハルトが低い声で告げた。
「どれほど悪いんだ?」私は聞いた。
「若様がアウレルの事件でミラッツォ侯爵をはじめのオーソドックス貴族たちの計画を打ち砕いたことに対して、感謝している貴族もいる。でも一部のオーソドックス貴族からの評価は非常に低いです。彼らはアウレルの事件で失われたオーソドックス貴族の命の多くが、若様の行動によって失われたと見ており、その恨みを若様に向けているようです。また若様はみんなの前でコンラッドやパナティスを殺しましたが、彼らはどちらも貴族の跡継ぎでした。貴族の中には、跡継ぎを殺すのを非常に根深い恨みとして受け止めている者もいます。」ハルトが低く説明した。
「彼らからの恨みが勲章のように感じるよ。あの時、フィドーラ殿下や陛下に手を出そうとしたのに、自分が命を落とす覚悟はなかったのか?覚悟もなく、アウレルと共に反乱を企てるとは、甘すぎではないか。」私は眉をひそめながら答えた。
「若様、それがまさに3つ目の理由です。多くの貴族が若様を陛下に取り入る者と見なし、しかも出身がリノスの地方出身であることから、帝国の貴族にふさわしくないと考えているのです。」ハルトはさらに言った。
「はあ、もし選択肢があれば、私は帝国の国民になることすら望んでいなかった。」私は少し怒りがこみ上げた。もしリノス王国がまだ存在していれば、私は普通に公女として順調に育っていただろう。だが、帝国が強引に私の生活を大きく変えてしまったのだ。久しぶりに帝国に対しての憤りがこみ上げてきた。最近ではもう復讐の気持ちは薄れていたのだが。
「若様、以下は従者としての忠告です。たとえ陛下が若様を信頼していても、いつか陛下も亡くなられます。フィドーラ殿下が次の皇帝になる可能性は高くありません。あの時若様は先代の陛下に寵愛された大臣として、新皇帝がオーソドックス貴族をなだめるために若様を排除しようとする可能性があります。場合によっては罪をでっち上げられ、処刑されるのも珍しくありません。これは帝国の歴史で何度も起こってきたことです。ですから、今のうちに貴族たちと良好な関係を築くことが必要です。」ハルトは忠告した。
「まさかあなたからそんな言葉が聞けるとは思わなかったよ、ハルト。」私は驚いて答えた。フィドーラ殿下もそう言いました。ハルトがアデリナのようなあまり歴史を学ぶ人間ではないと思っていたが、ここまで深い話ができるとは意外だった。
「若様は学院にいる間に、私もミハイル様から多くを学びました。」ハルトが答えた。
「それで、父親はどうするの?彼はもっとオーソドックス貴族たちから恨まれているはずだろう?」私は尋ねた。私がオーソドックス貴族からの恨みや偏見の多くは、父親の存在が原因だと感じていたからだ。
「ダミアノス様は陛下に忠誠を誓っており、誓いを破ることはありません。陛下の剣となる道を選んだのです。多くの人が剣を振るう陛下を憎むことができず、ダミアノス様を恨むしかなかったのです。」ハルトは言った。私は黙ってうなずいた。帝都に来てから、私はぼんやりとそのことを感じていた。父親の忠誠の対象は帝国ではなく、皇帝陛下個人だった。実際、私もそうかもしれない。大切のは皇帝陛下とフィドーラ殿下だけだ。心の奥底では、帝国がどうなろうとあまり気にしていない気がする。
扉が開き、数名の従者が入ってきた。室内の人が多いためか、彼らはそのまま階段を上がっていった。私は道を譲るために少し中央へ移動し、ハルトとの会話を一時中断した。帝国の首都であるキャラニの管理は厳しい。領地貴族たちは自分の領地の兵士を邸宅の警護として連れてくることができるが、交代の際には都の警備部隊に報告が必要だ。これらの貴族領の兵士は通常邸宅に留まるが、市街に出る際にはラメラーアーマーや軍服を着用できず、武器の携行も禁じられている。近衛軍の警備部隊は貴族一家にわずか数枚の出入証を発行し、市内へ出る兵士はそれを携帯しなければならない。このようにして、貴族の兵士たちの市内での行動が厳しく制限されている。
数名の従者が扉の方に近づいてきた。おそらく馬車から何かを取りに行くのだろう。彼らは皆華やかな礼装をしていた。従者は貴族の「飾り」として、主人に恥をかかせないために外見の身だしなみも求められる。その中の一人が私の横を通り過ぎるときに、ちらりと私を見下ろしてこう言った。
「ルチャノ様でしょうか?」
「はい。何方でしょうか。」私は答えた。
だが質問をしてきた従者は名乗ることもなく、突然私に向かって一気に詰め寄ってきた。彼の右手には白く光る何かが握られている。危険だ!本能が警鐘を鳴らした。彼が何をしようとしているのか理解する前に、私はとっさに後方へ跳び、右手で腰の剣に手をかけた。しかし従者の動きは私よりも素早く、右手で私の胸部に向かって下から突き上げるように攻撃してきた。本来なら腹部を狙う動きのはずだったが、私の身長の関係で胸に当たる形になった。彼の憎々しげな目が見え、何かが折れる音がした。そして私はそのまま後方に倒れ込んだ。
胸に鋭い痛みを感じるはずだったが、実際には痛みはなかった。その従者も私に覆いかぶさるように前のめりになった。彼の目は見開かれたまま、歯を食いしばっている。私は剣を抜こうとしながら彼を右手で押しのけようとしたが、全く動かなかった。
「若様!」「ルチャノ様!」と同時にラドとハルトの声が耳に届き、その直後、剣を抜く音が響いた。ラドの反応が最も速かった。彼は剣を抜くのではなく、私に覆いかぶさっていた従者を力一杯突き飛ばした。近くの衛兵が拘束技を使ってその従者を地面に押さえつけ、他の衛兵も剣を抜いて周囲を警戒した。ハルトとアデリナも剣を抜き、緊張した表情で周囲を見渡している。
全ては一瞬の出来事だった。私は地面に倒れ、尻に強い痛みが走った。痛みによって思考が戻り、全てが終わったことを理解した。騒がしかった待機室が一瞬で静まり返り、周囲の従者たちが無言で後退し、私たちの周りに空間が譲れた。床には折れた短剣が落ちており、その柄をまだあの従者が握っていた。アデリナが私のそばにしゃがみ込んで、周囲を警戒しながら尋ねた。
「ルチャノ、大丈夫ですか?」
「大丈夫そうだ。」私は胸元の服を確認しながら答えた。外套には穴が開き、鎧もへこんでいるが、短剣は鎧の鉄片を貫通していない。鎧のおかげで怪我をせずに済んだのだ。母上から譲り受けた赤い宝石のペンダントも無事だった。尻を打ったせいで痛みが残っているが、今になって恐怖が込み上げ、心臓が激しく鼓動していた。もし今日この鎧を着ていなければ、私は今頃命を落としていたかもしれない。だが仮に命を落とすことがあっても、それはそれで構わないと思えた。フィドーラ殿下に私の秘密を明かさずに済むのであれば、それも悪くない。
「ルチャノ様、ここにいる者たちを全員拘束しますか?」ラドが手の埃を払いながら私のそばで尋ねた。私はわずかに膝を震わせながら立ち上がった。
「今のところは控えておこう。ただ彼らが退室することは許さないでくれ。宴会が終わるまで時間はあるから、その間に事態を把握しよう。混乱は避けたいんだ。」私は苦い表情で答えた。ここにいるのは全て高級貴族の従者であり、彼らを安易に拘束するわけにはいかない。貴族との関係を気にしていないとしても、皇帝陛下への評価に影響が出るのは避けたいところだ。自分が宴会の警備責任者であるにもかかわらず、皇城内で襲撃されるとは皮肉なものだ。だが、もし誰か他の者が襲撃されたのであれば、より厄介な事態になっていただろう。
外から足音と騒がしい声が聞こえ、扉が開くとフィルミンが彼の百人隊を連れて現れた。彼は数人を率いて待機室に入り、私に尋ねた。
「ルチャノ様、何があったのですか?」
「この男が突然短剣を抜いてルチャノ様を襲撃した。彼と一緒に行動していた者たちを全員拘束し、他の者たちにはここから出ないようにさせてくれ。宴会が終わるまで封鎖して、状況が確認でき次第報告する。」ラドが私に代わって答えた。私はラドに頷いて見せた。
「皇城内で衛兵を襲撃するのは反逆罪と同等の重罪だ。しかも今回の被害者は警備責任者であるルチャノ様だ。皆さんも潔白を証明したいなら、しばらく辛抱してここに留まっていただきたい。フィルミン、後から到着した従者たちは親衛隊の待機室に案内してくれ。ルチャノ様、私は今から容疑者の取り調べを行いますので、しばらくおそばを離れます。君たち数人は私と一緒に来い。」ラドは冷静に指示を出し、必要な手配をしていった。
従者たちは静かに耳を傾けており、この状況を受け入れたようだった。何人かは再び席についてお茶を飲み始め、襲撃者の同行者たちは震えながら衛兵に囲まれて部屋を後にした。先ほどの襲撃者も縄で縛られ、口元に血を流しながら連行されていく。その男は私に憎しみに満ちた目を向けながら、口の中で何か呟いた。
「若様、許してください。復讐を果たせなくて。」私が聞いたのはこれだけだ。ひょっとして彼の主もアウレルの反乱で私に殺されたのか?
「ルチャノ様、まだ陛下の護衛を務められますか?」ラドが扉の方に向かいながら、何かを思い出したように振り返って尋ねた。
「もちろんだ。ハルトとアデリナを宴会場まで同行させてもいいか?」私は尋ねた。
「もちろんです。親衛隊の責任者ですから、ルチャノ様の判断で彼らに武器を持たせて城内に入れることができます。」ラドが答えた。私は一礼し、ラドはそのまま部屋を出ていった。
私は待機室にいる従者たちを一瞥し、フィルミンに軽く目配せをしてから、ハルトとアデリナを伴って待機室を後にした。冷たい新鮮な風が吹き付け、顔がほてっているのを感じた。来賓たちの馬車はまだ東門の小広場に並んでいたが、その数は大分減っていた。アデリナが急いで近づいてきて、手刀で私の頭を叩こうとしたが、私が兜を被っていることに気づき、途中で手を止めた。そしてフィドーラ殿下がよくやるように私の頬をつねった。
「痛い痛い痛い!アデリナ!もうやめて!」私はもごもご言った。
「痛みが分かるだけマシね!さっきは本当に心配したんじゃないの!」アデリナはさらに頬をぎゅっとつねりながら言った。涙目になりながら彼女を見上げると、アデリナはようやく手を放した。
「若様。ここはアドリア領地ではなく、敵がどこにいるか分からないです。そして私が言った通り、オーソドックス貴族の若様への恨みはただものではない。警戒を常に怠らずに。」ハルトも言った。




