騒がしい新年(愛の踊り)
「さて、泣くのも落ち着いたし、紅茶も飲んだわ。そろそろあなたの踊りを見せてもらいましょうか?」フィドーラ殿下は突然悪戯っぽく微笑みながら私に言った。
「かしこまりました、フィドーラ殿下。」私は答えた。これは避けられないことだった。来る前から心の準備はできていた。フィドーラ殿下はテーブルの呼び鈴を押し、先ほどのヴィオリカと呼ばれる侍女が部屋に入ってきた。
「ヴィオリカ、ルナのダンス衣装を持ってきて。それからユードロスたちも呼んできて。」フィドーラ殿下は言った。
「かしこまりました、殿下。」ヴィオリカと呼ばれる侍女はすぐに衣装の入った箱を持ってきた。私はフィドーラ殿下に一礼し、2階へ行って着替えた。
着替えを終えて下に戻ると、ユードロスたちがすでに私を待っていた。ユードロスはフィドーラ殿下にシルヴィアーナの弓の腕前を褒めていた。もちろん、シルヴィアーナはパイコの狩人だからその腕前は確かだ。
「うん、いいわ。父上があなたの踊りを褒めたのも納得だわ。衣装を着ただけで、まるでどこかの姫のようよ。」フィドーラ殿下は微笑みながら言った。シルヴィアーナも満足げに笑みを浮かべた。しかしユードロスは口をあんぐりと開けて、まるで怪物を見たかのように私を凝視していた。私は慌てて視線をそらした。
「ユードロス、そんなにじっと見つめるなんて失礼だわ。」フィドーラ殿下が言った。
「申し訳ありません、フィドーラ殿下。ただ、ルナがあまりにも美しかったので。」ユードロスは慌てて頭を下げ、小声で謝った。
「わあ、ルナ姉さん。邸宅でこんなふうに着飾るのを見るのは初めてです。誰が見ても本物の姫だと思うでしょうね!」シルヴィアーナは嬉しそうに言った。
「ありがとう、シルヴィアーナ。」私はシルヴィアーナの口を塞ぎたい衝動を抑えながら、丁寧に感謝を述べた。余計なことは言わないでほしい!
「どんな踊りをするのかわからなかったので、伴奏は用意していないけど、問題ないかしら?」フィドーラ殿下が言った。
「大丈夫です。伴奏なしで踊ることには慣れています。」私は答えた。毎朝の練習も伴奏なしだから。
「それでは始めて。」フィドーラ殿下が言い、椅子に座った。ユードロスとシルヴィアーナは彼女の後ろに立った。
私は心を落ち着け、心の中で拍子を数えながら踊り始めた。せっかくフィドーラ殿下に本来の自分を見せる機会なので、精一杯心を込めて踊った。と言っても、本来の自分というわけではない。今はルナだから。実はこの踊りは愛を表現するためのもので、本来ならば心を寄せる男性のために踊るのだ。私はこれまで誰にも見せたことがなかった。フィドーラ殿下はきっとそのことには気づかないだろうけれど、彼女はどんな反応をするのだろう?
踊りの最後に回転して、フィドーラ殿下の前にひざまずいた。これはリノスの宮廷舞踏の終わりに使われる動作で、フィドーラ殿下に捧げる踊りだという意味がある。その後、フィドーラ殿下に手を差し伸べて、彼女に私を立たせてもらうという流れになる。この踊りでは、相手が私の手を取ってくれることで、私の愛を受け入れたことを表すのだ。しかしフィドーラ殿下はそのまま立ち上がり、私を抱きしめてくれた。ユードロスも一歩前に出て、フィドーラ殿下が転ばないように両手を差し伸べた。えっ、そんな展開になるの?
「ルナ、足をひねってしまったのではない?」フィドーラ殿下は慌てて尋ねた。
「いいえ、大丈夫です、フィドーラ殿下。この動作は殿下の前にひざまずき、手を取っていただくというものなのです。すみません、殿下がこの動作を見るのは初めてのことを忘れてだ。」私は答えた。フィドーラ殿下の顔が近くて、彼女の呼吸まで感じられる!
「そう。ごめんなさい。立てるかしら?続ける?」フィドーラ殿下は言った。
「もちろんです。」私は急いで立ち上がった。気持ちを整え、計画通りに片膝をつき、再びフィドーラ殿下に右手を差し出した。フィドーラ殿下は微笑みながら私の手を取り、私を立たせてくれた。
本来ならこのままフィドーラ殿下に抱きつくという流れだが、今日はやめておこう。私は一歩下がって、フィドーラ殿下にお辞儀をした。自分が汗だくになっていることに気づき、呼吸もかなり乱れていた。今日は特に気合いを入れて踊ったからかもしれない。
「なんて美しい踊りなの。父上があなたの踊りを褒めた理由がわかったわ。ルチャノの前でも踊ったことがあるの?彼はどんな反応をしたのかしら?」フィドーラ殿下は微笑みながら言った。
「私はいつも一人で踊っていて、それはリノス王国を記念するためです。最近ではシルヴィアーナにも教えています。フィドーラ殿下、ユードロス様。この踊りはリノス王国の宮廷舞踏で、もし私がこれを踊れることを知られたら、面倒なことになるかもしれません。どうか秘密にしていただけますか?」私は真剣な表情でお願いした。
「もちろんわよ。ユードロスも。」フィドーラ殿下は真剣な顔で頷いた。
「もちろんです、ルナ。君の舞は本当に美しいでした。私はまた君に心を奪われてしまいました。」ユードロスは少し大げさに言った。
私は少し恥ずかしそうにフィドーラ殿下を見つめた。そろそろユードロスをはっきりと断る時だ。しかし、実際に口に出して言うのは少し恥ずかしい。ルチャノとしてユードロスと顔見知りということも影響しているのだろう。
「ユードロス、ルナは新年が終わったらアドリア領に戻って結婚するつもりなの。わたくしとルチャノが結婚するまでは帝都に戻ってこないかもしれないわ。諦めたほうがいいと思うわ。」フィドーラ殿下は私に代わって言ってくれた。
「わかりました。でも、ルナの口から直接聞きたい。」ユードロスは私を見つめながら言った。
逃げたい気持ちはあったが、これは私がしなければならないことだ。これが火遊びの挙句だ。このゲームともそろそろお別れだ。
「ユードロス様、これまで本当にありがとうございました。お会いしてからまだ一ヶ月ほどしか経っていませんが、コンラッドから私を守ってくださったり、帝都でのさまざまなことを教えていただいたりしました。しかし、私はすでに婚約者がいますし、ユードロス様の高貴な身分には到底釣り合わない存在です。運命の神がこれ以上私たちの糸を弄ばないことを祈ります。」私はユードロスに深くお辞儀をしながら謝罪した。
「わかりました、ルナ。君の幸せを祈ります。もしアドリア領を離れることがあれば、いつでも私に連絡してください。もちろん、誤解しないでほしいです。友人として君を助けたいだけです。」ユードロスは少し落胆しながら言った。
「大丈夫よ、ユードロス。明日からは休暇にして、しばらくゆっくり休むといいわ。いつか落ち着いたら戻ってきなさい。」フィドーラ殿下はユードロスの肩を軽く叩いて言った。
「かしこまりました、フィドーラ殿下。それでは、失礼いたします。」ユードロスはそう言って部屋を出て行った。彼の寂しそうな背中を見ていると、私も少し悲しくなった。いつか私もフィドーラ殿下のそばを去る時が来るのだろうか?
「フィドーラ殿下。今日ルチャノ様が殿下のためにプレゼントを用意していました。私たちの贈り物としてしかし、彼は急用ができて来られなくなったので、私たちが代わりにお渡しします。」シルヴィアーナの言葉が、私の思考を断ち切った。ああ、忘れてた!
「どんなプレゼントなの?」フィドーラ殿下は興味津々に尋ねた。彼女の感情の切り替えは本当に早い。シルヴィアーナはすぐに小さな銀瓶を取り出して、殿下に差し出した。
「フィドーラ殿下、これは精油と言うものです。ルチャノ様による開発されたもので、この瓶に入っているのは菊の花から抽出されたものです。だから菊の香りがします。これは婚約の記念品のひとつとして贈る予定だったものです。ルチャノ様はまず試していただきたいと仰っていました。」私は簡単に説明を加えた。
「確かに菊の香りがするわ。これはどんな用途があるの?」フィドーラ殿下は言った。
「例えば香水として身に付けたり、部屋に香りを広げたりできます。また菊の香りは疲労回復効果があるとされています。他には料理にも使えることが分かっていますが、用途はまだ開発中です。」私は答えた。
「マッサージにも使えるんですよ!」シルヴィアーナが突然口を挟んだ。
「シルヴィアーナ!」私は驚いてしまった。余計なことは言わないで!
「そう、マッサージ用のオリーブオイルに加えるの?」フィドーラ殿下が尋ねた。
「はい。それ以外にも洗髪時に使ったり、ボディソープに混ぜたりできます。化粧品にも精油を加えることで、肌に良い効果をもたらします。詳細な製品はまだ開発中ですけど。」私は急いで説明を補足した。
「ルナ。せっかくだから、わたくしにマッサージをしてくれる?あなたがアドリア領に戻る前にマッサージをお願いできる最後の機会かもしれないし。」フィドーラ殿下が言った。
「えっ?でも私はマッサージなんてできません、フィドーラ殿下。」まさか、全く準備していなかった!これもシルヴィアーナのせいだ!
「シルヴィアーナ、あなたはニキタス商会の踊り子奴隷だったなら、マッサージぐらいできるでしょう?ルナに教えてあげて。」フィドーラ殿下はシルヴィアーナに目を向けて言った。
「はい、喜んで教えます。」シルヴィアーナは笑顔で答えた。
「それに、踊った後で汗もかいているでしょう。ちょうどいいから一緒にお風呂に入れて。タオルを用意させるわ。」フィドーラ殿下は言うと、また呼び鈴を鳴らし、侍女のヴィオリカに浴室の準備を命じた。
「フィドーラ殿下、それは本当に良くないと思います。皇城で裸になるのは、少し不作法かと。」私は慌てて言った。
「皇城で着替えまでしたのに、今さら何を言ってるの?さあ、行くわよ。」フィドーラ殿下は楽しそうに笑いながら、私の腕を引っ張って浴室へと向かって行った。シルヴィアーナは後ろで精油の瓶を抱え、勝ち誇った笑みを浮かべていた。なぜ私だけがこんな目に遭うの?どうしてまたこうなるの!




