表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
49/225

嵐の名残り(ニコラ先生の試験)

周りを見渡すと、どうやら昼食の時間は既に過ぎているようだった。周りのテーブルには食事をしている人はほとんどいない。何人かの暇そうな人たちが塩味のミルクティーを飲みながら雑談をしていた。でも店の一角には人だかりができていて、職人風の人たちが外で列を作っていた。


「え、ここって午後は別の商売をしてるの?」私は下働きに尋ねた。


「そうよ。あそこにいるのは学院の学生で、職人たちの手紙を代筆してあげているんだ。」下働きが答えた。え、誰だろう?工場街の平民は多分文字が読めないから、手紙を代筆したいなら普通は教会に行くと思っていたけれど。学院の学生はほとんどが貴族か裕福な平民の出身だから、こんな場所で手伝っているなんて意外だ。


せっかくだから少し運動して消化を助けようと思い、人だかりの方へ近づいていった。ハルトが目で止めようとしたけれど、私は無視した。学院にはたくさんの学生がいるし、入学式にも参加していないから、ルチャノの知り合いには会わないはずだ。


「よし、書き終わったぞ。読み上げるよ。『妻へ。新年の間、家に帰れなくてごめん。子供たちの世話、ありがとう。商会の仕事が忙しいんだ。でも残業代も出た。銀リネ1枚。送信人が渡してくれる。それと、キャラニで流行している柄の綿布を同封するから、これで服を作っておくれ』。こんな感じでいいか?」手紙を書いていた青年が職人らしき男に確認していた。


「それで大丈夫だ。ありがとう!」職人が答えた。


「じゃあこれが手紙だ。インクがまだ乾いていないから、気をつけてくれよ。次の方!」青年は手紙を渡し、次の職人に声をかけた。


「お前の雇い主が給料を不当に差し引いたって?契約書はあるのか?」隣の机に座っている金髪の学生が話しかけている。あれ、この声には覚えがある。やばい、この場から逃げ出した方がよかったかも!


「君はここで何をしているんだ?手紙を書いてもらうか、法律についての相談かい?」手紙を書いていた青年が私に声をかけた。


「はい!」私はびっくりして、反射的に答えてしまった。やっぱり、この人はニコラだ!彼は生徒会の書記で、五年生の先輩だ。このキャラニの平民街で学校を運営していると聞いていたけれど、こんなところで手紙を書いているとは思わなかった。それにどうやらお金も取っていないみたい。


「じゃあ列に並んでくれ。」ニコラは店の外に伸びる列を指さした。はやく、これで逃げられる!


「ありがとう、ニコラ先輩。」私は安堵して店の外に向かおうとした。


「待って、どうして君が私の名前を知っている?会ったことはないと思うけど。服装から見て、君はどこかの貴族の侍女だろう?文字が読めないわけじゃないよね?」ニコラはじっと私を見つめて問いただした。


「ひゃあ、ごめんなさい。ちょっと工場街を見て回っていただけです。」私は慌てて頭を下げて謝った。ハルトはため息をついて、どうすべきか迷っているようだった。でもハルトはこの状況じゃどうしようもないだろう。ルチャノ、どうしよう?このまま逃げ出すべき?ニコラが追いかけてくることはないよね?今日は鎧も着ていないし、ニコラよりは速く走れるはずだけど。


「あれ、ハルトじゃないか?君たちどうしてここに?」隣にいた金髪の男がハルトに話しかけた。これはトルニク、学院の先輩だ。彼は北方の部族から出身で、よく私の世話をした。ハルトはいつトルニクと知り合ったんだ?ますます疑問が増えた。


「ああ、トルニクさん。ご覧の通り、こちらは若様の侍女であるルナです。今日は商談があって工場街に来たので、護衛してきた。おそらく若様から学院に工場街出身の先輩がいると聞かされたから、ニコラさんのことを知っているでしょう。」ハルトは説明した。


「なるほど。彼女の瞳の色がルチャノと同じ赤色だったから、他にこういう色の人を見たことがないんだ。ニコラ、こちらはルチャノの従者であるハルト、そしてこちらは侍女のルナだ。ルナは今日初めて会ったけど。」トルニクは納得したように頷き、ニコラに私たちを紹介した。


「彼らは親戚なんだ。だから似っている。ルナは若様と一緒にリノス地方からアドリア領に移ってきた。」ハルトは肩をすくめて言った。


「ハルト兄さん、いつトルニクと知り合ったの?」私はハルトに尋ねた。


「若様が学院に通っている時、私はたまに学院で待っていた。あの時何度かトルニクと会ったことがある。」ハルトは答えた。


「そうだ。ルチャノにはアデリナという従者もいるよね。今日は彼女は一緒ではないの?」トルニクが尋ねた。


「ええ、彼女は今日は別の用事があって忙しいんです。」ハルトが答えた。その別の用事というのは、宿題をしながら精油を作っていることだろう。


「ルナ。君はルチャノの侍女なら、文字は書ける?」ニコラが私に尋ねた。


「書けます。」私は頭を下げて答えた。


「じゃあ、君も手紙を手伝ってくれないか?こんなに時間を無駄にしてしまったんだから。」ニコラは私を睨んだ。ひどい、私は工場街をもっと見て回りたかったのに!


「ちょうど夕食の時間までに屋敷に帰る必要もないし、ここで手伝ってくれ。安全は心配しなくていい。私がここで守っているから。」ハルトは言いながら近くの椅子に腰掛けた。彼はきっと、私を市街で守るのが面倒だと思っているのだろう。


反対意見を出しても、ハルトが許すはずがない。今の私はルナであって、ハルトの主ではないのだから。逆にハルトの言うことを聞くしかない。諦めてニコラの隣に座った。店主が紙とインクを持ってきてくれ、私は手紙を書く仕事を始めた。


年配の職人らしき男が私の前に座った。彼はボロボロの綿服を着ていて、疲れ果てた様子だった。髪は真っ白で、どこかおどおどしていて、椅子に座るのもためらっているように見えた。


「おはようございます、おじいさん。何かご用ですか?」私は微笑んで尋ねた。引き受けしかないなら、真剣に取り組もうと思った。私に手伝いを頼んでくる人たちは何も悪くないのだから。


「お嬢さん、どうもありがとう。昨日妻が亡くなりまして、弔辞を書きたいんです。でも教会の神官に頼んだらお金が必要だと言われてしまって。でもわしはもうお金がないんです。どうか、手伝ってもらえませんか?」老人は言った。


「うん、大丈夫ですよ。奥さんはどんなことをなさっていたんですか?」私は尋ねた。


リノス王国にいた頃、私は本をたくさん読んだことがあった。父上と母上は私に図書館の鍵を渡してくれていたから、子供の頃にはふさわしくない本もたくさん読んだことがあった。その中には弔辞の選集もあった。弔辞を書くのは神官の仕事だ。それは神官の教科書として作られようだ。弔辞は古典語で書かれ、冥府の神に対して亡くなった者の生涯を述べ、冥府の神がその者を天国の神の元に連れて行ってくれるように祈るものだ。そして亡き者への哀悼の気持ちも記されている。普通は棺に納められるものだ。負の感情を引き起こしやすいから、子供には早すぎるものだった。でも私は一度死を経験していたから、特に影響は受けなかった。アドリア領地にいる時、こっそり父上や母上、バシレイオス兄上にも弔辞を書いたことがある。


あの時に読んだ本が今だに役に立つ時が来るなんて。もし私があの本を読んでいなかったら、父上たちに弔辞を書くことはなかっただろう。だから本当にあの本を読んだことにありがたいと実感した。いや、今はこの老人のために集中しよう。私は自分の思考を無理やり断ち切り、仕事に取り掛かった。


「妻の父も職人で、彼女は仕立屋をしていた。わしらは若い頃に結婚して、子供も何人か生まれた。普通の家族で、特に特別なことをしてきたわけでもない。皇位継承などの戦乱にも巻き込まれなかった。彼女は78歳で亡くなった。苦しむことなく旅立った。それで十分だろうか?」老人は言った。私は頷いた。なんて幸せな人たちだろう。お金はなくても、家族と別れることなく、愛する人の傍で安らかに逝くことができた。私も家族とそうありたかった。


私は軽く頭を振り、弔辞に集中した。弔辞は長くないので、すぐに書き終えた。二度読み返し、修辞と語彙をいくつか修正してから、別の紙に清書した。弔辞は神に宛てた手紙なので、美しい字形書かれるべきだ。少し余裕のある家なら、美しい模様が縁取られた羊皮紙に書くこともあるが、この老人にはその余裕がないだろう。でも弔辞で最も大切なのは言葉だから、これで十分だと自負している。


「これで大丈夫だと思います。インクが乾くまで、気をつけてください。」私は紙を老人に手渡した。老人は感謝の言葉を述べながら、それを受け取った。


「ちょっと待って、おやじ。先に確認させてもらってもいいか?」ニコラが弔辞を指差した。


「もちろん、ニコラさん。」老人は頷きながら弔辞をニコラに手渡した。なんだ、宿題のチェックでもしているのか?ニコラは私を工場街の学校の生徒だと思っているのだろうか?


「ニコラ先生、私の宿題は合格でしょうか?」私は不機嫌そうに口を尖らせながら言った。


「学院の卒業生でも書けないものだ。それなのに君はルチャノの侍女だとは。」ニコラは意味深長な表情で私を見つめながら、弔辞をトルニクに手渡した。


「ニコラ先生、女の子の秘密を詮索しすぎると嫌われますよ。」私はまだ口を尖らせながら続けた。


「そうだな、ニコラ。ルナなら学院で古典語を教えることさえできるんじゃないか?」トルニクも頷きながら言った。


「それはさすがに言いすぎですよ、トルニクさん。私はただの侍女に過ぎません。」私は少し焦りながら言った。バレならどうする!


「まあ、とにかく君が手紙を手伝ってくれて、本当に感謝している。午後も引き続き手伝ってくれるかな?もうすぐ新年だから、最近は手紙を書いてほしい人や法律相談をしたい人が多いんだ。」ニコラは肩をすくめて言った。


私はハルトに視線を送った。彼は私に頷いた。やっぱりこうなるんだろうな。


「仕方ないですね。」私は肩をすくめて言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ