北方の戦争(迫る罠)
ラザルの行軍計画によると、オルビアから父親が駐屯している前線までの道のりは5日間かかる。実際のところ、最初の日に道のりの半分を進むことができるが、その後は山地になるため、大きく遅くなる。
パイコ領地では農作物もほとんど育てられないので、人口密度が低い。味方の盟友部族からもらった物資では大部隊の行軍を支えることはできず、補給はオルビアから出発する馬車に依存することになる。それは以前ダシアンの討伐が失敗した原因と見られる。だから今回は父親が大規模の部隊ではなく、ただ3000人余りの近衛軍を率いて討伐に向かった。そしてニキタス商会から食糧を購入し、運搬を要求することになっている。
ちなみに今回の路線は全て味方部族の領地を通るので、危険は少ない。私が護送しなくてもよかったが、父親は私が帝都に行く前に軍功を積ませるために呼んだのだろう。
最初の日の旅は全て草原の中で、道は草原に沿ってゆっくりと上がっていく。ここには低い山々があるが、山の斜面は緩やかで木も少ないため、騎兵の突撃には最適だ。小川が至る所にあり、草原を蛇行して流れ、午前の陽光を反射してまるで輝く銀河のようだ。時折、私たちのペーガソスライダーが鶴のように優雅に頭上を飛び交い、前方の安全を報告している。もしリノス王国が滅びていなければ、私もペーガソスライダーになるかもしれない。
ここに住んでいるパイコ人は主に牧畜を営んでおり、今は草原に点在するテントと牛や羊が見える。犬を連れた馬に乗った牧民もたくさんいる。道沿いで牧民たちが手を振ってくれ、私たちも手を振り返す。
「この辺りは比較的安全です。ここのいくつかの部族は帝国に対して非常に友好で、忠実な盟友です。パイコ部族が帝国に帰順して以来、一度も反乱を起こしたことがありません。私が出身するルシダ部族もこの辺りにありますが、最近は近くにいません。私は北方を旅することが多く、皇帝陛下からの任務を果たしていますので、このパイコ領地全体には詳しいです。」デリハは行軍中、私が周囲を観察しているのを見て話し始めた。
「ありがとう。デリハ、なぜ君は帝国軍の案内役になったのか?」私は尋ねた。
「ルシダ部族は帝国の盟友です。案内役を派遣するのも盟約の義務です。」デリハは答えた。
「ありがとう。シルヴィアーナ、あなたはここに来たことがあるのか?」私は尋ねた。
「奴隷として南方に送られるときだけここに通った。ここにいる人々はひどい。彼らは帝国辺境に近く、帝国の番犬だ。帝国は彼らにパイコ部族の奴隷貢献を監督させている。でも彼らは北方の部族に多くの奴隷を貢献させ、自分はほとんど貢献しません。」シルヴィアーナは憤然と語った。帝国にとって盟友部族は信頼できる存在だが、パイコ人にとっては裏切者のようだ。
「ここはパイコ領地で最も暮らしやすい場所です。牧畜のほかにも、川の沿岸で粟や蕎麦などの雑穀を栽培することができます。さらに北に行くと、森と湿地が広がり、寒すぎて農作物はほとんど育ちません。人々は狩猟やトケカイ放牧で生計を立てています。」デリハはシルヴィアーナの言葉を気にせずに語った。
「なぜトケカイを放牧するのですか?」私は尋ねた。
「森の中で生きるためです。あそこは寒い森林で、地形が険しく草原がないため、牛や羊は生き残れません。」デリハは答えた。
「私が生まれた部族もトケカイを牧畜している。トケカイ遊牧は決して羊を牧畜するほど簡単ではない。トケカイは怒りっぽく、よく人に撞く。山の中での移動も大変だ。私の部族もトケカイ遊牧以外、狩猟もしている。」シルヴィアーナは語った。
「君がただの普通の踊り子奴隷だと思っていましたが、まさかトケカイ遊牧部族から出身するなんて。ルチャノ様、北方のパイコ部族は一般的に身長が低くですが、女性は非常に敏捷です。そのため、踊り子奴隷として非常に人気があります。しかし、トケカイ遊牧の部族は人口が少なく、北方の山々で移動し続けています。私たちでも彼らを見つけるのは難しく、奴隷貢献の義務を果たさせるのも困難です。実際に目に見えるなんで、本当に驚きました。」デリハは言った。
「キュルクス部族は人口が少ないなら、どうして反乱の中心になれるの?」私は尋ねた。
「彼らの族長のプリヌスはただ者ではありません。彼は帝国軍に長年従事し、豊富な経験を持っています。さらに、彼の母と妻は丘陵の大きな部族の出身です。今年、総督がパイコ部族により多くの奴隷を貢献させるよう求めたため、北方の部族が反乱を起こしました。彼らはプリヌスを総大将として推挙しました。ですがキュルクス部族は実際に普段は奴隷を貢献されないため、多くの人々は反乱に加わりたくありません。だから彼らが部族を離れたと聞きました。反乱に参加した部族はプリヌスの母と妻の部族が主です。」デリハは言った。
「今回の反乱に参加している部族は全部で四つと聞いた。彼らの人数はどれくらい?」私は尋ねた。
「合わせて十万人ほどで、戦士は五千人くらいです。でも最近の戦闘で損害が大きいはずです。」ラザルが答えた。
「それなら、なぜ特別に近衛軍を派遣し、父親が指揮を執る必要があるのか。盟友部族に動員して封鎖すればよいのではないか。」私は尋ねた。
「パイコ領地自身は大したことではありません。この地域は帝国の発祥地であり、川を下って帝都を脅かすこともできます。しかし、帝国はすでに南方に遷都しているため、パイコ人の力ではオルビアを攻撃することもできません。主要な問題は、皇帝陛下の支持を受けているものの、ダミアノス様が帝都で文官から攻撃を受けていることです。彼はパニオン帝国のオーソドックス貴族ではないため、多くの貴族は彼を大将軍に任命することに反対しています。ダミアノス様は出征を利用してオーソドックス貴族出身以外の軍官を育てているのです。若様、これまで知らなかったでしょう。しかし、若様が帝都に行くことになるので、これを知っておくべき時期だと思います。」ラザルは答えた。
「父親はそのようなことを一度も話してくれなかった。ただ、しっかりと武芸の技量を練り磨き、学問を励むように言われた。」私は言った。なんて複雑なんだろう。帝都に行くのが急に嫌になった。
「ダミアノス様が帝国の大将軍に任命されたのは、皇帝陛下が彼を即位と大陸統一の最大の功臣として信頼しているからです。しかし、帝国の大半の貴族は彼を皇帝の寵愛を受ける異邦人としか見ていません。現在、帝国の高官のほとんどはオーソドックス貴族であり、普通の平民や統一された異邦人が高官になるのはほぼ不可能です。だからダミアノス様は帝都で支持者が少ないのです。文官だけでなく、帝国の六つの大商会の中で彼を支持しているのはニキタス商会だけです。軍隊ではダミアノス様の威望は高いですが、大陸の統一後、皇太子殿下と文官たちが軍隊の改革を行い、ダミアノス様を支持する軍官の多くが退役を余儀なくされました。代わりにオーソドックス貴族の家庭出身の軍官が増えました。ですから、若様は帝都で自分を守る能力を持つ必要があります。ダミアノス様が若様を一生懸命鍛えている理由もこれでしょう。」ラザルは答えた。
私は黙った。父親がそのような心構えで私を育てているとは思わなかった。なぜ私を男装させて帝都に行かせるのだろう。隠し子として、村娘として伯爵領で育てられる方が良いのではないか。
「皇帝陛下はダミアノス様の唯一の後ろ盾です。しかし、皇帝陛下は年を取り、健康もあまり良くありません。多くのオーソドックス貴族と高官が皇太子殿下の下に団結しています。ダミアノス様も未来を考えて行動しているのです。」ラザルは言った。
帝都のことは私にとってどうでもいい。正直言って、帝国の皇室は全滅してしまえばいいと思う。亡国の恨みたけでなく、皇帝は何人もの妃を娶る特権を有する。私は以前年末年始の場合、多くの皇族に会ったが、彼らの印象は薄い。ただし、唯一の真愛と見なしている父上と母上を思うと、この一夫多妻の制度には嫌悪感を抱かざるを得ない。
日が暮れかけてきた。私たちは小川の川曲で宿営地を設けることにした。太陽は遠くの丘の上にぶら下がっている。太陽も仕事を終える時間だが、私たちはまだ働いている。馬車を川曲の入り口に配置し、馬車の下に土を盛って簡易な城壁を作った。その他の方向には小川が自然で防御工事としている。こんな地形があって助かった。さもなければ、自分たちで柵を作らなければならなかっただろう。
私は二人の従者と一緒にテントを張った。今日は私が一人でテントに寝る。たとえ夫婦であっても、軍事行動中は男女が同じテントで寝ることはできない。理論的にはハルトが従者として私と同じテントで寝るべきだが、それは避けた。彼は今日、ラザルと一緒に寝る。表の理由は私が静かに眠りたいため、個室が必要だという。
宿営地の中央に炊煙が上がった。近くの部族が羊肉と羊乳を送ってきて、私たちは代わりに塩を贈った。この近辺には塩の産地がなく、塩は全て商会が南から運んでくるもので、値段がかなり高いとソティリオスから教えた。私は宿営地に立ち、北方に向かう方向を見た。そこには巨大な積乱雲が立ち上がっている。どうか雨が降りませんようにと心の中で祈った。
日が暮れると、宿営地の至る所に松明が点され、いくつかの焚火も点火された。兵士や御者たちは焚火を囲んで、配られた木の皿で夕食をとっている。私は従者たちやラザルと一緒に食事をした。今夜の夕食は煮込み肉とパンだ。肉と羊乳は午後に部族から送られてきたもので、ラザルが毒見をして問題がないことを確認してから料理を指示した。肉は大きな塊に切り分けられ、さまざまな野菜と小麦粉を加え、羊乳で煮込まれたもので、一見すると粥のようだ。香辛料の味はてきどうで、羊乳の独特の匂いが強く、慣れていない人には受け入れにくいかもしれない。
毒見の時間がかかりすぎたため、煮込む時間が足りず、肉はまだ柔らかくなっていなかった。しかし、昼に馬の背で食べた肉入りのパンに比べれば、温かいご飯があるだけでも感謝すべきことだ。私は匕首で肉を切り分け、野獣のように肉を噛みながら手で裂いて食べた。パンは数日前に焼かれた普通の黒パンだ。少し酸っぱいで、質感もやや粗い。スープに浸して食べた方が良いだろう。
「ルチャノさんが普通の兵士と同じものを食べているとは。」ソティリオスが突然闇の中から現れ、彼の背後にはデリハがいた。
「私はこれも美味しいと思っています。少なくとも木の皿があり、パンを皿代わりにしていません。」私はソティリオスに答えながら食べ続けた。
「ルチャノさんがナイフとフォークでしか食べられないと思っていました。多くの貴族出身の軍官は、ルチャノさんのように素手で煮込み肉を匕首で切り分けることはしません。」
「私は子供の頃孤児院にいったため、肉が食べられるだけでも感謝しています。」
「すみません、ルチャノさん。」ソティリオスは謝った。
「大丈夫です。今もリノス王国での生活を常に懐かしみます。」私はそう言った。それは本当のことだ。
「私たちの方には白パンと鹿肉の串焼き、そしてワインがあります。ご一緒にいかがですか?」デリハは言った。
「すみません、私は酒を飲めません。御者たちの食事がそんなに良いのですか?」私は尋ねた。行軍中の軍隊には酒は禁止されているが、護衛対象の商隊にはその規制が及ばない。
「私とデリハだけですよ。」ソティリオスは笑った。
「それなら結構です。父親から行軍中は兵士たちと同じものを食べるように教えました。」私は言った。
「さすがは大将軍の息子ですね。」ソティリオスとデリハは一礼して去っていった。
私は空を見上げた。今夜は下弦の月だ。月は真夜まで昇るので、今は星空だけが広がっている。銀色の光の帯が夜空を横切っている。この世界にも銀河があるのだ。リノス王国にいたときは、城の学者に星の見方を教わったので、すぐに北極星を見つけた。北極星は北の山の上に掛かっているので、私たちの進行方向は間違っていないようだ。
夕食を終え、皿を洗うと、今度は夜間巡回の番だ。寝る前に安全確認を行い、哨兵を配置するのが父親からの指示だ。私の後ろには二人の従者とラザルが火を灯して従っている。まずは宿営地の内部と暗号を確認し、次に各方向の哨兵を確認する。最後に各隊の隊長と夜警の当番を確認して、今日の仕事は終わりだ。
「若様、何かあれば呼んでください。すぐそばにいますから。」ハルトは言った。
「ありがとう。何も起きないと思う。」私は言いながらテントに入って横になった。これは二人用のテントだが、私一人で寝ることになる。テントの外には衛兵が立っているので、シルヴィアーナでさえ近づけない。
今夜は鎧を着たまま寝なければならないので、顔と首をタオルで拭くだけだ。明日も早起きしなければならないと思うと気が重い。槍はアデリナが預かっているが、弓矢と剣、そして左手の盾だけを外し、ヘルメットを隣に置いた。このまま鎧を着て毛布の上に倒れた。パイコ領地の七月の夜は少し冷たく、私はなかなか眠れなかった。シャワーを浴びたいなあ。
翌朝、ハルトに起こされた。踊りが見つかるかもしれないので、今日はやめようとする。私は胸元から宝石のペンダントを引き出して母上に祈った。軍隊の指揮官として、すべてを自ら確認することで、意外を最小限に抑えることができる。父親はそう教えてくれた。私はパンと肉干をかじりながら宿営地を歩き、ラザルの報告を聞いた。その後、馬車も次々と移動を始めた。出発の時間だ。
出発後、地形が高くなっているのを感じた。丘も急になっている。山の上には砦のような建物もある。しかし、帝国はここに常駐していなかったはずだが。
「あれは古代の砦です。帝国がまだ大陸の西北の小さな国家だった頃、パイコ人の襲撃を受けて防衛のために砦と駐屯地を設置しました。当時の西北総督もこの草原の中心にありました。しかし、帝国が南方に遷都するとここは重要性を失い、多くの土地が貴族に分封され、西北総督もカルサに移され、パイコ人は自治を得ました。砦もあの時から廃れてしまいました。」ソティリオスは私が砦を見ているのを見て説明してくれた。
「なるほど。」私は言った。こんな歴史があるとは知らなかった。リノス王国の書物にはパニオン帝国のあの時の歴史に関する記述が少ない。アドリア城の書庫にもこの歴史に関するものはなかった。ひょっとして帝国がこの歴史を隠れているのか。
「帝国皇室も実はパイコ人の出身だという説もありますが、皇室はそれを認めたことはありません。」ソティリオスは言った。
「教会の言う通り、皆が神々の住む雲の中から地上に降りてきたのだから、雲の中に行っていないパイコ人とは違うだからです。」私は言った。パニオン帝国の統一戦争は大陸の他の独立国家を全て消滅させた。でもこれらの国家は教会を信奉し、教会は兄弟として見なしていた。だから統一後、パニオン帝国は表でこれらの国家の民に平等な待遇を与えた。王室はすべて滅びたが、多くの貴族は地位を保った。しかし、辺境の民族は違った。彼らは毎年奴隷や他の財産を貢献しなければならなかった。
「私たちの伝説とは違う。私たちはブナの神を信仰し、皆が遠古の神木から来たと信じる。神木の葉が地に落ちて私たちの先祖になったよ。」シルヴィアーナは言った。
「私たちの先祖は牧羊犬です。」デリハは言った。
教会はそう言っているが、私は辺境の民族と私たちが何も変わらないと思う。教会への信仰が強くないのは、前世の記憶の影響もあるだろう。リノス王国は信仰の篤い国家であり、神事を帝国以上に重視していた。しかし、王家が神々に熱心に祈っても、王国は滅びた。そして今は神々が去った時代であり、残されたのは少数の魔導具だけだ。リノス王国には、王族を分別する魔導具があった。たとえ神々が実在していたとしても、今はこの世界を捨てたのだろう。私はそう思う。
私たちは旅を続けた。草原は次第に低木や森林に置き換わり、牧民も少なくなった。ウルフライダーたちはフィンリルに乗って前方を偵察し始めた。草原の平坦な場所では馬車の通行が容易だったが、こうした地形では道路に沿って進むしかない。道路は土質で、最近の雨のため非常にぬかるんでおり、幅も一台の馬車が通れる程度だった。私たちの馬車は頻繁に車輪が埋まり、移動時間を大幅に遅らせた。
「パイコ領地の道路は各部族によって維持されています。各部族には自分たちが担当する区間があります。これは部族の義務です。」デリハは言った。
心の中で旅の順調を祈ったが、問題は起こった。昼食後、ウルフライダーが前方の木橋が増水した川で壊れていると報告してきた。私は急いで隊列の前に出て確認した。
「デリハ、この橋はどの部族が担当しているのか。後でしっかり報告する。」ソティリオスは怒鳴った。
「はい。ルチャノ様、この先の道は無理だと思います。私たちは西北に迂回し、浅瀬で川を渡るのが良いでしょう。木材が不足しているので、橋を修理するのは難しいです。そして時間もかかります。」デリハは言った。
「橋を修理するのと迂回するのと、どれだけ時間がかかる?」ソティリオスは言った。
「周辺の部族を動員しても、応急修理には少なくとも五日かかります。北の迂回路を通れば一日多くかかります。」デリハは言った。
「畜生。一日は遅れることになるのか。」ソティリオスは罵った。
「ソティリオス様、そんなに急いでいるのですか?」私は尋ねた。
「ああ、いや、急いでいるわけではありません。ただ、軍隊が商会に依頼した運送の料金は固定です。日数が延びると、御者の賃金も増えます。馬の飼料も増えて、前線に送る補給が減ります。だからできるだけ早く到着したいのです。」ソティリオスは言った。
「それは申し訳ない。私が受けた任務は安全第一です。」私は言った。
ハルトとシルヴィアーナが橋の様子を見ていた。この木橋は完全に壊れているようだ。川の中には三つの橋脚があったはずだが、今はすべて折れている。岸辺の水位線から見ると、洪水は少し引いているようだ。下流にも木材が散在していた。修理には確かに手間がかかりそうだ。私はラザルを見た。彼も頷いた。
「それでは西北に向かうことにする。」私は言った。
ソティリオスとラザルはそれぞれ馬車と軍隊に転向すると命じた。一部の軽騎兵隊は偵察に向かうペーガソスライダーとウルフライダーに知らせるために残された。混乱の中でシルヴィアーナが私にささやいた。
「橋桩には斧の跡がある。」
「そうです。岸辺の水位線から判断すると、洪水が橋の表面を越えていませんでした。橋脚がそんな場所で折れるのも不自然です。これは洪水で壊れたのではなく、誰かが斧で切り倒したのでしょう。警戒を強める必要があります。」ハルトもささやいた。
「分かった。ありがとう。シルヴィアーナ、この近くで他に渡河できる場所はあるのか?」私は尋ねた。
「東南にはもう一つの橋があるが、そこを通るとさらに時間がかかる。」シルヴィアーナは言った。
「敵は北に罠を張って私たちを待っているようだね。」私は低声で独り言を言った。
私たちは西に向かい、再び東北に折れた。ここにも道路があったが、状態はさらに悪かった。道中、他の人には出会わなかった。デリハとシルヴィアーナによると、平時には商隊が通ることが多いが、戦時中は商隊も来ないとのこと。私たち以外には伝令兵と使者だけが通るだけだ。
日が暮れる前に浅瀬に到達し、馬車を川の向こう側に渡した。次に宿営地の設営を行った。ラザルたちに指示してしっかりと宿営地を築き、木の棒を地面に刺して拒馬として使った。哨兵の数も倍に増やし、焚き火も多く焚いて、周囲に騒音を出す罠を設置して警報を鳴らすようにした。当然、私も鎧を脱がなかった。
その晩、誰も私たちを襲撃しなかった。ただ、罠が小動物に何度も踏まれた。どうやら私たちに対する罠の場所ではないようだ。
私たちは二日間警戒しながら進んだ。迂回したため、父親のところに到着するまであと二日かかる。この辺りには森林はないが、低木が広がっている。地形は比較的平坦で、軽騎兵が両翼を守っているため、前の地形よりも良い。ペーガソスライダーとウルフライダーが安全を確認してから行動するようにしているため、速度はさらに遅くなったが、ペーガソスライダーも父親との連絡が取れて、私たちが父親のところに近づいていることが分かった。
しかし、運は第四日の午後までだ。ペーガソスライダーが前方に広がる大きなブナの森を報告し、空からは森の中の動きを確認できなかった。私は馬に乗って隊列の前に出てみると、確かに前方には鬱蒼とした森林が広がっていた。
「ラザル、ウルフライダーを準備しろ。森林の中の動きをよく偵察する。もう日が暮れそうだから、少し進んで森林の縁で宿営地を設けろう。」私は命じた。
「承知しました。地図によると、この前には古代の要塞遺跡があります。帝国がまだ南方に遷都する前に残されたものです。そこの地形を利用して宿営地を設けることが出来ます。」ラザルは前方を指さして言った。確かにそこには石造りの遺跡があり、大きな砦のように見えた。
「そこだね。私たちの部族には、古代に大戦が起きて多くの人が死んだため、そこに定住することはできないと言い伝えられている。でも、野宿では問題ないよ。」シルヴィアーナは言った。
「でも、ルチャノさん。私たちはもう一日遅れています。今夜ここで宿営地を張るなら、到着はさらに三日後になります。ダミアノス様は怒らないでしょうか?」ソティリオスは言った。
「最も重要なのは安全に到着することです。ラザル、ペーガソスライダーを送って、父親のところに派遣する。私たちがさらに一日遅れるかもしれないことを伝えてくれ。」私は言った。
「承知しました。」ラザルは言い、伝令兵を呼んで指示を与えた。
「ルチャノ様、この辺りを管理している部族も信頼できる盟友です。彼らが管理する道路も高く評価されています。案内役として安全を保証します。」デリハは言った。
「確かに。私は引き続き進む方が良いと思います。」ソティリオスも言った。
「シルヴィアーナ、前方の森林には詳しいか?」私はシルヴィアーナに向かって尋ねた。
「よく知っている。この森林は有名で、中には至る所に湿地がある。人が入ると沈むことはないが、馬には乗れません。湿地や小川でビーバーを捕まえることができるので、私たちはこの森林をビーバーの森と呼んでいる。この狩猟場を管理する部族は別だが、私は昔よく大人たちと一緒に来て、トケカイ肉や毛皮を魚と交換している。」シルヴィアーナは言った。彼女は狩猟に本当に詳しい。
「中に道はあるか?馬車でこの森林を通り抜けるは、どれくらいかかるか?」私は尋ねた。
「道はある。今通る道だ。順調なら一日で十分だ。でも、この道は森林の中では両側が湿地と丘陵に囲まれているので、馬車が一台でも壊れると通行が妨げられる。それに探査も必要だ。」シルヴィアーナは言った。
「この森林を避ける他の道はあるか?」私は尋ねた。
「馬車を連れて行くなら、元の道に戻り、前日の壊した橋を修復するのは一番早いと思います。あるいは、キュルクス領地はここの東側なので、馬車を放棄して、馬に荷物を積んで森林南方の麓の山道を進むこともできまる。山道には湿地はありませんが、こんなに多くの食料を馬だけで運ぶには、最低でも5往復が必要と思います。どちらの方法でも、5日後に物資を全て届けることになります。」デリハは言った。私は彼に答えず、頭を垂れて考え込んだ。
直感では、この森林が罠だと感じる。私は本当にそこに入るのは嫌だ。でも、もしそれがただの錯覚だったら、無駄になる。
「決めた。状況が不明なまま森林に入るのは避ける。今夜は砦で宿営地を設ける。ウルフライダーが今日近くの森林を偵察し、明朝早くに出発して森林全体を確認する。安全が確認でき次第、馬車が出発する。」私は言った。
「でも、ルチャノ様、それでは遅すぎます。」ソティリオスは私を説得しようとしたが、私は彼に機会を与えなかった。
「私が受けた命令はまず補給を安全に届けること。到着の時間は最優先ではない。それに、ソティリオス。軍事行動に協力する民間人は指揮官の命令に従う必要がある。」
「承知しました。」ソティリオスは頭を垂れて言った。彼は本当に早く到着したいのだろう。
「ルチャノ兄さん、もしウルフライダーを派遣するなら、私が道を案内するよ。皆はこの森に来たことがないでしょう。私がいればもっと安心できるよ。」シルヴィアーナは言った。
「ダメだ、危険すぎる。」私はシルヴィアーナの提案を拒否した。
「シルヴィアーナの提案を採用するのが良いと思います。私たちのウルフライダーはこの森林を知らない。本当に危険です。彼女がいればもっと安心できます。」ラザルは提案した。
「それに、フィンリルの嗅覚は鋭く、遠くからでも敵の匂いを嗅ぎ分けられる。今は北風が吹いている。敵のフィンリルに気づかれる前に、私たちが彼らの匂いに気づける。」シルヴィアーナは言った。正直に言うと風向きには気を配っていなかったが、シルヴィアーナの話を聞いて気がついた。確かに今は北風が吹いている。
「それでは、あなたの提案を受け入れる。でも、無事に帰ってくることを約束してください。そうしないと誓いを果たせません。」私は言った。
「心配しないでください。キュルクスのウルフライダーを侮らないでください。」シルヴィアーナは笑って左手を胸に当て、右手で左手に縛られた盾を叩いた。
ウルフライダーは森林に向かって駆け出し、シルヴィアーナはフィンリルに乗って先頭を走った。私は馬に乗って彼らを見送った。馬車は前進を続け、ラザルが言った砦の遺跡に到着した。ここは確かに見晴らしが良く、高い位置にある。要塞の一面は崩れて斜面になっているが、他の三面には三人の高さの岩壁がある。
要塞内部には至る所に壊れた壁があり、かつての兵舎の跡のようだ。壁の間には最近設置されたテントや焚火の跡があり、パイコ人に頻繁に利用されているようだ。もし防御するなら唯一の問題は水だ。ここは川から離れていることで、井戸があるがもう詰まっている。だから浚う必要がある。ただ、この季節はパイコ領地ではよく雨が降り、地下水位も高いので、すぐに水が出るだろう。
ここには低木が至る所にある。日没までまだ時間があったので、私たちは低木を伐採し、馬車を斜面に停めて城壁となった。今回は宿営地の低木だけでなく、宿営地周辺の低木も取り除いた。敵が低木を隠れ場所にして攻撃してくるのを防ぐためだ。伐採した低木は工事の材料や薪として使った。ラザルは私たちに馬車の間に板を渡して臨時の門を作るよう指示した。彼はさらに、斜面の外側に壕を掘り、土を馬車の外側に盛り上げて簡易な土塁を作ることを提案した。私はそれも採用した。母上との約束を守るため、少なくとも生き延びるための努力をするつもりだ。
ウルフライダーたちは日没前に宿営地に戻り、ちょうど夕食に間に合った。私はようやく安心できた。シルヴィアーナによると、森林の中は静かすぎで不気味で、誰にも会わなかった。ビーバーの狩猟場を管理する部族もいない。これは何かが起こる前兆だろうか。私たちは警戒を続けて夜を過ごした。